第19話 魔獣出没の知らせ
セシリアの魔法習得スピードは俺の予想を遥かに超えていた。複合魔法の火風弾を習得した後はひたすら魔力量の底上げと命中率の向上に時間を割く日々が続いた。そして開始から二週間が経過した頃に騒ぎは起こった。
「セシリア様、グラン様。旦那様がお呼びですので至急、お屋敷まで来て頂けますでしょうか?」
数少ない使用人の一人、メイド長のアメリーが焦った様子で駆けて来た。
「お父様が? 領内で何か事件でも起こったの?」
「私も詳しくは存じませんが、領民から緊急の報告があったようです」
「とにかく話を聞かないと進まないようだ。ちょうど休憩をしようと思っていたところだし、直ぐに行くとしよう」
俺はセシリアと共に男爵のもとへ足早に向かう。まあ、十中八九は魔獣がらみだと予想をしながら作戦を思い描く。
「お父様! どうなされたのですか!?」
男爵邸の広間には数人の領民と男爵本人が話し合っていた。おそらく男爵に陳情をするために来た領民の代表たちなのだろう。
「おお、来てくれたか。どうやら北区の農場に魔獣が侵入して来ているようでムーギの畑に被害が出ていると報告があった。知っての通り、今の我が領には騎士団はおらぬ。グラン殿、勝手を言ってすまぬが娘のセシリアと共に討伐に協力してはいただけないだろうか?」
さすがにまだセシリアに魔獣討伐は難しいと思ってか男爵は俺に向かって頭を下げる。こんな状況とはいえ、貴族が平民にほいほい頭をさげるのはいかがなものかとは思ったが、高圧的に出られるよりは百倍ましだ。セシリアにもそろそろ実践を経験させたいと思っていたので丁度いい。
「いいぞ。セシリア嬢は連れて行ってもいいんだな?」
「は、はい。正直言って娘が魔獣討伐に付いて行って役に立つのかは疑問ですが、領主の血筋であるセシリアが現場に赴くことによって納得する領民が居ることは事実。どうか、娘を頼む」
「わかった。すぐに向かうとするが道案内はあるのか?」
俺は直ぐに現場に向かうと決めるが、土地勘のない場所である。迷子になって二度手間は面倒なので道案内を準備するように注文をした。
「――私が案内します。私の住む地区の畑ですので」
その時、領民の一人が手を上げて答える。
「そうか、では頼むとするか。移動には馬車を準備して頂けるのか?」
俺は男爵に問いかけるように顔を向ける。
「領主邸にある馬車を使うといい。娘も乗るのだ、問題はないだろう」
男爵の回答に頷いた俺はセシリアに戦闘の準備を促したのだった。
「――ふうん。なかなかいい装備じゃないか」
二十分程でセシリアは着替えを済ませて領主邸門の前に姿を現した。魔法学院の実践研修時に身に付けるために用意した物のようで白色をベースにした動きやすそうなシルエットの上服に、女性魔導士の証になる魔法文様が金糸で刺繍されているスカート。汚れを弾くためのハーフサイズの黒っぽい外套を羽織った装いだった。その手には先ほどまで使っていたタクト状の杖が握られていた。
「ご存じのように魔法学院は貴族の子供たちが通う学院。装備品もそれなりに名の知れた者が作った装備を購入しています。高い費用を支払った装備品が無駄にならずに済みそうで良かったです」
確かに初心者にとっては装備品の優劣で生存率自体が変わることなど珍しいことではない。初めての実戦に向けてセシリアはその長い赤髪を綺麗に結い上げて邪魔にならないようにしていた。いい心がけだと俺は感心する。
「――出発するぞ。早く乗ってくれ」
領主邸馬車には一時的に雇って来た御者の男性が準備を終えて待っている。その横には案内人として領民の男性が同乗している。俺とセシリアが後ろの客車に乗り込むと、御者は馬に指示を出したのだった。
「少し話をいいか? 簡単で良いので状況を把握しておきたい」
馬車が街を出て魔獣出没現場の村へ向かう傍ら、俺は客車の御者側窓を開けて案内人の男に状況の説明を求めた。
「はい。ときどき小型の魔獣は見かけていたのですが、村の自警団でも追い払える奴らでした。ですが、近頃見たことのないような大型の魔獣が確認されたのです」
「見たことのないような大型の魔獣だと? 魔黒毛熊でも出たのか?」
「いえいえ、とんでもない。魔黒毛熊など出没していたらこんな被害では済みませんよ。大型の魔角猪です」
魔角猪はその強力な突進力で攻撃してくる魔獣で普通の村人がその被害に遭おうものなら全治数か月クラスで、運が悪いと死亡するケースもあるほどだ。しかも始末の悪いことに奴らは雑食性で、肉だけでなく穀物類も好んで食べる。人間の主食であるムーギもその対象となっているのだ。
「どのくらい目撃情報があるんだ?」
「大型の個体が三体ほど、他は数十体確認されていますが、それほど大きくないと聞いています」
「大型が三体か。うまく見つけられればセシリア嬢の実践に使えるかもしれないな」
「ええっ!? いきなりそんな大物と戦うつもりなんですか?」
小さく呟いたはずの言葉がどうやらセシリアにも聞こえていたようで、彼女は驚きの声を上げる。
「どうせいつか通る道だ。どうせなら早い方がいい。今なら俺も傍にいるから心配せずとも守ってやるよ。ああ、そうだ。こいつを貸してやろう」
俺はそう言うと陰に潜ませていた魔法従魔のハビルを呼び出したのだった。




