第82話 仲間との約束 ―蒼き流星と赤黒き神魔―
第82話
仲間との約束
―蒼き流星と赤黒き神魔―
―モディアス王国・戦闘区域―
闇夜を覆い尽くす黒雲。
赤黒い瘴気が渦巻く空の彼方から、
一筋の蒼い光が戦場へ向かって降下していた。
ヒュゥゥゥゥゥ――――ッ!!
まるで、
夜空を駆け抜ける流星。
蒼い尾を引きながら、その機体は急速に地上へ迫る。
着地寸前…、
機体が僅かに姿勢を制御した。
ドォォォンッ!!
大地が震え、土煙が舞い上がる。
その煙の向こうから、蒼白い光を纏った機体がゆっくりと姿を現した。
細身でありながら、全身には極限まで高められた機動性能。
煌びやかな蒼い装甲。
そして胸部には、マナストーンとD.L.S.の力を示す光が脈動している。
超高機動特化型ネンドール
《メテオール・リンクス》。
その機体が、傷つき膝をついていたシルヴィの前に静かに降り立った。
「アンジュ……」
通信回線を通して聞こえた声。
その声を聞いた瞬間…
アンジュの瞳から涙が溢れた。
「…………」
言葉が出ない。
「アンジュ……?」
もう一度、呼び掛ける。
その瞬間だった。
アンジュは、涙を拭っていつも通りの口調で怒鳴った。
「……ホントよッ!!」
戦場にアンジュの怒声が響き渡った。
「遅いッ!!」
「遅すぎるのよッ!!」
キィーーーーンッ!
アンジュの怒鳴り声が響き、
匠が僅かに肩を竦める。
「アンジュ……」
「生きてるなら……!」
声が震えていた。
「生きてるなら、生きてるって連絡しなさいよ……この……バカ……!」
最後の一言だけは、怒鳴り声ではなかった。
安堵。
心配。
そして…、
もう二度と会えないかもしれないと思っていた恐怖。
その全てが混ざった声だった。
呪印を刻まれていたこと。
自分が何者かに利用されていたこと。
仲間を救うため、その存在を一時的に受け入れたこと。
そして…、
いつか自分自身が、大切な仲間たちの敵になるかもしれないこと。
それら全てを胸の奥へ押し込んだ。
だが、
今、目の前には匠がいる。
生きている。
それだけで、張り詰めていた心が崩れそうだった。
「アンジュさん……」
ルイスが静かにシルヴィを見ていた。
匠は、ルイスの方へ視線を向けた。
「ルイスも……ごめん」
「いいえ」
ルイスは首を横に振った。
そして、空を見上げる。
「……“切り札”」
その瞳に映ったもの。
「完成させたんですね」
「……ああ」
匠も上空へ視線を向けた。
ゴォォォォォォォォォォン!!
凄まじい轟音が戦場を覆っていた。
雲海が押し退けられる。
そして、
夜空そのものを覆い尽くす巨大な影が姿を現した。
あまりにも巨大だった。
左右を見渡しても、その艦体の端が見えない。
まるで、
巨大な大地そのものが、空を航行しているかのようだった。
匠が静かに告げる。
「超巨大機動戦艦……」
「《アーク・エクリプス》」
ルイスは絶句した。
「アーク……エクリプス……」
「……巨大すぎて、全長が確認できない……」
その時だった。
『お兄ぃーーーッ!!』
戦艦から操舵を握るイリアの怒鳴り声が飛び込んできた。
『生きてるの!? もうッ!! また無茶ばっかしてぇ!!』
「イリ…ア……」
『心配させないでよッ!!』
その声を聞いたアイザックが、意識朦朧としながら僅かに笑う。
「は……はは……」
匠は、そんなアイザックを一瞥した。
そして通信を開く。
「イリア…」
『何!?』
「ドールキャリアを射出してくれ」
『了解ッ!!』
グォーンッ!!
アーク・エクリプスの艦底部が開いた。
巨大な搬入口から、一台の大型キャリアが姿を現す。
《ドールキャリア》
ネンドールを戦場へ搬送するための大型搬送機だ。
キャリアが三機の前へゆっくりと降下する。
匠はアンジュとルイスへ向き直った。
「アンジュ」
「………」
「ルイス」
「はい」
「アイザックさんと一緒にキャリアへ乗って、帰艦してくれ」
「……!」
アンジュの表情が険しくなる。
「……アンタ」
「…………」
「アンタ一人で戦うつもり⁉️」
「……ああ」
即答だった。
「む、無茶よッ!!」
アンジュが叫ぶ。
「相手は、アイザックですらあれだけ追い詰められたのよ!? それをアンタ一人で…?」
「大丈夫だよ…」
匠の声は静かだった。
「これ以上、みんなを巻き込みたくない」
「……!」
アンジュが息を呑む。
匠は、メテオール・リンクスの拳を見つめた。
「この機体は、皆の願いを…、“想い”を込めて創られた機体…」
「そして…、」
ゆっくりと前を見る。
「俺は、創造主。」
その言葉には、以前にはなかった重みがあった。
「この戦いを終わらせるための力を、皆の“想い”と一緒に詰め込んだ機体なんだ。」
「だから……」
匠はアンジュを見る。
「ここから先は、俺が背負う」
アンジュは、しばらく何も言えなかった。
やがて…、
「……はぁーっ」
大きな溜息を吐く。
「…っとにもう…分かったわよ」
そして匠を睨みつける。
「だけど、絶対に生きて帰って来てよ」
「……ああ」
「アンタには、聞きたいことも!」
「……」
「話したいことも、山ほどあるんだからッ!!」
匠は僅かに笑った。
「ああ…必ず帰る」
「絶対だからねッ!!」
「分かってる」
「……絶対よ」
「約束する」
ドールキャリアが三機を収容する。
ゆっくりと上昇を開始した。
その瞬間、
「……“食事”を横取りされては困るな」
ジャクラムの声が響き渡った。
バサァァァァァッ!!
