第99話 創造を繋ぐ者たち ―赤い風船の少女と、二つの世界の未来―
第99話 創造を繋ぐ者たち
―赤い風船の少女と、二つの世界の未来―
―ISURUGI本社・エレベーター内―
静かな機械音を響かせながら、エレベーターは上昇していく。
匠は、隣に立つ堂角部長へ、少し気まずそうに口を開いた。
「部長……すみません。同期とはいえ、課長に“あんなこと”を……」
すると堂角は、意外そうに笑った。
「いやいや……驚いたよ」
「え?」
「積村が、あそこまで怒りを露にするなんてな…」
堂角は、匠の顔を見る。
「まだ“熱い気持ち”が残っているじゃないか…」
「……あ、いやぁ……はははは……」
匠は苦笑いを浮かべる。
堂角は、表情を少し曇らせた。
「まあ、泉川に関しては……、積村に対してもそうだが、会社に対しても目に余ることがある…」
「目に余ること……?」
匠の脳裏に、先ほどの映像が蘇る。
金品の受け渡し。
他社との癒着。
そして、燃やされるサンプル。
(あれは…泉川の仕業…)
堂角が続ける。
「今は調査中だ。だが……いずれ、しかるべき処分が下されるだろう…」
「……そうですか」
チーン…
エレベーターが停止した。
ISURUGI社員が一礼する。
「到着いたしました。こちらへどうぞ」
匠と堂角は、静かな廊下を進んでいく。
やがて、大きな扉の前に立った。
コンコン…
「クリエイティブ・リンクスの堂角部長と積村様をお連れしました」
「…どうぞ」
ガチャ…
「…失礼します。」
二人が社長室へ入る。
そこには、先ほどの会議に参加していたホビー誌の編集長、電子機器メーカーの関係者たちが集まっていた。
そして中央に座る男。
ISURUGI代表取締役社長、石動獏。
「先ほどは、素晴らしいプレゼンをありがとうございました」
石動は穏やかな笑みを浮かべた。
「早速ですが……結論から申し上げましょう…」
一瞬の静寂。
「我が社は、」
石動は匠を真っ直ぐ見据える。
「積村さんの企画を採用することで、全員一致いたしました」
「……❗」
匠の目が見開かれる。
堂角も思わず声を上げた。
「本当ですか!」
「ええ」
二人は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「まあまあ、頭を上げてください」
石動は柔らかな口調で続けた。
「私は、積村さんがプレゼンで言った言葉が、とても印象に残りましてね」
「……?」
「『世界中を巻き込んだ、人と人を繋ぐ場所を創る』」
石動は一語一語、噛み締めるように言った。
「その言葉に……私は、この『ISURUGI』の未来を見た気がしたのです。」
社長室の空気が変わる。
「傘下の出版社だけではない。我がISURUGIそのものを、世界へ繋げる可能性があると…」
石動は立ち上がると、匠の前まで歩いてきた。
そして…、
「ぜひ、我々と一緒に、この企画を現実のものにしてください。」
差し出された手。
匠は一瞬だけ、その手を見つめ、強く握った。
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします!」
固い握手が交わされた。
その瞬間。
匠の胸の奥に、不思議な感覚が走る。
…世界を繋ぐ。
その言葉が、なぜか遠い記憶のように響いた。
(……創る)
(壊すためじゃない)
(誰かを傷つけるためでもない)
(人と人を繋ぐために…)
「それでですね、積村さん」
ホビー誌編集長が声を掛けた。
「一つ、お願いしたいことがありまして……」
「なんでしょうか?」
「この企画の立ち上げにあたり、本誌の“スーパーバイザー”をお願いできないでしょうか?」
