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第96話 戦いのあと… ―背中に咲いた紫の花―

第96話 戦いのあと…

―背中に咲いた紫の花―


長きにわたるジャカランダ軍との戦いすは、


匠たちと、モディアス王国の人々。


そして、


皆の未来を願う“想い”の力によって、幕を閉じた。


三百年にわたり、ジャクラムを蝕み続けた憎悪。


その象徴であった黒龍ディアヴロは消滅し、


聖杯は、匠の手によって取り戻された。


そして、


戦場には、まだ激しい戦いの爪痕が残っている。


壊れたネンドール。


崩れた建物。


大地に刻まれた無数の傷跡。


それでも、


そこに生きている人々の顔には、


確かな安堵があった。


そう…、“未来”は、まだ終わっていない。


そして、


新しい時間が、


静かに動き始めていた。


―モディアス王国・王宮 医療室―


ピィー……。


ピィー……。


ピィー……。


静かな医療室に、


規則正しい電子音が響いている。


医療ポッドの内部には、


ジュリアが横たわっていた。


その周囲を、


医師。


ジャワディ。


イリア。


そしてユグが見守っている。


ユグ


(ダイジョウブ……ダイジョウブ……)


医師はモニターに表示された検査結果を確認し、


ゆっくりと頷いた。


医師


「……モニターで確認する限り、王女の身体に異常は見当たりません」


ジャワディ


「本当か?」


医師


「はい」


「聖杯を取り除かれたことによって、王女の身体は正常な状態へ戻っています」


「現在の身体状態は、健康な成人女性とほぼ変わりありません」


ジャワディ


「そうかぁ……」


その言葉を聞いた瞬間、


ジャワディの肩から力が抜けた。


イリア


「良かったね……ジュリア」


ユグ


(ヨカッタ……ヨカッタ……)


ジュリア


「はい……」


そして、


プシュー……


医療ポッドの扉が開いた。


ジュリアはゆっくりと身体を起こし、


自分の手を握ったり、開いたりする。


ジュリア

「……なんだか……不思議です」


イリア

「ん?」


ジュリア

「身体が、とても軽くなった気がします」


「まるで……今まで身体の中にあった何かが、全部なくなったような……」


ジャワディ

「……聖杯がなくなった影響だろう」


「しかし、まだ油断は禁物だぞ」


「しばらくは身体を休めるといい」


ジュリア

「……はい」


ジュリアは、


小さく微笑んだ。


その笑顔には、


長きにわたって自分を縛り続けていた聖杯から解放された、


穏やかな表情が浮かんでいた。


その時、


ジャワディの視線が、


医療室の片隅へ向けられる。


そこには、一台のベッド。


そして、


胸にコルセットを巻き、


横たわっている老人の姿があった。


ノブロコフ

「うぉぉぉ……」


「痛たたたた……」


イリア

「……ノブロコフさん」


ノブロコフ

「わしは……一体……何をされたんじゃ……?」


「何が起こったのか、さっぱり覚えておらんぞ……」


ジャワディ

「…………」


ジャワディは、


そっと視線を逸らした。


ジャワディ

(じいさん……本当に、すまん……)


