第97話 交錯する二つの世界 ―届かなかった声と、未来を視た者―
第97話 交錯する二つの世界
―届かなかった声と、未来を視た者―
ジャクラムとの戦いが終わってから、
数日が過ぎようとしていた。
モディアス王国には、
少しずつ日常が戻り始めている。
―モディアス王国・王宮 匠の部屋―
静かな部屋。
机の上には、
一機の小さなネンドールが置かれている。
カイザー・リンクス。
その胸部に、
カイザーのマナストーンが収められていた。
そして、
その隣には、
修理と整備を終えたメテオール・リンクスが、
静かに佇んでいる。
匠は椅子に腰掛け、
カイザー・リンクスを見つめていた。
匠
「カイザー……」
「お疲れ様」
カイザー
『ああ……』
『熾烈を極めた戦いだった…』
匠
「なんか……」
「こうして向かい合って、カイザーと話してると……」
「ちょっと変な感じがするなぁ…」
匠は苦笑しながら、
こめかみを人差し指で掻いた。
カイザー
『そうか?』
匠
「今じゃ……普通に会話してるんだからな…あはは…」
カイザー
『……私も、そう思う』
少しの沈黙。
そしてカイザーは、
静かに語り始めた。
カイザー
『アイザックとの修行…』
『ジゼルとの出会い…』
『そして、ユグドラシルとの対話』
『それらを経て、匠の体内に眠っていたジゼルの遺伝子が目覚めた…』
『私自身も、匠とこうしてスムーズに意思疎通できるようになったのは、その影響だろう』
匠
「…………」
匠は、
カイザーの言葉を聞いていた。
だが…、
その意識は、
別の場所へ向かっていた。
ジャクラムとの戦い。
聖杯。
黒い意識。
そして…
あの妖艶な声…
匠
「…………」
カイザー
『匠?』
匠
「……ご、ごめん」
「ちょっと考え事してた」
カイザー
『あの“声”の主のことが気になるのか?』
匠
「……ああ」
匠の表情が、
真剣なものへ変わる。
匠
「ジャクラムとの戦いは……終わった」
「でも…」
「その裏に潜んでいる存在が、まだいることが分かった」
「カイザーは、ジンクスに創られたんだろ?」
「何か知らないのか?」
カイザー
『……私がジンクスによって創られた頃』
『私は、まだ目覚めていなかった』
『創造された直後、私はジンクスの父…ジョーンズの手に渡った』
『そこから先の記憶がない』
『私が気づいた時には……』
『すでに、匠の世界にいた』
匠
「…………」
匠は、
静かに頷いた。
匠
「そして俺がカイザーを組み上げた瞬間……」
「俺とジンクスは入れ替わるように、この世界へ飛ばされた」
カイザー
『……そうだ』
匠
「なのに……」
「そのジンクスと、今も連絡が取れない」
カイザー
『私も、何度かヴレイヴァーへ意識を飛ばしてみた…』
『だが……』
カイザーの声が、
僅かに低くなる。
カイザー
『黒い靄のようなものに阻まれてしまう』
匠
「……黒い靄」
その言葉に、
匠の脳裏へ一つの光景が蘇る。
―ユグドラシルとの対話-
(回想)
ジンクス
『匠!』
『全部背負うとするな!』
『俺が半分持ってやる!』
--
匠
「……!」
匠は目を見開いた。
匠
「もしかして……」
「ユグドラシルの中にあった“黒い意識”だけが……」
「ジンクスと一緒に、あっちの世界へ行ったんじゃ……」
カイザー
『……可能性はある』
その瞬間…
コン……
コン……
扉を叩く音。
匠
「は、はい!」
???
「……匠」
「まだ起きてる?」
匠
「……アンジュ?」
ガチャ……
扉が開く。
アンジュが、
静かに部屋へ入ってきた。
アンジュ
「入るわよ」
匠
「……ああ」
アンジュは部屋を見回す。
アンジュ
「へぇ~」
「意外と綺麗に片付けてあるじゃない」
匠
「“意外”とは何だよ!」
アンジュ
「だって、ジンクスがいた頃なんて……」
「物が溢れかえって、酷い有様だったからね…」
匠
「整理するのが大変だったよ…ははは…」
アンジュ
「ふふっ…」
その笑顔を見て…、
匠は、
ふと、脳裏を過った。
左目の違和感…、
そして…、
アンジュの姿が、
一瞬だけ浮かんだ。
その表情は、
どこか寂しそうで
どこか遠くへ行ってしまいそうな…。
匠
「……ッ」
アンジュ
「な、何よ……?」
匠
「いや……」
匠は、
アンジュの顔を見つめる。
だが、そこにいるのは…、
いつもと同じ…
いつもと変わらないアンジュだった。
匠
「アンジュ…あ……あのさ……」
コン……
コン……
再び、
扉を叩く音。
匠
「……?」
???
