白焼き重
その日もフォレステッジの朝は穏やかに明けた。
井戸端では、いつも通りの世間話が交わされている。誰一人としてあの日の異変を口にする者はいない。誰もが、小さな沈黙を守っていた。
「おはようございます、聖女様」
八百屋の店主が、声をかけてくる。微笑ましく見守るような目。なぜだかそんな目のような気がして、ルチアは微笑みながら、会釈を返した。
(みなさま、優しく温かいです。私もこの街に馴染めているようですね。嬉しいです)
街の人の視線の意味に全く気づかず、ルチアの心は小さな喜びに満たされていく。
領庁前には、リタ・メモリが書類の束を抱えて立っていた。一礼するリタの手には、先日の異変に関する分厚い調査資料があった。
「まだ、原因の特定には至っておりません。もう少し時間がかかりそうです」
「無理はなさらないでくださいね」
「聖女様こそ。定期的に水脈の浄化をしていただきありがとうございます」
「範囲を絞っていただいて助かっています」
先日の事件以来、リタの絞り込んだ水脈の情報をもとに、ルチアは街の水を浄化していた。
二人が互いを気遣い合っていると、広場の反対側から見覚えのある赤茶の髪が近づいてくる。
「おはようございます、聖女様。それにリタも」
カイル・ラークウッドは、朝の見回り中らしく、革の防具を身につけたまま片手を上げた。
「カイルさんも、この時間から見回りですか」
「はい。まあ、いつものことですよ」
「聖女様!お願いします、聖女様!」
そこへ切羽詰まった声が響いてきた。
声の主は、腰の曲がった老いた農夫だった。杖代わりの鍬を握りしめ、息を切らしながらルチアたちの元へと駆けてくる。額には玉のような汗が浮かび、着ている作業着のあちこちに土がこびりついていた。
「畑が……畑が、めちゃくちゃにされちまって……」
「落ち着いてください。順を追って、聞かせてもらえますか」
「じいさんの畑なら、俺の担当区域だ」
カイルが即座に表情を引き締める。
「聖女様、行きながら聞きましょう。じいさんとこは境界近くだ。そこで魔獣が出たとなりゃ、警備隊としても放っておけないので、同行します」
「もちろんです。心強いです」
「聖女様、お気を付けて」
「ありがとうございます。リタさん」
ルチアは小さく頭を下げてから畑へと急いだ。
畑はひどいありさまだった。
細長い葉を茂らせたごぼうの畝が、根こそぎ地面から掘り返され、無残に横たわっている。土がまるで波打つように盛り上がり、そこかしこに大小の隆起が続いていた。
「うちのごぼうは、この街の鰻屋にも卸させてもらってるんです。あそこの八幡巻きや、香の物に使われる漬物用の野菜もね」
農夫の声が、涙で掠れる。
「あいつが、また戻ってきやがった。この二日、毎晩のように畑を荒らしていく」
「あいつ、というのは」
「地面の下を這い回る、でかい図体の魔獣です。姿は滅多に見せねえが、畑を突き上げる音だけは、嫌でも聞こえる」
ルチアは畑を見渡し、静かに目を閉じた。地中に潜む、重く鈍い気配。土の下から伝わってくる、規則正しい振動が、少しずつこちらへと近づいてくる。
「……荒々しいな。かなり気が立ってやがる」
カイルも剣の柄に手をかけ、低く呟いた。
「ええ。でも、それだけじゃない気がします」
気配を探るうちに、ルチアはふと違和感を覚える。まるで、何かに追い立てられているかのような、余裕のなさが伝わってくるのだ。
「必ず、お守りします」
ズズズ、と土がひときわ大きく盛り上がり、地面を突き破るようにして、巨大な影が姿を現した。土色の甲殻に覆われた、丸みを帯びた巨躯、マッドモールだ。その体を不気味な黒い靄が包み込んでいた。
「何か様子がおかしい!聖女様、俺が前に出る!」
