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第4話 幽霊を探し訪ねて 〝ひっくり〟 2/2


 キミはシャチに跨がって足をばたつかせ、手で海水を掻いて海にでた。

 波が迫りあがり、少し浜へ戻されて、沈みこむ波で一気に前に進む。

 手足は海の中。

 海水浴客と波を掻き分けて、キミはシャチに四つん這いになった体勢で、海面に体を半分だして泳いだ。

 海面上を進む要領、コツをつかんでどんどん沖へ出る。


 ふと顔を上げれば遠方に、山形県に属する飛島が蜃気楼で揺らめいて霞んで見える。と同時に、目の前には黄色い丸いブイが浮かんでいた。

 海水浴エリアとマリンスポーツエリアを別けるための目印のブイだ。


 随分と沖の方に来たらしい。

 キミは手足をばたつかせて、跨がるシャチを浜へ方向転換させながら言った。


「千秋ー、水上バイクに轢かれでもしたら大変だし、浜に戻ろうか」


 黒く長い髪の毛が、キミの2メートルほど前の海面をゆらゆらと漂っている。

 そしてそれは、シャチに跨がるキミに向かってくる。

 目線を上げると200メートルほど先に浜辺が見え、まばらなにいる客達の姿が思いのほか点になって映る。

 その点が、寄り集まって、キミを見て、何か言っているような気がする。

 いや、叫んでいる。


「どうしたんだろ? 遊泳禁止エリアまで来たから、皆で注意しているのかな……?」


 白いサマードレスを着たハルが小さく確認でき、日傘を大きく振っている。

 そのすぐ手前に、千秋がいた。


「え? じゃあ」


 では、黒髪のこれは誰だろう、と思った瞬間――

 シャチがひっくり返った。


「うわっ!」


 キミの体は海に落ちた。

 背中から落ちて、黒い水中から海面を見上げると気泡の輝きが目に入った。

 そして海面が眩しい。


 すぐに海水を飲んだ。

 息が苦しい。

 足がつかない。

 水が冷たい。

 空気を。

 海面に顔を出さなければ。

 急いで水を蹴った。


「……ブハッ!」


 途端、誰かがキミの頭を押さえつけて海中に沈めた。

 誰かが、シャチに乗っている。乗って、力ずくで沈めようとしている。溺れさせようとしている。

 キミは藻掻いた。

 必死で海面に頭を出そうとした。


「たすけ、」


 顔を出したら即座に押さえつけられる。

 頭の上で押さえる手は、キミの頭頂部を鷲掴みにしていた。

 キミは空気を求めて暴れるように藻掻いてバシャバシャ飛沫をあげた。

 顔を出す。


「だれかたす、」


 だが、尋常ではない力に押さえつけられる。

 頭を潰されるほど強く握られ、再び海中に沈められた。

 キミは自分の手を頭の上に持っていき、その押さえつけてくる手を掴んだ。


 グニュ……。


 ゴム製の水枕か、半分溶けた保冷剤のような感触。

 ブニョっとして腕の肉と骨が掴んだ拍子にグニュっと中身がずれた。


「ぶわっっ!」


 思わず叫んだ。

 空気が気泡となって口からぼこぼこ抜けてゆく。

 慌てて手を離した。

 海中を藻掻く。

 漏れた気泡が細かく分裂して、海面にのぼっていく。


「ぐぅが、うぶ、」


 海水が激痛を伴って気管に流れ込む。

 とても苦しくて、耐えきれない。

 キミの頬にシャチの胸びれが当った。

 咄嗟に掴んだ。

 懸垂をするように頭を上げる。

 海面に額を出し、耳が出、鼻下まで出たとき、首筋に痛みが走った。

 シャチに乗る誰かに、きみは顔を無理矢理上向きにさせられた。


 目の前に、女の顔らしいのがあった。

 ぱんぱんに水脹れした顔には網目状の深い傷。皮膚が捲れあがっている。

 食いしばる歯と歯のあいだから、黄緑色の汁が垂れて顎下に伝い、白く濁った目玉がぎょろりと動いて、キミを見下げた。

 海水に濡れた長い黒髪で、女だと思った。

 キミは確信するもなにも、悟必要なくて、女の見たままの有様に、こいつは死んでいる人間の軀だ、と分かった。

 分かったが、どうすることもできない。頭を掴まれている。


 屍が食いしばった歯を緩めて口をボッ! と開いた。


 キミの顔に、ねっとりとした得体の知れぬ黄緑色の汁が附着した、

 その刹那、


「悪霊封印成敗なのだー!」


 栞乃の声と一緒にエンジン音がした。

 波をかぶって水しぶきが噴きかかり、空気で膨らんだシャチをボンボンボン! と叩く音がして、二の腕を掴まれたかと思ったら攫われるようなもの凄い勢いで引っ張られ、きみは海面を引きずられる。

 ワケがわからない。

 わかるのは、視界に入るのは白い水しぶきとイエローのバナナボート。


「ゥウエッ! ブゥエッ! オエッ!!」


 キミは気管に入った海水を吐き出して、


「栞乃! (ゴホ)、命を助けられたよ(オエッ!)……いったい何があったんだ!?」


 バナナボートにしがみついて、咳き込みながら尋ねた。


「ひっくりに遇ったのだ! 海に入った時、後ろを憑いて行く幽霊を千秋やお客さんが目撃していたのだ!!」

「何なんだよ『ひっくり』って!」


 キミは黄緑色の汁を海水で洗い流す。汁は糸をひいた。


「ハルが言うには、海で殺されたり遺体を投げ捨てられたりした人間の怨霊らしいのだ!」

「ソレが何で俺に憑くんだよ! (ウエッ)おれは悪行なんてしてないぞ」

 理不尽だ!! とキミは叫んだ。


「そんなこと霊に訊いてみるのだあ! 封印のお札を貼ってまだあそこにいるのだ!!」

 水にも強い超強力粘着テープの優れ物。

 安心の五十年保証付き。




 怨霊は、栞乃が貼付けたお札の効力によってシャチの背中に封印された。

 シャチの浮き輪は沖へ流されてゆく……。

 秋田沖の海流は対馬海流が通り、この流れの多くは津軽海峡から太平洋へと抜けている。

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