「……匠様」
匠
「お、王女!?」
「ど、どうぞ!」
ガチャ……
ジュリアが部屋へ入ってきた。
ジュリア
「……?」
そして、
アンジュを見る。
ジュリア
「あら……アンジュ」
「……お邪魔だったかしら?」
その表情が、
ほんの少し曇る。
アンジュ
「…………」
匠
「い、いや!」
「ち、違いま…」
しかし…
アンジュが、
匠の言葉に被せるように言った。
アンジュ
「そんなんじゃないわ!」
「この王国を救ってくれた“功労者”様に、挨拶に来ただけ…」
いつもの、
少し皮肉の混じった口調。
だが、
匠には分かった。
その言葉の奥に、
何か別の感情が隠れている。
ジュリア
「そうですか……」
ジュリアは少し微笑んだ。
そして匠へ向き直る。
ジュリア
「実は、そのことでお願いがあるのです…」
匠
「俺にですか?」
ジュリア
「はい」
「明後日、王国では今回の戦いの終結を祝う祝賀祭が開かれます」
「その壇上で…」
「この戦いに貢献してくださった匠様から、国民の皆さんへ一言、お話をしていただきたいのです」
匠
「えぇっ!?」
「いやいやいや!」
「お話だなんて無理ですよ!」
「今回勝てたのは、俺だけじゃなくて……」
「王国のみんなが力を貸してくれたからで…」
「俺なんかが壇上に立って話すことじゃないですって!」
アンジュ
「いいんじゃない?」
匠
「え?」
アンジュは、
少しだけ笑った。
アンジュ
「この王国を救った“創造主”様なんだから」
「バシッと皆の前で、キメちゃいなさいよ!」
匠
「アンジュ……」
アンジュ
「……それじゃね」
ガチャ……
アンジュは、
振り返ることなく部屋を出ていった。
扉が閉じる。
匠
「…………」
匠
(アンジュ……)
(何か……俺に伝えたかったのかな……)
―モディアス王国・地下牢―
王国の地下深く。
蝋燭の灯火だけが、
岩壁をぼんやりと照らしている。
カツ……
カツ……
カツ……
暗闇の中を、
一人の男が歩いていた。
その手には、
粗末な食事が乗ったトレー。
やがて男は、
一つの牢獄の前で足を止める。
ルイス
「……食事を持ってきた」
牢の中。
両足に枷をはめられた男が、
ゆっくりとルイスの方へ顔を向ける。
ギギ
「……へっ」
両手を頭の後ろへ回し、ふんぞり返って横になっていた。
ルイス
「私の王国を滅ぼしたのは、お前ではない…」
「だが、お前達が多くの人々を恐怖に陥れたことは事実だ」
「私は……お前を許すことはできない…」
ギギ
「…………」
ギギは、
上体をゆっくり起こし、しばらくルイスを見つめる。
そして、
乾いた笑いを漏らした。
ギギ
「どうせ……」
「生きていたって、俺は一人だ」
「この世界に、俺の居場所なんてねぇよ…」
「煮るなり焼くなり、好きにしろ…」
ルイス
「……死ぬことさえ、お前には許されない」
ギギ
「…………」
ルイス
「それに…」
「匠がお前と話したいと言っている」
「ジャカランダ軍について……」
「知っていることを、すべて話してもらうぞ…」
ギギ
「…………」
その言葉に、
ギギの表情から笑みが消えた。
そして、
その瞳の奥に、
僅かな恐怖が浮かんだ。
―時間は、少し遡る…
ユグドラシルとの対話直後-
―現代日本・オフィス街近くの公園―
巨大な大樹を中心に広がる、
広大な公園。
その木陰のベンチに、
一人の男が座っていた。
匠…
いや、
この世界での彼は、
匠の“姿”をしたジンクス・ハーティス。
匠
「…………」
その手には、
小さなロボットの模型が握られていた。
匠
「くそっ……!」
「こっちから何度か意識を飛ばしても、うんともすんとも言わねぇ……」
「やっぱり……こっちに“持ってきちまった”せいなのか?」
匠は、
模型をじっと見つめる。
匠
「……後で“親父”に見せに行くか」
その時、
???
「あーっ!」
「やっぱり、ここにいたんですね!」
匠
「……?」
振り返る。
そこにいたのは、
会社の後輩、
仙道雪乃だった。
雪乃
「部長がお呼びですよ」
「明日のプレゼンの打ち合わせをしたいそうです」
ジンクス
「おっ、そうか!」
「分かった、すぐ行くよ。」
雪乃
「先に行ってますね。」
匠
「…おうっ!」
雪乃が先に歩き出す。
その時、
リーン……
リーン……
どこからともなく、
鈴のような音が響いた。
匠
「……?」
そして…、
ズキンッ!!
匠
「痛っ……!」
手にしていたヴレイヴァーが、
突然、激しく脈動した。
匠
「な、何だ……!?」
その瞬間、
ジンクスの脳裏に、
見たことのない光景が流れ込んできた。
…蒼く輝くネンドール。
…その機体に乗る、匠。
そして…
向かい合う一機のネンドール。
そこには、
アンジュらしき姿があった。
二機が、
激しくぶつかり合う。
ドォォォォン!!
次の瞬間…!
画面が切り替わる。
ここの公園の大樹が、
眩い光を放ち始める。
匠
「…………!?」
大樹の上空に、
巨大な魔法陣が浮かび上がる。
それは、
空を覆い尽くすほど巨大だった。
そして、
再び、
画面が切り替わる。
炎…
煙…
逃げ惑う人々…
崩壊する街…
この世界の街が…
いま匠がいる、この世界が、
無数のネンドールによって、
襲撃されている光景。
匠
「……何なんだよ……」
「これ……」
映像は、
そこで途切れた。
匠は、
その場から動けなかった。
雪乃
「……?」
「どうしたんですか、積村さん?」
だが、
匠には、
雪乃の声さえ届いていなかった。
手の中のヴレイヴァーを、
強く握りしめる。
匠
「…………」
そして、
小さく呟いた。
匠
「……これから……」
「何が起こるっていうんだ……?」
大樹は、
何事もなかったかのように静かに佇んでいる。
しかし、
その根元の奥深く。
誰にも見えない場所で、
ほんの僅かに、
小さな光が瞬いた。
―つづく―




