第5話 幽霊を探し訪ねて 〝撥ねたモノ〟 3/3
カエ姉が運転席のウィンドウから顔を出す。
「あなた達何やってんの!?」
「何やってんのじゃないよカエ姉! 大変だよ! とにかく千秋を救急車に乗せないと」
車の後ろに救急車とパトカーがついてきていた。
車が停車したことで警察官と救急隊員がぞろぞろと降りて、キミの所へ駆け寄ってきた。
救急隊員がキミに、
「この子が撥ねられたのかい!? 駄目だよ無闇に動かしては、」
「いえ、違います! こっちは気を失っただけです!」
「は?」
隊員はキョトンとした表情を浮かべた。
「じゃあ怪我人はどこにいるんだ」
「怪我人? とんでもない……あれは幽霊か何かです。とにかく、生きてる人間の軀なんかじゃない」
キミは千秋を隊員に任せてカエ姉の車に乗った。
車は今激走してきた道を進む。
「何があったの? ここ、あの男の人を撥ねた場所じゃないよ?」
ハルが神妙な顔をしてきみに尋ねてきた。
「あの男性ヤバいよ、幽霊だ。そうじゃなかったら何かの妖だよ。霧が晴れるのと一緒に男を包んでいた何かが消えたんだ。そしたら虫の湧いた軀になっちまったんだ。千秋がな、俺に言いにくそうに何かを伝えようとしたんだ、今にして思えば……駄目とか断られるとか、千秋のやつ、俺を置いて逃げるつもりだったんだ」
「えっ? そうなの?」
ハルはキミの話を聞いて驚きを隠せない。
「千秋ちゃん、本当にそんなことするのかあ……それとは別の話じゃなくて?」
「分からないけど九割九分九厘そうだと思う。実際、俺を置いて逃げたんだぜ……」
「そんなことより!」
カエ姉は興奮状態で、血走った眼をキミに向けて言う。
「口裏を合わせる手筈になっているから余計な事は喋るんじゃないよ! あの男は勝手に飛び出して来て、狭い道で避ける間もなく一瞬の出来事でどうする事も出来ずに撥ねたんだから!」
「……カエ姉、とんでもないものを撥ねたよ」
「さっきの場所に来たのだ! あれ? ………………男の人、居ないのだ」
栞乃が指さすフロントガラスの前方に、亡骸は見当たらない。
無論、撥ねた時と同じ姿の男性も倒れてはいない。
「…………死体、隠してくれたの?」
カエ姉が言った。
気のせいか、その声は有り難がるように聞こえた。
「そんなこと出来るわけないだろ……消えたんだよ」
車のヘッドライトの光を反射するマグカップが見えた。
タイヤに踏まれてぺしゃんこに潰れている。
運転席のウィンドウをコンコンと叩かれた。外に警察官が立っている。
「どこにいるんだ? 倒れてもいなければ姿もないじゃないか」
救急車から下ろされたスレッチャーの車輪が音を立てている。
みんな、車から降りて辺りを見まわした。
キミは潰れたマグカップを拾い上げて、
「確かにここで撥ねたんだ……この場所に腐った亡骸があるはずなのに……」
不思議に思っていると、警察官がこの一帯を捜索すると救急隊員に告げて、みんなで探すことになった。
「ねえ、コレおかしい。撥ねたのにおかしいよ」
ハルが車のフロントにライトを向けて言った。
「なにが? ハルもおかしな話をするのか? 勘弁してくれよ……」
「ううん、違うよ。人を撥ねたのに、車のフロントには凹みもないし、傷もないの」
そのときだった。
「いたぞー!」
警察官の一人が大声を上げて薮の中から出てきた。
みんな一斉にそちらに行くと、その警察官はストレッチャーを運ぶ救急隊員に、
「それは使えない! ブルーシート! 死体だ、死体があった! 至急、署に連絡!!」
仲間の警察官に言った。
キミの隣にいるハルが警察官の出てきた薮をライトで照らした。
この細い車道からすぐ脇の薮の中に、木造の建物が見える。
2階建で、資材置き場か山小屋のようだった。
キミに向かって警察官が走ってくる。
キミは死体遺棄の疑いをもたれる前に言った。
「俺は捨ててませんよ! 霧の中でしたから建物があった事も知りません! 動かしてもいませんし――頭突きはしましたが――指も触れていません! 信じてください!!」
「ああそうだろうとも」
「ええそうでしょうとも! ……へ?」
「既に白骨化の進んでいる遺体だ。一般人は、まあ……触れたくはないはずだ。いま見た限りではあの仏さん、冬を越している。おそらく去年の秋だな。仏さんの服装が捜索願の出された登山者のものに酷似している。道に迷って建物の裏手で力尽きたんだろうな……、雪に押しつぶされて遺体の損傷が激しい。――何にせよ、車で撥ねるなんて無理だ」
そう言って警察官は、カエ姉の所へ向かった。今と同じ話をするのだろう。
「撥ねるずっと前から、あの人はもう亡くなっていたんだね」
ハルは建物を見上げて言う。
「見つけてもらいたくて出てきたのかな?」
「さ、さあな……でも多分、そうかもしれないな。俺、聞いたよ。『頼むよ』って……」
カエ姉の泣く声が聞こえた。
見れば、車のフロントに涙を流しながら頬擦りをして、ナンバープレートを撫で回している。禁固刑を免れての号泣だった。
その横に――
悲しげで侘しそうで、何か大事なことを告げられずに悔やんだ表情を浮かべた千秋が、キミを見て立っていた。