「…えっ!俺がですか?」
匠は思わず堂角を見る。
編集長は興奮気味に続けた。
「もちろん、お仕事がお忙しいことは承知しています。しかし……」
「先ほどの模型制作を見て、確信したんです!」
「あの流れるような手際……」
編集長の目が輝く。
「まるで、伝説のプロモデラー“ジンクス”を彷彿とさせるものでした。」
「……!」
匠の胸が、一瞬だけ大きく跳ねる。
(ジンクス……)
自分自身の名。
しかし、この世界の『匠』のもう一つの姿で…“伝説のプロモデラー”。
「ぜひ、あなたの力を貸していただきたい」
堂角が苦笑する。
「他の仕事は……まあ、私がなんとか調整しましょう…」
匠は少し考えた。
そして…、
「……分かりました」
顔を上げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ありがとうございます!」
石動も満足そうに頷いた。
「それでは、“決まり”ですな…!」
その言葉と共に。
一つの企画が、正式に動き始めた。
[-WORLD ROBOT LINK PROJECT-]
それは、やがて世界を巻き込む巨大な“創造”へと成長していくことになる。
―ISURUGI本社・控室―
ガチャ…
匠と堂角が戻ってくる。
「ど、どうでしたか?」
雪乃が駆け寄ってきた。
堂角は胸を張る。
「ああ…」
そして、
「うちの企画に決まった」
「……❗」
次の瞬間。
「やったぁぁぁ!」
雪乃の顔が一気に明るくなる。
「やりましたね、積村さん!」
「はは……ありがとう」
匠は笑った。
「これも部長と雪乃のお陰だよ」
「ふふ……」
しかし…
堂角が周囲を見渡した。
「……ん?」
「泉川はどうした?」
雪乃の表情が少し曇る。
「なんか連絡があったみたいで……慌てた様子で出ていったきり、戻ってこないんです。」
「……そうか。」
堂角の表情から笑みが消えた。
―ビルの間・裏手の敷地―
人目につかない場所。
泉川はスマートフォンを握り締め、誰かと激しく言い争っていた。
「ふざけるなよ!」
「バレたから手を切るって!?」
「こっちだって危ない橋を渡ってきたんだぞ!!」
拳を壁に叩きつける。
「どれだけお前らに“甘い汁”を吸わせてやってきたと思ってるんだ!!」
電話の向こうから何かを言われる。
「俺がどうにかなったら……一蓮托生だぞ!」
「お前らだって無事じゃ済まねぇんだからな!」
しかし…、
「……は?」
電話が切れた。
「おい……?」
「おいっ!」
返事はない。
「ふざけやがって……!」
泉川はスマートフォンを握り締めた。
「……くっそぉ……!」
そして、足早にその場を立ち去っていった。
―会社近くの小料理屋―
その夜。
堂角が長年通っている小料理屋の個室で、三人はプレゼン成功の祝杯を上げていた。
「皆、今日は本当にお疲れ様!」
堂角がグラスを掲げる。
「今日は私のおごりだ! じゃんじゃん飲んでくれ!」
「乾杯!」
「かんぱぁい♡」
グラスが重なる。
カチン…、
「うまい!」
堂角が豪快に笑う。
「二人とも、よく頑張ってくれた」
そして匠を見る。
「積村も、本当によくやった!」
「ありがとうございます!」
その時だった。
ピリリリィ……
ピリリリィ……
堂角のスマートフォンが鳴る。
「……?」
画面を見る。
「社長からだ」
堂角は席を立つ。
「すまん。二人は気にせずやっていてくれ…」
そう言って部屋を出ていった。
雪乃が嬉しそうに笑う。
「ホント……プレゼンが上手くいって良かったですね」
「ああ」
匠もグラスを傾ける。
「それもこれも、雪乃が一生懸命、俺について来てくれたお陰だよ」
