第79話 因果の罠 ―天才の一手と大王の賭け―
第79話 因果の罠
―天才の一手と大王の賭け―
―モディアス王国・上空-
暗雲が渦巻く。
雷鳴が轟く。
赤黒い瘴気が空を覆い、荒れ狂う風が戦場を容赦なく駆け抜けていた。
その天空を…。
翠。
紅。
蒼銀。
三つの閃光が縦横無尽に駆け巡っていた。
エンプレス。
シルヴィ。
ヴァルガレオン。
対するは、
二体の《エルゼイレ・ジャネス》
六枚の光翼を広げ、赤黒い瘴気を纏う二体の神魔は、
まるで一つの意思を共有しているかのように、三機の猛攻を紙一重で捌き続けていた。
ガギィィィィンッ!!
大鎌と龍節棍が激突する。
ギャリィィィン!!
双剣が大鎌の刃を弾く。
ドゴォォォン!!
黄金の爪が空を裂く。
しかし、
決定打には至らない。
「もうっ!!」
アンジュが叫ぶ。
「一体でもキツいっていうのに、もう一体増えて……!」
シルヴィが双剣を振り抜く。
「何か秘策あるんでしょ!?」
「アイザック!!」
「…………」
アイザックから返事はない。
いや、
返事をする余裕すらない。
エンプレスは二体のエルゼイレを相手に、龍節棍を振るい続けていた。
その後方では、ルイスのヴァルガレオンも必死に食らいついている。
ジャクラムが嗤う。
「ふふふ……どうした?」
「随分と圧されておるぞ……」
二体のエルゼイレが同時に踏み込んだ。
「お前たちの断末魔を聞きながら喰らう魂は…、」
「さぞ、美味であろうなぁ……!!」
「…ぬぅぅぅぅんッ!!」
アイザックの咆哮が轟いた。
その瞬間、
エンプレスの全身を包む翠色のオーラが、一気に膨張する。
龍節棍の節が…、
ガガガガガガッ!!
次々と伸びた。
まるで巨大な翠の龍が天空を這うように、
龍節棍が二体のエルゼイレへ絡みついていく。
「ぐっ……!?」
二体の大鎌までもが拘束された。
「今だっ!!」
アイザックが叫ぶ。
「ルイス君!!」
「はいッ!!」
「アンジュさん!!“レオン”に乗って!」
「えっ!?」
「早く!!」
「りょ、了解!!」
ヴァルガレオンが急上昇。
シルヴィがその背へ飛び乗る。
「アンジュさん!」
「エルゼイレに斬撃を!!」
「分かったわ!!」
シルヴィが双剣を交差させた。
蒼銀と紅の念導力が一点へ集束する。
「はぁぁぁぁぁーッ!!」
ヴォォォォォォォォンッ!!
巨大なエネルギー斬が形成さ
れた。
「いっけぇぇぇぇぇぇッ!!」
ズバァァァァァン!!
巨大な斬撃が二体のエルゼイレへ襲い掛かる。
「ふん!…させるか!!」
ジャクラムが吼えた。
二体のエルゼイレが全身から赤黒いオーラを爆発させる。
ドッゴォォォォォォン!!
巨大な斬撃と赤黒い瘴気が正面衝突した。
天空が白く染まる。
エンプレスとエルゼイレを包む爆煙。
そして、
「アイザックッ!!」
アンジュが叫ぶ。
爆煙が晴れていく…。
そこに立っていたのは、
龍節棍を構えたエンプレス。
そして、
拘束を振りほどいた二体のエルゼイレだった。
ジャクラムが笑う。
「これが“秘策”だったとはな……」
「もう精魂尽き果てたようだぞ?」
「はぁ……はぁ……」
アイザックが荒い息を吐く。
しかし、
その口元には笑みがあった。
「いやいや……」
「そう考えるのは、少し早計じゃないかな?」
「……何?」
シュバァァァァッ!!
真上からシルヴィが急降下する。
「そこぉぉぉぉッ!!」
双剣が一体のエルゼイレへ振り下ろされた。
「…ッ⁉️」
二体のエルゼイレが左右へ分かれる。
「アンジュさん!!」
ルイスが叫んだ。
「そのままそちらの一体を食い止めてください!!」
「任せて!!」
シルヴィが一体へ食らいつく。
双剣。
連撃。
斬撃。
凄まじい速度で攻防が繰り広げられる。
「さあ……」
アイザックも龍節棍を構える。
「こちらも行くとしよう……!」
エンプレスがもう一体へ突進した。
ガギィィィィン!!
龍節棍と大鎌が激突する。
アイザックの瞳が鋭く細くなる。
(……やはり)
(分裂したことで、明らかに一体あたりの出力が落ちている。)
(どれほど能力を喰らおうと、それは所詮“借り物”だ。)
(技の形は奪えても、その力を極限まで引き出す“本質”までは奪えない。)
「ルイス君!!」
「はい!!」
ヴァルガレオンが上空へ舞い上がる。
「今だ!!」
「ハァァァァァーッ!!」
ドォォォォォン!!