カイルが素早くルチアを庇って前へ回り込む。ルチアはその後ろで静かに立ち、右手を掲げた。
「瘴気ですね。これを祓うのが先のようです」
「浄化の光」――清冽な輝きが、掌に宿る。
ルチアはその光でマッドモールを包み込んだ。するとまとわりついていた薄汚れた瘴気が、光に炙られるようにして剥がれ落ちていく。
「……ん?あー……あー、あー。声が、出るぞ」
唐突に、しわがれた低い声が畑に響いた。
ルチアもカイルも、揃って動きを止める。
「な……喋った、だと?喋ることのできる魔獣がいるのか?」
「いや、オレも初めて喋るぞ。なんだこりゃ?」
「よく分かりませんが、お話することができる?」
ルチアは戸惑いながらも、慎重に一歩前へ出た。
「もう私たちを傷つけるつもりは、ありませんか?」
「あ?あー、ねえよ、そんなつもりは。てめえらに光をぶつけられてからそんな気がさっぱりしなくなったわ。あ?よく見たらオレ光ってるし、これで喋れるようになってんのか?」
マッドモールは続ける。
「まあ、こっちだって、好きでこんな浅いとこまで出てきたわけじゃねえんだ。もっと奥の、静かな土の中に棲んでたんだが、水が急に嫌な臭いになっちまってな。追い出されるみてえに、上まで出てくる羽目になっちまった」
「水脈の汚染ですね。やはり」
「畑を荒らしたのは謝る。腹も減ってたし、気も立ってた」
「なあ、あんた」
マッドモールがふと、ルチアを見つめた。
「あんたの、声?に聞き覚えがあるような気がするんだよ。初対面だし、こんなになっちまう前は人間の言葉なんざわかりゃしなかったのに」
「どういうことでしょう。詳しく聞かせていただけますか」
ルチアがわずかに身を乗り出す。仕事の続きだと思っているのか、その顔つきはあくまで真剣だった。
「つい最近感じたんだ。地面の奥の方まで、胸に直接響く声というか感情というか。誰かがすげえ美味いもん食ってる、その喜びの声?みたいな」
「胸に響く、食事の……」
ルチアが眉を寄せ、その原因について推測できないか思考を始める。
「詳しく、聞いても」
「――っと、悪い、そいつは後にしてくれ!」
(それはあれだろ!聖女様の声が漏れたやつのことだろ!)
察知したカイルが慌てて割り込む。
「聖女様、水の件、詳しく聞いとかねえと日が暮れちまう。水脈のどのあたりから水が変わり始めたのか、こいつなら知っているかもしれません。そっちの情報が先です」
「あ?まあ、いいけどよ」
話を遮られたマッドモールが拍子抜けした様子で肩をすくめる。
「気になりますが……」
ルチアは名残惜しそうにしながらも、カイルに促されるまま水脈汚染の話へと引き戻された。
その隣で、カイルは少しほっとした表情をしていた。
う巻き肝焼き丼の日のルチアの喜びが、地面の下にまで届いていたということらしい。危うく予想もできないところからルチアにバレてしまうところだった。いずれ知るときは来るだろうが、今は違うということは確実である。
なんとか凌ぐことが出来た。偶然だったが自分が居合わせて良かったと思う。カイルは胸をなで下ろした。
「……ゴホン。もう荒らさねえって言うんなら、今日のところはいいぞ」
「ああ、どうやら水も大丈夫みたいだし、静かに暮らすよ」
「水は定期的に私が浄化させていただいています。落ち着いて暮らせるよう力を尽くしますね」
「聖女様、すみませんが、少しだけ待っていてもらえますか」
カイルが不意に、ルチアの前に割って入った。
「今後の警備のために、こいつにちょっと聞いておきたいことがあるんです」
「そうなんですか。では、私はおじいさんの様子を見てきます」
ルチアが疑うこともなく頷き、農夫の方へと戻っていった。その背中が十分に遠ざかったのを確認してから、カイルはマッドモールにぐっと顔を近づける。