エルゼイレ・ジャネスの六枚の翼が、大きく広がる。
シュンッ!!
シュシュシュシュシュシュッ!!
無数の羽が弾丸の如く放たれた。
「……ッ!!」
アンジュが振り返る。
だが、
ギュオォォォォォン!!
キャリアの前方へ巨大な魔法
障壁が展開された。
ガガガガガガガガガッ!!
無数の羽が障壁へ激突する。
しかし、
一枚たりとも、キャリアには届かない。
ジャクラムが目を細める。
「……ほう」
「“魔法障壁”を使えるネンドールか……」
匠は、背後の仲間たちを見た。
「アンジュ」
「……何よ」
「アイザックさんを頼む」
アンジュは唇を噛み締めた。
「……分かった」
ルイスが叫ぶ。
「匠!」
「……?」
「必ず帰って来てください!!」
匠は僅かに笑った。
「…ああ」
そして拳を前へ突き出す。
ルイスも拳を突き出した。
「……必ず!!」
…ガシン。
メテオールとヴァルテリオンの拳が重なる。
それは、
仲間との約束だった。
ドールキャリアがアーク・エクリプスへ収容される。
巨大なハッチが閉じていく。
最後の瞬間まで、アンジュは匠を見つめていた。
「……絶対だから……ね……」
その声が届いたのか、
メテオール・リンクスは、僅かに手を上げた。
そして、
完全にハッチが閉じられた。
静寂。
戦場に残されたのは、
《メテオール・リンクス》。
そして、
《エルゼイレ・ジャネス》。
二機だけだった。
匠は通信を開く。
「ココル…」
『ほいなッ!!』
「バトル・スクエアを頼む」
『了解じゃッ!!』
「……?」
ジャクラムが眉をひそめる。
その直後、
アーク・エクリプスの船体が低く唸り始めた。
ゴォォォォォォォォォン……!!
艦底部から、青白い光が幾筋も走る。
ココルの声が響いた。
『スクエアスキャン、起動ッ!!』
ヴォォォォォォン!!
戦艦から無数の光線が地表へ放たれた。
一本。
十本。
百本。
無数の光線が大地を縦横に走り、
二機を中心とした戦域を完全にスキャンしていく。
『バトル・スクエア――固定ッ!!』
ガシィィィィィィィン!!
大地が轟音を上げた。
四方から巨大な光壁が一斉にせり上がる。
天へ向かって伸びていく。
瞬く間に、
メテオール・リンクスとエル
ゼイレを完全に包囲した。
巨大な決闘場。
ジャクラムが大鎌を振り上げる。
「ふんッ!!」
ギュワァァァァァッ!!
大鎌が地面を抉る。
しかし、
ガキィィィィィン!!
激突した瞬間、凄まじい火花が散っただけだった。
「……!」
ジャクラムの瞳が細くなる。
「この程度の檻で……我を閉じ込めたつもりか?」
匠は静かに答えた。
「檻じゃない」
「……何?」
メテオール・リンクスが一歩、前へ出る。
ドン……。
その一歩だけで、大地が震えた。
「これは…、」
蒼い双眸が輝く。
「決着をつけるための場所だ」
ジャクラムの口元が歪んだ。
「逃げ道を自ら捨てたということか」
「違う!」
匠の声が戦場に響く。
「逃げる必要がないんだ」
「…………」
「これ以上、王国を壊させない」
一歩。
「これ以上、誰も傷つけさせない」
さらに一歩。
「そして、」
匠は拳を強く握り締める。
「お前が抱えている“憎悪”を…」
メテオール・リンクスの全身から、蒼白い光が噴き上がる。
「ここで終わらせる!!」
ジャクラムの笑みが消えた。
「……若造がぁ」
低く、濁った声。
エルゼイレの六枚の翼が大きく開く。
ゴォォォォォォォォォッ!!
赤黒い瘴気が爆発的に膨れ上がった。
対するメテオール・リンクス。
全身から蒼い光が迸る。
闇夜を切り裂く蒼き流星。
憎悪と復讐を纏う――赤黒き神魔。
二つの光が、決闘場の中で真正面から対峙する。
ジャクラムが大鎌を構える。
「ならば…」
匠も構えた。
「来い……ジャクラム!!」
蒼い双眸が、真っ直ぐに敵を射抜く。
「その“憎悪”ごと――」
一瞬、
匠の脳裏に、仲間たちの姿が浮かんだ。
アンジュ。
ルイス。
アイザック。
イリア。
ココル。
ジュリア。
ジンクス。
ジゼル。
そして、
これまで出会い、共に戦ってきた者たち。
匠は静かに拳を握る。
「俺が、断ち切る!!」
ビシャァァァァッ!!
ゴロゴロゴロゴロォォォッ!!
雷鳴が轟いた。
大地が震える。
そして、
蒼き流星が駆け出した。
同時に、赤黒き神魔もまた飛翔する。
ドォォォォォォォォン!!
二つの巨影が真正面から激突した。
モディアス王国の命運。
長きにわたって積み重ねられてきた憎悪。
そして、
仲間たちとの約束。
その全てを懸けた最後の戦いが、
今、始まった。
―つづく―




