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1.勇者一行、働く

「魔王エクス! 今日こそ覚悟しろぉぉぉぉ!!!」

「……またか」


 大剣を構え、大見栄(みえ)をきって迫る勇者に一瞥(いちべつ)を向けた魔王が、特大のため息と共にこぼす。


「そろそろ諦める気にはならんか?」


 玉座の上でゆったりと脚を組み、片肘をついて気怠(けだる)げに見下ろす魔王。その心底億劫そうなセリフに、勇者の額に青筋が浮かぶ。


「なるかぁ!」


 思わず叫びかえした勇者だが、一瞬の間をおいて言い直す。


「いや、諦められるもんならとっくの昔に諦めている。だが! 俺たちに、そんな選択肢はない!」


 言っていて虚しくなるその事実に、他のメンバーの顔も悲痛なものへと変わった。


「なんだ同情でも期待しているのか、小賢しい」


 嫌味たっぷりに受け流した魔王が鷹揚(おうよう)に片手を上げる。


「まあ、いいだろう。今日は片手しか使わん。せいぜい奮闘するがいい──」



……


………



「──って言われてラッキーとばかりに飛びかかった俺たちを転移魔法で魔都(まと)の外まで飛ばして終わりとか、汚すぎんだろアイツ!」


 長年使い慣れた聖剣を、硬いだけが取り柄の木製モップに持ち替えた勇者ハクは、キュッキュッと良い音をたてて床を磨きつつ、午前中の戦闘を思い出していた。

 愚痴は吐いても手は動かす。バカ真面目な性格と腕力で磨かれた酒場の床は、今や鏡のように天井の明かりを映し輝いている。


「目前で魔法陣起動したときの顔ときたら、マジで欠片も俺たちに興味なさそうだったし。あれ、今日は最初から俺たちの相手する気ゼロだったね」


 客の去ったテーブルの食器をふわふわと浮かせては一ヵ所に集め、空いたテーブルごと水魔法で洗浄しては拭き清めていた魔法使いのロンが相槌(あいづち)を返す。

 実は陰でコソコソ最上級魔法を詠唱済みだったにもかかわらず、ロンが放ったそれは転移先の虚空(こくう)を眩い光の尾を引いて切りさき、魔王城の空に弧を描いて散った。

 本日、彼の一世一代のメテオ・フラッシュが単なる花火イベントとして魔都を賑わせた、と客に褒められたのを思い出して遠い目になる。


「私、今日何もしてない」


 無表情な顔つきのせいで分かりづらいが、聖女メルも負けず劣らず落ち込んでいた。

 現に先ほどからメンバーと目も合わせず、黙々とお一人様サイズの聖域を展開して酒場を隅々まで練り歩いている。おかげで酒場のすえた空気がまるで精霊の森にでも迷い込んだかのように透き通っていく。


 なんせメルは指の欠片からでも人体を再生できると言われる稀代の聖女だ。彼女ならばこの店がそのまま入るサイズの絶対聖域の展開も朝飯前、なのだが。

 初日にやって仕込み中のエールが全滅してしまい、店主にこっぴどく叱られた。どうやら発酵中の微生物も全部一緒に浄化してしまったらしい。以降、店では絶対やるなと厳しく言い渡されていた。


「…………」


 椅子や机を軽々と持ち上げ、勇者を手伝う盾持ちのタロンは一言も口に出さない。普段から寡黙な彼はただ黙々と作業をこなしている。だが、その顔にはこの場の誰よりも強い不満を浮かべていた。


 転移魔法で飛ばされた魔都の外郭(がいかく)からこの酒場まで、本来、大人の足でも丸1日かかる。それでも彼らが酒場の開く時間前に帰りつけたのは、タロンが3人を肩に担いでここまで走ってきたからだ。


 山のようなゴーレムも軽々と投げ飛ばす彼にすれば容易(たやす)いことではあったが、悪びれもせず、肩の上で反省会を始めたメンバーからタロンが走り続けることへのねぎらいは何ひとつなかった。

 無論、魔王にも思うところはあるが、パーティーメンバーにも物申したい。が、話すことが苦手な彼にはそれを説明することのほうがよほど億劫だった。



 そんな彼らが働く、ここは魔王城の地下一階、今日も魔人で賑わう城内酒場だ。

 城内外で働くものが仕事帰りに一杯ひっかけて帰るわけだが、酒場で憂さ晴らしをする客の魔素があまりにも充満して、城内にもかかわらずこの一角だけぷちダンジョン化してしまっている。

 おかげで最近はそれなりの強者しかたどり着けない、幻の酒場となりつつあった。


 彼ら勇者パーティーが魔王城にたどり着いたのは今から3か月ほど前。

 だが、実は彼らが魔王城にたどり着いた最初の勇者パーティーというわけではない。彼らを含め、すでに何十、何百という勇者パーティーがこの城を訪れてきた。


 彼らの故郷、西のレクス王国と東の魔王国の争いの歴史は長い。長すぎてその起源を知る者は誰もいない。ただ代々、レクス王国の勇者に選ばれし者には魔王の討伐が義務付けられてきた。


 時に勇者パーティーが魔王を討つこともあったが、数年もすると、どこからか次の魔王が現れる。王国の王が代替わりをするように、魔王もまた当たり前のように代を重ねてきた。