「おい。さっきの、メシの喜びの話。あれ、聖女様には言うなよ」
「はあ?なんでだよ」
「あの人は、自分の思ったことが外に出てるって、これっぽっちも気づいてねえ。知ったら、きっと恥ずかしがって、ろくに飯も食えなくなる。……あんなに幸せそうに鰻を食ってる姿を、俺は誰にも壊されたくねえんだよ」
マッドモールはしばらくカイルの顔を眺めていたが、やがて興味を失ったように鼻を鳴らす。
「……ああ、言わねえよ。というか言えねえよ、もうすぐ喋る力が切れそうだ」
「どういうことだ?」
マッドモールはカイルを見た。魔獣の体の光が薄くなっていく。最後にぐるると唸ると、前足で土をかき分け潜っていった。
「時間制限あり、か」
改めてルチアに向き直り、尋ねた。
「ところで聖女様の力は、あんなこともできたんですね」
「いえ、魔獣とおしゃべりしたのは私も初めての経験です。どういうことでしょうね」
(聖女様もわからねえのか)
「あ、あ、あ、ありがとうございます、聖女様……!」
農夫が涙ぐみながら、何度も頭を下げる。魔獣との会話という初めての経験に戸惑っていたが、当初の目的は農夫の畑の防衛だったことを思い出した。
「作物の方は、残念でした」
「いえいえ、話をしてみればあちらにも理由があったんですね。やられた分の損は互助会で何とかなりますし、そう怒れませんや。それより、見てください、これ。漬物用の分は、奥の方でまだ無事だったみたいで」
指差す先には、瑞々しい葉をつけた漬物用の野菜が、変わらぬ姿で並んでいた。
「あの鰻屋の香の物、いつも美味しくいただいています。あなたの畑のおかげだったんですね」
(あ、思い出してしまいました。解決したとはいえ、仕事中に気が緩んでしまうなんて……)
「聖女様、これでひとまず解決ですかね。荒れた畑は警備隊の方で直しておきますよ。お疲れさまでした」
「ありがとうございます。カイルさん。私、今日はなんだか、白焼きが食べたくなってきました。ご一緒にあのお店いかがですか」
(なんでしょう。なぜか白焼きが頭に浮かびました)
「……聖女様……あ、いや、お付き合いしましょう」
(あのマッドモールの黒い靄がはがれた後の光った体、あれで白焼きを連想したんじゃないだろうな)
暖簾をくぐると、いつもの香ばしい匂いが迎えてくれる。
「今日は、白焼きの重をお願いします」
「あいよ。そちらは?」
「俺も、同じのを一つ」
白焼き。それは蒲焼に使うタレを一切使わず、鰻本来の味と香りを極限まで引き出す真剣勝負の一皿。素焼きにすることで身の甘みと質の良い脂のコクがストレートに際立ち、皮目の香ばしさとふっくらとした肉質がダイレクトに口内へと届く。添えられた山葵や塩を少し乗せれば、味の輪郭がいっそう爽やかに引き締まり、素材そのものの純粋な味わいが爆発的に広がっていく。
二人がちょうど注文を終えたとき、戸口から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「聖女様。お店に入るところが見えましたので」
黒髪をきっちりまとめた眼鏡の女性――リタ・メモリが、分厚い帳面を小脇に抱えて立っていた。
「畑の一件、農夫から詳しい経緯を伺いました」
「せっかくだ、リタも座ってけよ。話は飯食い終わってからでいいだろ」
「……そうですね。お邪魔して申し訳ありません。私は聖女様と同じもので」