「でも……」
雪乃が表情が少しだけ曇る。
「また、邪魔が入りましたね……?」
「……また?」
「だって、積村さんのプレゼンって、何かしらアクシデントがあったじゃないですかぁ」
「そ、そうだったっけ?」
(泉川の野郎の仕業でな……)
雪乃は少し酔いながら続ける。
「去年の企画だって、積村さんの企画だったのに……課長に横取りされて」
「昇進を逃して……代わりに泉川さんが課長になったんですよ?」
「……」
「それなのに積村さんは……自分のことみたいに泉川さんの昇進を喜んで……」
匠は目を伏せた。
(……ったく)
(どこまで人が良いんだよ……匠は…)
雪乃がぽつりと言う。
「私は……泉川さんより、積村さんに昇進して欲しかったです。」
「……雪乃」
匠は彼女を見る。
頬が赤い。
(少し……酔ってきたか…)
「雪乃は……なんで、そこまで俺のことを?」
「……」
雪乃は、少しだけ俯いた。
そして…、
「前にも言いましたよね?」
顔を上げる。
「積村さんは、私にとって……“ヒーロー”なんです!」
「ヒーロー……?」
「はい」
雪乃の瞳が、どこか遠くを見る。
「積村さんは覚えていないかもしれませんけど……」
「会社の近くにある、あの大きな木」
「……!」
匠の表情が変わる。
「あの公園で……私たち、子供の頃に会っていたんです」
「……そうなのか!?」
雪乃は頷いた。
「私には……二つ上の姉がいました」
「姉は、赤い風船が大好きだったんです…」
「でも、生まれた時から身体が弱くて……あの公園の近くにある大学病院に、ずっと入院していました。」
匠は黙って聞いている。
「私は、お小遣いを貯めて……姉に赤い風船を買いました。」
「病院へ持っていこうとして……でも途中で転んじゃって……」
「手を離した風船は……あの木に引っ掛かってしまったんです…」
雪乃の声が震える。
「どうしよう……って泣いていたら…」
「一人の男の子が、木に登ってくれて……」
匠の瞳が揺れる。
「赤い風船を……取ってくれたんです。」
「でも……」
雪乃は涙を浮かべながら続けた。
「その男の子……足を滑らせて、木から落ちちゃって」
「酷い怪我をしたのに……」
「それでも……」
雪乃の頬を、一筋の涙が伝う。
「その子は笑って……私に風船を渡してくれたんです。」
その瞬間…、
匠の脳裏に、あの映像が走った。
巨大な木。
落下する少年。
赤い風船を持った少女。
そして…、
(そうか……!)
(あの大樹に触れた時に見えた、落ちていく匠……!)
(雪乃を抱き止めた時に見えた、赤い風船の女の子……!)
すべてが、繋がった。
雪乃は涙を拭う。
「それから……お礼が言えないまま、何年も経って……」
「人伝てに、その人の名前を知ったんです」
「――積村匠」
「……」
「そして……今、この会社にいることを知って……」
「それで……ここに?」
雪乃は小さく頷く。
「はい」
「これで……やっと……」
雪乃は、まっすぐ匠を見る。
「お礼が言えます…」
「……」
「積村さん」
深々と頭を下げる。
「あの時は……ありがとうございました。」
「天国の姉も……きっと喜んでくれていると思います」
匠は静かに尋ねた。
「天国…?それじゃぁ…お姉さんは?」
雪乃は少しだけ微笑んだ。
「ええ……」
「その一年後に……亡くなりました」
「……そうだったのか」
静かな沈黙。
そして雪乃は、もう一度、匠を見る。
「……そ、それと…」
「“匠”さん……」
「……!」
その呼び方に、匠の心臓が跳ねた。
(た……匠さん!?)
雪乃の顔が真っ赤になる。
「私……匠さんのことが…、」
ガラガラッ!!