蒼銀の獅子が一直線に降下する。
「うおおおおおおッ!!」
黄金の爪が、
エルゼイレの胸部を抉った。
ズガァァァァァン!!
「ぐっ……!!」
赤黒い瘴気が爆ぜる。
ルイスは叫んだ。
「よしっ!!」
「アイザックさん!!」
「こっちが本体です!!」
アイザックが頷く。
「わかった……!」
その瞬間、
シルヴィと戦っていた、もう一体のエルゼイレが、消失した。
「……え?」
アンジュが目を見開く。
「消えた……?」
アイザックが叫ぶ。
「ルイス君!!」
「はい!!」
ヴァルガレオンが変形する。
装甲が展開。
巨大なレオンハンマーが形成される。
…ヴァルテリオン。
「砕くッ!!」
ヴァルテリオンが突進する。
「おっと……」
ガシィーーーンッ!!
その瞬間、
エンプレスが背後へ回り込み、
エルゼイレを羽交い締めにした。
「ここで大人しくしてもらうよ……!」
ジャクラムが嗤う。
「ほう……」
「だが、このままではお前もただでは済まんぞ?」
アイザックは笑った。
「……それは、どうかな?」
「ルイス君!!」
「分かっています!!」
ルイスがレオンハンマーを振り上げる。
「スキルキャンセル効果が残っている今――」
「“内側”を砕くッ!!」
「――うおおおおおおおッ!!」
その瞬間だった…。
遠方から…。
…キラリ
何かが光った。
「……?」
アンジュが振り返る。
「……あれは……!?」
一直線に飛来する赤黒い影。
「…大鎌っ⁉️」
エルゼイレの大鎌だった。
「アイザック!! 後ろッ!!」
「ルイス!! 止めてぇぇぇッ!!」
「…ッ!!」
ザシュゥゥゥゥゥッ!!
大鎌がエンプレスの背中へ深々と突き刺さった。
「……❗」
エンプレスの機体が揺れる。
「アイザックッ!!」
しかし、
「このままでいい!!」
アイザックが吼えた。
「構わない!!」
「ルイス君!!」
「…砕けぇぇぇぇぇッ!!」
「うおおおおおおおおおッ!!」
ヴァルテリオンが全身の力を一点へ集中させる。
「これで…終わりだぁぁぁぁッ!!」
ドッゴォォォォォォォォン!!
レオンハンマーが、エルゼイレの胸部へ叩き込まれた。
凄まじい衝撃。
大気が震える。
赤黒い瘴気が爆発する。
そして…、
エルゼイレの全身が、内側から爆ぜた。
ボッォォォォォォン!!
「アイザックーーッ!!」
爆煙が天空を覆い尽くす。
やがて、
「アンジュさん。」
ルイスの声が響いた。
「大丈夫です。」
「ほら……!」
アンジュがヴァルテリオンの指し示す方向を見る。
「……え?」
ザバァァァァッ!!
地中から…。
エンプレスが浮上した。
「……エンプレス!?」
アンジュが目を丸くする。
そして、
先ほどまでエルゼイレを羽交い締めにしていたエンプレスは…、
翠色の光となって、ゆっくりと消えていく。
その光は、本体へ吸い込まれていった。
「……まさか」
アイザックが荒い呼吸を繰り返しながら、笑った。
「はぁ…はぁ…“翠桔梗”を五体ではなく……」
「一体に集中させたの…さ。」
「四体分の念導力を、一体の翠影へ集約する。」
「そうすれば、」
「本体と見紛うほどの、強固な翠影を作れる。」
アンジュが目を見開く。
「じゃあ……」
「あの爆煙の中で、入れ替わった……?」
「そう…」
アイザックは頷く。
「ジャクラムが大鎌を投げてくる可能性も最初から想定していた。」
「もうっ!!」
アンジュが叫ぶ。
「何で私に言ってくれないのよ!!」
「本当に心配したんだからね!!」
「ははは……」
アイザックが苦笑する。
「済まないね…。」
「城へ戻ったら、アンジュに優しく看病してもらわないと……」
「それから熱い抱擁も……」
「……はぁ⁉️」
アンジュの顔が一気に赤くなる。
「アンタねぇ!!」
「こんな時に何言って…❗」
「……ゴフッ!!」
「……え⁉️」
アイザックの口から、
大量の血が吐き出された。
「アイザック!?」
アンジュの顔から血の気が引く。
「はぁ……はぁ……」
アイザックは口元を押さえる。
「……翠桔梗を連発した反動が……来ただけさ……」
「ゴフッ……!」
「大丈夫だょ……」
「大丈夫なわけないでしょ❗」
ルイスも叫ぶ。
「早く城へ戻りましょう!!」
「これ以上は…、」
「…………」
その時、
ルイスが言葉を止めた。
「……⁉️」
アンジュが振り返る。
「ルイス…?」
ルイスは――。
二機の背後を見つめていた。
「…………いる。」
「え?」
「何かが……いる!!」
「…危ないッ!!」
ドンッ!!
