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第75話 翠桔梗 ―天才武漢、六つの翠影―

第75話

翠桔梗

――天才武漢、六つの翠影――


―モディアス王国・上空-


黒く染まった天を、赤黒い瘴気が渦を巻く。


雷鳴が絶え間なく轟き、風は悲鳴を上げるように荒れ狂っていた。


その中心に、六枚の光翼を悠然と広げる《エルゼイレ・ジャネス》。


神々しい白亜の装甲。


黄金の聖杯を刻んだ胸部。


そして、その神聖さを穢すように全身を覆う赤黒い瘴気。


静かに大鎌を肩へ担いだジャクラムは、三機を見下ろして微笑んだ。


「さあ……参るぞ。」


その言葉が終わるより早く…


ギュゥンッ!!


六枚の光翼が一斉に輝き、エルゼイレは光の尾だけを残して消えた。


「――っ!?」


最初に反応したのはルイスだった。


次の瞬間には、ヴァルガレオンの眼前へエルゼイレが現れていた。


「はぁーっはっはっは!!」


「父親の待つ冥府へ送ってやろう!!」


巨大な大鎌が天を裂く。


轟音とともに振り下ろされた刃を、ヴァルガレオンは紙一重で回避した。


「避けた…!」


そう確信した、その瞬間。


「……え?」


大鎌は、なぜか頭上から振り下ろされていた。


「なっ⁉️」


ガギィィィィン!!


火花が弾ける。


寸前で双剣を交差させたシルヴィが、その一撃を受け止めていた。


「何ぼーっとしてるのよ、ルイス!!」


アンジュの怒号が通信に響く。


「危うく真っ二つになるところだったのよ!!」


ルイスは呆然と答える。


「い、いや……今、確かに避けましたよ……?」


「何言ってるの❓」


アンジュも困惑した表情を浮かべる。


「あんた、全然動いてなかったわよ?」


「……え?」


互いの認識が噛み合わない。


その異様な空気を、アイザックだけが静かに見つめていた。


(何かがおかしい……。)


(認識と現実が一致していない。)

ジャクラムの笑みが深くなる。


「ふふふ……。」


間髪入れず、エルゼイレはシルヴィへ横薙ぎの一閃を放つ。


アンジュは冷静に双剣でその一撃を流した。


…はずだった。


「っ⁉️」


気付けば刃は、自らの首元へ迫っていた。


「しまっ……❗」


ガシィィィン!!


黄金の爪が割って入り、大鎌を受け止める。


「ぐぅぅぅっ!!」


ヴァルガレオンとシルヴィは、その衝撃で大きく吹き飛ばされた。


必死に姿勢を立て直す二機。


ルイスが叫ぶ。


「アンジュさん!」


「今、どうして避けなかったんです!?」


アンジュも叫び返す。


「それはこっちの台詞よ!」


「ちゃんと受け流したはずなのに……!」


アイザックは二人のやり取りを聞きながら、静かに瞳を細

める。


(二人とも同じ現象……。)


(つまり偶然じゃない。)


ジャクラムが肩を震わせる。


「どうした?」


「鳩が豆鉄砲を食らったような顔が目に浮かぶぞ…」


アンジュが唇を噛んだ。


「……私たちの行動が、」


「“書き換えられてる“”……?」


ルイスの背筋を冷たいものが走る。


「そんな……。」


「そんなことが可能なんですか……?」


ジャクラムは大きく両手を広げた。


そして頭上に輝く聖杯を見上げる。


「可能だとも…」


「聖杯とは世界の理…」


「理を書き換えるとは、因果を書き換えること…」


「お前たちは『避けた』と“想”っている。」


「だが現実には避けていない。」


「それだけの話だ。」


沈黙が流れる。


目の前の敵は、技術や力ではない。


世界そのものを敵に回した存在だった。


「どうした?」


「もう来ぬのか?」


誰も踏み込めない。


その時だった…。


カァァァン!!