焼き台の上で、白い身が炭火の熱に炙られていく。タレを纏わぬその白さは、職人の火加減の駆け引きがそのまま鰻の表情となって現れる。おやじの太い指先が、絶妙な角度で串を傾けた。滴る脂が炭火に触れ、ジュッと甲高い音を立てて弾ける。皮目に振られた粗い塩の粒。それが炎に照らされ、一瞬きらりと結晶の輝きを放った。立ち上る煙はどこまでも真っ白で、タレ焼きのような甘い匂いは一切ない。ただ純粋に、脂そのものが焦げる香ばしさだけが、鼻腔へとまっすぐに突き抜ける。熱を帯びた身はゆっくりと引き締まり、淡い狐色を通り越して、縁のあたりが食欲をそそる焦げ茶へと色づいていった。
「白焼きとは、また渋いところを選んだな」
隣にいた常連の老人が、湯呑みを傾けながら口を挟む。
「塩だけで焼き上げるからこそ、脂の乗り具合や焼き加減が、そのまま味に出ちまう。誤魔化しの利かない一品なんだよ。もし、持ち帰りを温めなおすなら、軽く酒を振って蒸し直してから炙るのがコツだ。山葵は味を足すためじゃなく、鰻の甘みを引き立てるために少しだけ添える」
「足しすぎちゃあ、せっかくの素の味が台無しになる、ということですね」
「そういうことだ」
「お待ち」
重箱が三人の前にそれぞれ置かれた。蓋が、揃って開けられた。
立ち上る真っ白な湯気。その向こうから、飴色のタレを纏わない、白く清らかな鰻の身が姿を現した。ほんのり狐色に焼き締められた皮と、ところどころに浮かぶ焦げ茶の縁取り。それは炭火がもたらした、極上の香ばしさの証明だ。余計な飾りを削ぎ落とした身の表面で、溢れ出た脂の照りだけが、琥珀色のように静かに光を弾く。傍らには、すりおろしたばかりの瑞々しい山葵。そして、深みのある漆黒を湛えた醤油皿が、そっと静かに寄り添う。
「いただきます。――さあ、まずは何もつけずに」
前歯が、皮目のぱりっとした膜を割る。次の瞬間、じゅわりと脂が舌の上に広がった。
その刹那、カイルの脳裏に、声が真っ直ぐ飛び込んできた。
(――んっ、これですか!これが、鰻の素顔なんですね!タレの甘さに隠れていた身の旨みが、まっすぐ伝わってきます!皮目のパリッとした食感と、中のふっくらとした身の対比、これがたまりません!)
カイルの頭の中にルチアの声が飛び込んできた。同時に、リタがペンを取り出しかけて、ぴたりと止まった。
「……リ~タ~?」
カイルがリタの目を見た。リタもカイルの目を見る。カイルが首を振った。
「いや、その、こういうのは未記録案件にすることに決めていたのですが、あの、職業病のようなもので。すみません」
ここで、カイルとリタは、ルチアの喜びの声が周囲に漏れてしまっていることをお互い分かっていること、そしてそれを本人には秘密にしようとしていることを知った。
当のルチアは、行儀よく口の中のものを飲み込んでから、ようやく静かに目を伏せて言う。
「……美味しいです。身の味がよくわかります」
その落差に、カイルは思わず噴き出しそうになるのを堪えた。今しがた頭の中で響いていたあの熱量と、目の前の澄ました一言との差ときたら――聖女とは、なんと器用な生き物なのだろう。
続いて、山葵を少し乗せ、醤油を垂らして口に運ぶ。
またしても、カイルとリタの頭の中に声が飛び込んできた。
(――んん――!ぴりっとした後に、鰻の味わい深い脂が追いかけてきます!山葵を加えるだけで、こんなに味の輪郭が変わるなんて!)
「……醤油をほんの少し含ませると、香ばしさがさらに引き立ちますね」
ルチアは小さく頷き、微笑んだ。
だが、その澄ました態度とは裏腹に、彼女の手元はすでに次の獲物を狙っている。箸先が吸い込まれるように、再び白焼きの身へと伸びた。そこからは、まさに驚異的な集中力を見せた。
ルチアは上品な所作を保ちつつも、一切の無駄のない動きで箸を動かし続ける。
(――うわぁ、ご飯との相性も抜群です!タレがないからこそ、お米本来の甘みと、白焼きの濃厚な脂が口の中で完璧に調和していきます!箸が、箸が止まりません……!)