 そして当代(とうだい)の魔王エクスは、歴史的にも稀にみる強大な魔力の持ち主として知られている。

 それでも討伐を目指して国を出たハクたち一行は、道中、幾多の魔物を討ち、相対する敵軍を全て退け、ついに魔王城までたどり着いたわけだが。


 覚悟して潜入した魔王城にもかかわらず、なぜか敵対する魔人は一人もいなかった。

 阻むものが誰もいないまま、すんなりと魔王城の頂上まで到達し、玉座に座る魔王本人と対峙した瞬間、彼らははっきりと理解した。


 魔王城の者は怖気づいたのでも、裏切ったのでもない。

 彼らには、勇者一行を止める理由が全くなかった、ただそれだけだ。


 玉座にだらしなく座る傾国の美貌の持ち主は、その顔に退屈と怠惰(たいだ)を張り付けて、あくびをしながら彼らを迎え入れた。


 緊張感は欠片もないのに、指一本動かせない。

 広間に入った瞬間から、彼我(ひが)の力量の差は火を見るよりも明らかだった。

 あふれ出す魔力と覇気は、人独りでどうこう出来()る類のものではない。いわば、海と敵対しろというようなものか。

 それでも無理やり(おのれ)を鼓舞し、狂気ともいえる戦意を焚きつけて切りかかったハクは、魔王の(たわむ)れにより数回の打ち合いを許されたのち、手足をもがれた。

 魔法使いは詠唱することなく喉を潰され、盾役は一歩も動けぬまま地面にその体を埋めた。

 聖女たるメルだけが、当然のように無傷でその場にとり残された。


「治して消えろ」


 すでに興味を失った魔王は、端的にそれだけ告げるとまた玉座で微睡(まどろ)み始めた。

 が、目前に芋虫のように這いよる勇者に気づき、鬱陶(うっとう)しそうに眉を(ひそ)め問う。


「敵わぬと分かっていて、なぜ歯向かう」

「────!」


 そこで満足に足る答えを出した勇者一行は、この城に住み、週に一度魔王に挑むことを許されたわけだが……。



「なんだ、お前らまた陛下に相手してもらえなかったんか」


 カウンター席の常連客がエールのジョッキを片手にこちらに椅子を向け、長い尻尾で床を叩いて笑う。竜の眷属らしく、立派な二本の角を頭に生やし、勇者たちを酒の摘まみに二つに割れた舌でエールを美味しそうに舐めた。


「うるせぇ、こっちは毎週が真剣勝負なんだよ! 命かけてんだチクショウ」


 見かけによらず話し好きな客に思わず言い返したハクだが、自分の言葉の空虚さに思わず本気で涙が滲みそうだ。


「そんなの、とっとと諦めてしっかり酒場の仕事回せよ」

「その怪力ほかにどこで使い道あんだよ」


 ハクの投げやりな反論に、他の客からも同じようなヤジが飛んできた。


 この店で働き始めてはや3か月。

 魔王との戦闘とは比較できないほど手慣れてしまった店の仕事に、自覚がある分言い返せないハク。


「……私、足手まとい」


 そんな中、店の中心近くにいた聖女メルが、誰にともなくぼそりとこぼす。

 勇者パーティーの紅一点(こういってん)、メルは決して3人ほど力があるわけではない。

 勇者や盾役のような物理的な攻撃も、魔法使いのような便利な水魔法もない、役立たずな自分に引け目を感じて涙が滲んだ。

 そんな彼女の様子に、店の客が一変して(わめ)きだす。


「メルちゃんは気にするな!」

「メルちゃんは悪くない!」

「いてくれるだけでいいんだ!」

「存在自体が癒し!」


 口々に叫ばれるそれは慰めなどではない。

 無口でひたむきで、何より可愛いメルは、今やこの店の客全てが夢中になるマスコットと化していた。

 魔王城で働く魔人が聖女をマスコットに(かか)げていて良いのかは疑問だが、素直なメルは頬を染めてまんざらでもなさそうだ。


「みなさま、ありがと、です」


 消え入りそうな声で答えつつ、おずおずと胸の前で手を振るメルに、店中の客が唸り声をあげた。


「おい、魔王様に挑んで10連敗したっていうカス勇者はどこだぁ?」


 だが、和気あいあいとしたメルのファンサは、突然新たに店に入ってきた巨人によって(さえぎ)られた。

 一斉に向けられた客の視線を追って迫る巨人は、背丈だけでもハクの3倍はある。

 見るからに兵士らしき装備を付けたその男の顔を、ハクは今までこの酒場で見たことがない。店主に視線を送るが、彼もやはり知らんと首を横に振って返した。


「俺サマが片づけてやるから、表出ろや」


 それを確認したハクは、手にしたモップの柄を根元でボキリと折って、それを肩に担いで口を開く。


「ああ俺たちは弱いさ。今日も魔王相手に10連敗目を決めてきた……」


 ブツブツと言いながらも、自分に向かって歩き始めたハクを確認し、巨人が先に店を出る。

 タロスとロンは参戦する気がないらしい。一休みとばかりに店主からエールを貰って見学を決め込んだ。メルでさえ、興味がなさそうに店の浄化を続けている。


「だがな──」


 店を出て一歩目、巨人が振り向きざま、不意をつくように両手を開いてハクに突き出した。

 伸ばされた腕はハクの肩幅より太いが、逃げ場を塞ぐそのスピードは信じられないほどに早い。早いのだが。

 素早く差し出されたその両腕は、ハクが目前でぐるりと振り回した棒きれの一撃でドスン、ドスンと地面に切り落とされる。


「ウ? ウ、ォォォォオオオオオ゛!」


 一瞬、何が起きたのか分からぬ顔で呆けた巨人が、血の吹き出す腕を振り回し、その顔を激痛に歪めて叫ぶ。

 膝をついた巨人の上体を、蹴り一つで後ろに倒したハクは、その顔を見下ろし告げた。


「──あのクソ魔王以外には、全戦無敗の勇者パーティーだ!」

こちら第27回書き出し祭りに提出させていただいた作品になります。

数話出した後は時々続きを書いていく予定です。

よろしくお願いいたします。

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