乾いた金属音が天空へ響き渡る。


エンプレスが龍節棍を打ち鳴らした音だった。


全員の視線が集まる。


アイザックは穏やかな笑みを浮かべる。


「よし!交代だ…」


「ここからは、私がお相手しよう…」


「え?」


アンジュが目を丸くする。


「一人で戦う気!?」


ルイスも首を振る。

「アイザックさん!」

「ここは、三人で挑まないと!」


アイザックは軽く肩を竦めた。

「“今のまま”全員で行っても、全滅するだけさ。」


その口調はいつも通り軽い。


だが、その眼差しだけは真剣だった。


二機の前へ出る。


龍節棍を肩へ担ぎ、振り返る。

「まぁ、“見取り稽古”のつもりで見ていたまえ。」


そして人差し指を立て、いつものようにウインクする。

挿絵(By みてみん)

「ちゃんと――」

「“見て”おくんだよ。」


その一言だけは、師として弟子へ贈る言葉のようだった。


アンジュは何も言えなかった。

ルイスも黙って頷く。


アイザックはエルゼイレへ向き直る。

「では、」


「手合わせ願おうか…」


ジャクラムは静かに笑う。

「良いのか…?」


「そんなに死に急ぐ事もあるまい…」


アイザックは苦笑した。


「いやいや…」


「将来の妃の前で格好悪い姿は見せられないのでね。」


「はぁ⁉️」


アンジュが真っ赤になる。

「誰が妃よ!!」


ルイスは目を丸くした。

「しょ、将来の……妃?」


「ルイス…」


アンジュが額を押さえる。

「この人の“冗談”を真面目に聞いちゃ駄目だから…」


「ははは…」


アイザックは笑いながら静かに目を閉じた。


スゥーーーー……


シュゥコォーーーー……


独特な呼吸。


深く…


長く…


天地と一体になるような呼吸法。


アンジュが息を呑む。


「あの呼吸……」

「本気……」


呼吸に呼応するように、エンプレスを包む翠のオーラが揺らぎ始める。


次第に暴風は止み、周囲の空気まで静まり返っていく。


やがて呼吸音すら消えた。


静寂。


その中心に立つエンプレスだけが、異質な存在となる。


そして…、


アイザックが静かに目を開いた。


「――ッ!!」


ドォォォォォォォォン!!


圧縮されていた翠のオーラが解放されエンプレスを包み込んだ。


天空を翠色の光が染め上げる。


ルイスは強く操縦桿を握り締めた。


「す、凄い……!」


「ここまで離れていても波動がビリビリと伝わる……!」


ジャクラムも僅かに目を細める。


「……ほう」


「これほどとは…」


オーラの中でエンプレスは龍節棍を静かに構える。


「奥義…」


「龍昇虎厳…」


エンプレスを包んだ翠のオーラが桔梗の花びらのように一枚づつ静かに開いた。


「…翠桔梗(すいききょう)」


その瞬間、


開いた翠のオーラの花弁が次々と人型を形成していく。

一体。

二体。

三体。

四体。

五体。

本体を囲むように、五体のエネルギー体が現れた。

挿絵(By みてみん)

六体のエンプレス


その全てが本物と見紛うほどの存在感を放っている。


ルイスは言葉を失った。


「これが……。」


「アイザックさんの奥義……」


アンジュも思わず息を呑む。

「オーラの質が濃い……」

「まるで全部、本物みたい……」


六体のエンプレスは同時に龍節棍を構えた。


その姿はまるで六人の武神。


アイザックは静かに笑う。


「さて…」


「天才武漢の奥義、」


「とくと御覧いただこう。」


六体が同時に一歩踏み込む。


翠の閃光が六筋、天空へ走った。

そして、


エルゼイレへ向け、一斉に突撃を開始する。


ジャクラムの笑みが、初めて戦慄へと変わり始めていた。


―つづく-

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