ヴァルテリオンが二機を突き飛ばした。
ザギュゥゥゥゥン!!
赤い閃光が走る。
「――ぐぁぁぁぁぁッ!!」
ヴァルテリオンの右腕が宙を舞った。
「……っ!!」
ルイスが呻く。
切断された右腕が、回転しながら暗い天空へ消えていく。
「ルイスッ!!」
アンジュの悲鳴。
そして、
背後から聞こえる。
「ふふふ……」
ジャクラムの笑い声だった。
赤黒い瘴気の中から、エルゼイレが姿を現した。
「残念だったな……」
「我の方が――」
「一枚上手だったようだ…」
ルイスが歯を食いしばる。
「何故だ……⁉️」
「確かに本体を砕いたはずだ!!」
ジャクラムは、愉快そうに笑った。
「本体……?」
「…………?」
アイザックの表情が変わる。
ジャクラムの顔には、
亀裂が走っていた。
頬の一部が砂のように崩れ、赤黒い瘴気となって零れ落ちている。
それでも、
ジャクラムは笑っていた。
「そうだ……」
「お前は“スコープ”で我を見抜いた。」
「そして…、」
「“本体”を砕いたと思った。」
ルイスの瞳が見開かれる。
「……まさか⁉️」
「因果……改竄……?」
ジャクラムが口角を吊り上げた。
「そうだ。」
「お前が砕いたのは――」
「“分身”の方だ。」
「……ッ!!」
アンジュ「それじゃぁ…私が相手していたのは…本体?」
ジャクラム「そうだ…」
ルイス「“因果改竄”を二度も…?」
アイザックが息を呑む。
「そういうことか……!」
「私が“本体”を見抜くことまで……」
「想定していた……!!」
「ふふふ……」
ジャクラムの顔が、さらに崩れていく。
「この“賭け”…」
「我の勝ちだ……❗」
その瞬間、
エルゼイレが六枚の光翼を大きく広げた。
「……何?」
バサァァァァァァッ!!
無数の光の羽根が天空へ舞い上がる。
しかし、
それは美しい羽根ではなかった。
赤黒い瘴気を纏った死の羽根。
シュンッ!!
シュシュシュシュシュッ!!
無数の羽根が三機へ降り注ぐ。
「避けろ!!」
アイザックが叫ぶ。
だが、
羽根同士を繋ぐように、赤黒い糸が伸びた。
一本。
二本。
十本。
百本。
瞬く間に、天空一面へ巨大な網が形成される。
「……これは⁉️」
アンジュが息を呑む。
三機が網へ触れた瞬間、
ギシィィィィィッ!!
赤黒い糸が機体へ絡みついた。
「う、動けない!!」
「くっ……!!」
「ルイス君!!」
「駄目です!! 完全に拘束されてる!!」
巨大な蜘蛛の巣。
その中心に、
三機が囚われる。
そして、
ジャクラムが両腕を広げた。
「さあ……」
「ここからは、」
「最高の晩餐の始まりだぁっ!!」
ギュゥィィィィィィインッ!!
赤黒い糸が脈動する。
エンプレス。
シルヴィ。
ヴァルテリオン。
三機を包む念導力が一気に吸い上げられていく。
「うがぁぁぁぁぁッ!!」
アイザックが苦悶の声を上げる。
「あぁぁぁぁぁッ!!」
アンジュも叫ぶ。
「うおおおおおおッ!!」
ルイスが操縦桿を握り締める。
機体から翠、紅、蒼銀のオーラが吸い上げられていく。
それと反比例するように…、
ジャクラムの崩れた顔が、
少しずつ修復され始めた。
「……そうだ……」
「もっとだ……」
「もっと我に寄越せ……!」
ジャクラムの瞳が狂気に染まる。
「この崩れた肉体も…」
「この聖杯の代償も…」
「お前たちの精気を喰らえば、すべて元に戻る!!」
「ふは……」
「ふはは……」
「うはっはっはぁぁぁぁぁーッ!!」
暗雲立ち込める天空。
赤黒い蜘蛛の巣。
その中心で、三機の念導力が次々と吸収されていく。
そして、
ジャクラムは両手を広げ、天を仰いだ。
「これで…、」
「我が永年の復讐が……」
「ついにぃっ…」
「成就するのだぁぁぁぁぁッ!!」
雷鳴が轟く。
その絶叫と狂笑が…、
モディアス王国の空全体へ、
不気味に木霊した。
―つづく―