脳内に響き渡る歓喜の絶叫。
それに比例するように、重箱の中身が目に見えて減っていく。
右手で箸を滑らせ、左手で重箱を支えるルチアの姿は、まるで一流の剣士のようだ。
滴る脂をまとい、艶やかに輝く米粒が、次々と彼女の小さな口へと吸い込まれていく。
(醤油をちょん、山葵をちょん、そしてご飯と一緒に――あぁ、極楽はここにあったのですね……!)
もはやカイルとリタの存在など、ルチアの視界には入らない。
一心不乱に、ただ目の前の白焼き重と向き合う。
最後の一粒を綺麗に口へと運んだ。
カイルとリタは、ただただ圧倒され、その美しい食べっぷりを見守るしかなかった。
「ごちそうさまでした」
ルチアが箸を置き、ほう、と長い息をひとつ漏らした。
全員が食べ終わると席を立つ。
「ありがとうございました」
「どうぞ、また」
「地下水脈の件、また新しい情報が入り次第、報告いたします」
「ありがとうございます、リタさん。無理はなさらないでくださいね」
「聖女様こそ」
暖簾をくぐって路地に出ると、夕暮れの気配が、街をゆっくりと染め始めていた。
「今日も、良い一日でした」
「そうですね。良い一日でした。お休みなさいませ聖女様」
帰路、カイルとリタは今日の事件について共有していた。
「魔獣がしゃべった?」
「ああ、時間制限付きだったがな。聖女様も理由は分からないみたいだったけど」
(いろいろな聖女の記録を見てきたけど、今までにそんな例は聞いたことがない。ルチア様だけの力?そんな力がどうして発現したの?)
「おいリタ?」
「ごめんなさい。でも魔獣としゃべることができたら、分かり合うこともできるかもしれないわね」
「お。それは夢があるな。あ?でもそうなったら俺の働き口はなくなるのか?」
「ふふっ。大丈夫よ。力仕事ならいくらでもあるわ」
ルチアは二つの背中を見送ってから、軽い足取りで帰路についた。畑の農夫の顔、そして白焼きの余韻。良い一日を過ごすと明日への活力が湧いてくる。
「明日もよい日でありますように」
◆◆◆
――その頃、深い森の奥。
ダグは水源の異変を追い、これといった手がかりも見つからないまま、森の中を歩き回っていた。木の根や苔むした岩を一つ一つ確かめながら、地面に鼻を近づけては首を振る。
「……ここも、これといって変わりはねえな」
低く呟いたその時、木々の合間から、軽やかな足音が近づいてくる。
「あら、珍しい。こんな奥まで来るなんて」
緑がかった銀髪、褐色の肌。長く伸びた耳が、木漏れ日の下で微かに揺れる。
森番の民、シャノンだった。荷運びの途中なのか、大きな背負い袋を軽々と担いでいる。
「水の異変を追ってる。お前さんの方じゃ、何か知らねえか」
「知らないわね。でも、あなたが必死に嗅ぎ回ってるってことは、よっぽどのことなんでしょう」
シャノンはくすりと笑い、荷を担ぎ直した。
「そういえば、人間の土地は見てきたの?うちの者が見た限りだとあっちの街は平穏らしいけど」
「……いや、まだ行ってねえ」
「あら、そうなの」
「森の中を調べる方が先だと思ってな」
ダグはそれ以上語らなかった。
「まあ、いいわ。何かわかったら教えてちょうだい。こっちも一族に伝わる言い伝えを、少し当たってみるから」
「言い伝え、だと?」
「昔々の、随分と曖昧な話よ。今はまだ、話すほどのことじゃないわ」
シャノンの声が、ほんの一瞬だけ低くなった。だがそれも束の間、いつもの飄々とした調子に戻る。
「じゃあ、またね。荷物、まだ運ばなきゃいけないの」
シャノンはそれだけ言うと、身軽な足取りで森の奥へと消えていった。ダグはその背中をしばらく見送ってから、再び地面に視線を落とし、調査を再開した。
◆◆◆
フォレステッジの空は、今日も静かに暮れていく。