ノブロコフ

「ジャワディ……?」


「なんじゃ、神妙な顔をしおって……」


ジャワディ

「……い、いや……なんでもない……」


ジュリアとイリアは、


互いの顔を見合わせる。


そして、


プッ……


二人の肩が震えた。


イリア

「……ふふっ」


ジュリア

「……ふふふっ」


そして、


「「あははははっ!」」


ついに二人は、


堪えきれずに笑い出した。


ジャワディ


「ジュ、ジュリアとイリア王女まで……!」


ノブロコフ

「ほえ……?」


何が面白いのか分からないノブロコフは、


目を丸くする。


その様子を見て、


医師まで小さく笑った。


医療室に、


久しぶりの笑い声が響いた。


戦争が終わった。


―モディアス王国・整備ドック―


ゴォォォォォ……。


巨大な整備ドックでは、


戦闘で傷ついたネンドールたちの修理作業が続いていた。


メテオール・リンクス。


シルヴィ・アンジュ。


エンプレス。


ヴァルテリオン。


量産機。


そして、


激戦を終えた巨大戦艦アーク・エクリプス。


装甲の損傷。


内部フレームの歪み。


マナ回路の異常。


どの機体にも、


今回の戦いの激しさを物語る傷跡が残されていた。


その中で、


ココルはモニターを操作しながら、


深いため息を吐く。


ココル

「しかし……」


「厳しくもあり、激しい戦いじゃったのぉ……」


匠

「そうだな……」


匠は、


メテオール・リンクスを持ち、修理をしていた。


匠

「この戦いは……王国の全員のお陰でもある」


「俺一人じゃ、ジャクラムには勝てなかったよ……」


ココル

「……そうじゃな」


ココルは静かに頷く。


そして、


匠へ視線を向けた。


ココル

「じゃが……」


「皆のお陰というだけではない」


匠

「…………」


ココル

「お前さん自身が、三百年にわたる憎悪と真正面から向き合ったからこその勝利じゃ」


「敵を倒すだけなら、もっと簡単な方法もあったかもしれん」


「じゃが、お前さんは……」


「ジャクラムの中にあった“想い”まで見ようとした」


匠

「ココル……」


ココル

「だからこそ、あの憎悪を終わらせることができたんじゃと思う」


そして、ココルの表情が少し曇る。


ココル

「まぁ……とはいえ」


「ジャクラムの憎悪に侵食されかかったんじゃ」


「後で、きちんと身体の検査を受けたほうが良いぞ」


匠

「ああ……そうだな」


匠は自分の左手を見つめる。


聖杯に触れた感触。


身体へ流れ込んできた黒い意識。


その中に居た妖艶な声の主。


確かにジャクラムとの戦いは、終わった。


だか、匠は、まだ安心は、出来なかった。


いまは、心の奥に押し込めていた。


匠

「……ジンクスだったら」


「こんなに手こずらなかっただろうなぁ……」


その瞬間、


ピタッ。


ココルの手が止まった。


ココル

「……いや」


匠

「え?」


ココル

「わしは、そうは思わん」


匠

「…………」


ココル

「さっきも言うたように、」


「匠じゃからこそ、勝てたんじゃ」


ココルは、


まっすぐ匠を見つめる。


ココル

「ジンクスは確かに天才じゃった」


「じゃが、今回の敵に必要だったのは、力だけではない」


「敵の力だけを見るんじゃなく……」


「敵の中にあった“想い”と、真正面から向き合うこと」


「それが……今回の勝利に繋がったんじゃと思う」


匠

「そうか…」


匠は、


静かに笑った。


だが、


ココル

「……ん?」


突然、


ココルが首を傾げた。


ココル

「……ちょい待て!」


匠

「……?」


ココル

「お前さん……」


「何故、ジンクスのことを知っておる?」


匠

「……ッ!」


一瞬、


匠の表情が固まった。


ココル

「わしは、“ジンクス”のことを詳しく話した覚えはないぞ?」


匠

「え……」


「あ……いや……」


匠は慌てて視線を逸らす。


匠

「ほ、ほらっ!」


「皆から……“ジンクス”のことを聞いていたから」


「そうなんじゃないかなぁ……って……」


「あはは……」


ココル


「…………」


じぃぃぃ……。


ココルは、


何も言わずに匠を見つめ続ける。


匠

「…………」


ココル

「…………」


ゴォォォォ……。


整備ドックの機械音だけが、


二人の間を通り過ぎていく。


やがて、


ココル

「……まあ、いい」


匠

「……え?」


ココル

「今は、そういうことにしておいてやる」


匠

「…………」


ココルは、


再びモニターへ向き直った。


その口元には、


ほんの僅かな笑み。


ココル

(……匠)


(お前さん……まだ、何か隠しておるな?)


―モディアス王国・王宮 アンジュの部屋―


シャァァァァ……。


浴室に、


シャワーの音が響いている。


アンジュは、


壮絶な戦いの疲れを洗い流すように、


静かにシャワーを浴びていた。


アンジュ

(……ジャクラムとの戦いは……終わった)


目を閉じる。


三百年の憎悪。


黒龍。


聖杯。


そして――


匠。


アンジュ

(……匠……)


(無事に帰ってきてくれて……本当に良かった…けど…もう…)


その表情が、


少しだけ曇る。


その瞬間、


アンジュの背中に、


異変が起きた。


スゥゥゥ……。


紫色の光が、


肌の奥から滲み出る。


アンジュ


「……ん?」


アンジュは、


何かを感じ取ったように振り返る。


だが、


自分の背中を見ることはできない。


紫色の光は、


ゆっくりと形を成していく。


一枚。


二枚。


三枚。


四枚。


五枚。



六枚の花弁を持つ、


美しい紫色の花。


それはまるで、


マグノリア。


紫色の木蓮の花のようだった。


アンジュ

「…………」


花は、


アンジュの背中で静かに揺らめいている。


そして、


カァーッ!!


一瞬、


眩い紫色の光が浴室を満たした。


その花の中心を、


ほんの僅かに、


黒い線が走る。


アンジュ


「えっ…何…?」


その瞬間、


ズキンッ!!


頭の奥に、


鋭い痛みが走った。


アンジュ

「……ッ!!」


脳裏に、


見たことのない光景が流れ込んでくる。


紫色の花。


漆黒の空間。


そして、


誰かの声。


???

『…………約束は、ちゃぁんと守るのよ♡』


アンジュ

「……ッ!?」


アンジュは、


反射的に後ろを振り返る。


だが、


そこには誰もいない。


シャァァァァ……。


聞こえるのは、


シャワーの音だけ。


紫色の花も、


いつの間にか消えていた。


アンジュ

「…………」


震える手で、


自分の背中へ触れる。


何もない。


傷もない。


ただ、


そこには、


微かな熱だけが残っていた。


アンジュ

(約束……)


アンジュは、


自分の手を見つめる。


その手は、


ほんの少し震えていた。


そして、


同じ頃。


整備ドック。


匠は突然、


左目に違和感を覚えた。


匠


「……ッ!」


反射的に、


左目を押さえる。


カッ――


一瞬だけ、


蒼い光の中に、


紫色の光が混じった。


匠

「…………」


だが、


その光はすぐに消える。


匠

(……今のは……?)


そして、


誰にも聞こえないほど小さな声で――


匠

「……アンジュ?」


二人はまだ知らない。


ジャクラムとの戦いで終わったのは、


三百年にわたる憎悪だけだった。


その裏側で、


別の“何か”が、


静かに目を覚まし始めていることを。


そして、


モディアス王国の空に架かった虹の向こう側。


誰もいないはずの場所で、


一輪の紫色の花が、


静かに咲いていた。


その花弁の中心には、


ほんの僅かに、


黒い影が宿っている。


――――。


まるで、


次の物語が始まることを知っているかのように。


―つづく―

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