突然、個室の扉が開いた。
「おお!二人とも…、」
堂角だった。
「……ん?」
堂角は真っ赤な顔の雪乃を見る。
「仙道?」
「どうした? 飲みすぎたか?」
「……っ!」
雪乃は慌てて顔を伏せた。
匠は何事もなかったように装う。
「ぶ、部長。どうかしましたか?」
「ああ、そうだった」
堂角の表情が少し真剣になる。
「これから社長と会うことになった」
「……今からですか!?」
「そうだ」
堂角は立ち上がる。
「すまんが、女将には言ってある。明日は休みだが……あまり飲み過ぎるなよ」
「お疲れ様。」
「お疲れ様でした。ご馳走さまでした」
堂角は部屋を出ていった。
匠は閉じた扉を見る。
(……泉川の件か?)
そして雪乃を見る。
「……そ、それじゃあ、俺たちも……これ飲んだら帰るか?」
「……………はい…」
雪乃は、小さく頷いた。
――後日。
クリエイティブ・リンクス本社の社内掲示板の前に、大勢の社員が集まっていた。
ざわ……
ざわざわ……
その中心に、一枚の紙が貼られている。
【新開発事業部】
【課長・泉川 是清】
【懲戒解雇】
誰もが、その文字を見つめていた。
しかし…、
泉川が何をしたのか?
それを知る者は、まだ少なかった。
―モディアス王国・王都―
ジャクラムとの戦いから、数日。
破壊された街には少しずつ活気が戻り始めていた。
人々の笑顔。
復興する街並み。
そして…、
王都は、祝勝祭で賑わっていた。
「創造主様ぁーっ!」
「王国を救ってくださって、ありがとうございます!」
「英雄万歳!」
大歓声が王都を包む。
その一方。
王宮の一室では…、
「……」
正装に身を包んだ匠が、鏡の前で固まっていた。
「……何を話せばいいんだ?」
そこへ…
ココルがニヤニヤしながら近づいてくる。
「おうおう!」
「『馬子にも衣装』とは、こういうことを言うんじゃのぉ?」
「……からかうなよ、ココル」
「なぁに!」
ココルは豪快に笑った。
「お前さんは、この王国を救った立役者なんじゃ!」
「皆の前で堂々と、自分の“想い”をぶつけてやれ!」
「……想い……か」
匠は窓の外を見る。
そこには、復興へ向かう王都の姿があった。
ジャクラムとの戦い。
失われた命。
守れなかったもの。
そして、
これから守らなければならない未来。
匠は静かに拳を握った。
「……そうだな」
その時、
ガチャ…
扉が開いた。
「匠君、準備は出来たかね?」
ジャワディだった。
「は、はい!」
「では……参ろう」
匠。
ココル。
ジャワディ。
三人は、王宮の大広間を抜け――。
王都の民が待つ壇上へと向かっていく。
扉が開く。
…ワァァァァァァァッ!!
地鳴りのような歓声。
無数の人々。
その先頭に立つ匠。
彼は、ゆっくりと民衆を見渡した。
そして、
一歩、前へ出る。
「……」
何を語るべきなのか。
英雄としてではない。
創造主としてでもない。
一人の人間として。
その言葉を探す。
一方、
遠く離れた異世界。
現代日本では、
匠の手元に生まれた新たな企画。
《WORLD ROBOT LINK PROJECT》
が、静かに動き始めていた。
人と人を繋ぐ“創造”。
そして、
モディアスで、これから語られる“未来”。
二つの世界で、
二人のクリエイターが、それぞれの道を歩み始める。
しかし、
その二つの世界は…
少しずつ…
確実に、
一本の線へと近づき始めていた。
そして、まだ誰も知らない。
あの巨大樹の根元で瞬いた光が、
すべての“世界”を繋ぐ鍵になろうとしていることを…
…匠は、民衆を見つめる。
そして、口を開いた。
「俺は…」
その言葉が、王都に響き渡る。
匠が語る、“創造する者”としての言葉とは?
現代日本では、匠達が手掛ける企画《WORLD ROBOT LINK PROJECT》の行く末は?
二人のクリエイターの命運は…、
新たな世界へと動き始める。
―つづく-




