第68話 真王、天を覆う -濁流と巨人-
第68話
真王、天を覆う -濁流と巨人-
――アラベスク・マウザー艦内・煌武館道場――
黄金の光。
赤黒い瘴気。
二つの異質な力が、道場内で渦巻いていた。
ジャクラムは、宙に浮かぶ“聖杯”をゆっくりと掲げる。
その姿は、まるで神話に語られる邪神。
聖杯から放たれる神聖な光すら、彼の赤黒いオーラによって禍々しく染まったかの様に見えた。
「はは……」
ジャクラムが低く笑う。
「遂に……遂に、この時が来た」
長年求め続けた悲願。
数百年にも及ぶ執念。
それが今、彼の手の中にある。
…だが、
…ふと、
ジャクラムの笑みが消えた。
「……あぁ、そうだ…」
ゆっくりと、その視線が向けられる先…。
床へ倒れ込む匠達。
「まだ“忌むべき存在”が残っていたな…」
赤い瞳が細められる。
「創造主……そして、ハーティスの血族」
「…❗」
ドサッ…❗
ジャクラムは、念導力でジュリアを匠達の傍へ飛ばした。
そして、ゆっくりと両腕を交差させた。
その瞬間、
ゴォォォォォ……!!
ジャクラムの目の前で赤黒いオーラが爆発的に膨れ上がる。
空間そのものが軋む。
道場の壁が震え、床板が浮き上がり始めた。
「“聖杯”は手に入った」
低い声。
「もはや、お前達の存在など取るに足らぬが…、」
だが、
その瞳に、憎悪が燃え上がる。
「…しかし、」
ドス黒い殺気が膨張した。
「ハーティスの血は……一滴残らず根絶やしにせねばならぬ」
匠の全身が震える。
重圧。
呼吸すら苦しい。
「くっ……!!」
歯を食い縛る。
「動けぇ……!!」
だが身体が持ち上がらない。
イリアも、床へ這いつくばりながら意識の無いジュリアへ手を伸ばしていた。
「くっ…ジュリア……」
震える声。
「ジュリアぁ……❗」
しかし届かない。
ジャクラムは、そんな二人を見下ろしながら静かに告げた。
「さらばだ、創造主達よ…。」
次の瞬間。
ジャクラムの両腕から、禍々しい奔流が放たれた。
ガリガリガリガリガリィィィッ!!
赤黒いオーラが、空間を“削りながら”進む。
床を抉る。
壁を砕く。
空気そのものが削り取られていく。
まるで世界を喰らう濁流。
「うわぁぁぁぁっ!!」
「きゃあぁぁぁっ!!」
匠とイリアの叫びが響く。
そして、
轟音。
爆煙。
巨大な穴。
そこにはもう、何も残っていなかった。
匠も。
イリアも。
ジュリアも。
跡形もなく消えていた。
ジャクラムは静かにその光景を見下ろす。
「……終わったか」
感情の無い声。
だが次の瞬間。
再び片腕を天へ掲げる。
ドゴォォォォォンッ❗
赤黒い衝撃波が天井を貫いた。
巨大な穴。
その先には――四機のネンドール。
ジャクラムは聖杯を携えたまま、ゆっくり宙へ浮かび上がる。
「残るは……あやつらのみ」
――モディアス王国・上空――
轟音が鳴り響く。
閃光が空を裂く。
エンプレス。
シルヴィ。
ヴァルガレオン。
三機は未だ《ヴァジェラ》との激戦を繰り広げていた。
「チッ!!」
ギギが舌打ちする。
「聖杯は手に入れたんだ!後は兄貴を回収して終わりだっつうのによぉ……」
高速でキーボードを叩く。
「なんで繋がらねぇんだ……?」
苛立ち。
焦燥。
「どうしちまったんだよ……兄貴……」
その時だった。
ドゴォォォォォンッ!!
停泊区域側から、巨大な爆発音が響いた。
「……⁉️」
アイザックが振り向く。
「マウザーの方から煙が……!」
エンプレスのセンサーが異常反応を検知する。
「イリア⁉️ 匠君ッ!!」
アンジュも顔色を変えた。
「なによ、あの光……⁉️」
遠方から急速接近する反応。
「こっちに向かって来てる!!」
ルイスが叫ぶ。
「人です!!」
ヴァルガレオンの視界に映った。
赤黒い流星。
禍々しいオーラを纏いながら、一直線にこちらへ飛来してくる人影。
ギギの顔から血の気が引いた。
「……兄貴?」
だが次の瞬間、
「いや……違ぇ……」
それは、
もはや“人”ではなかった。
四機の中央。
空中へ静止するジャクラム。
その全身から溢れる赤黒い気配に、空そのものが歪む。
アイザックが息を呑む。
「なんだ……この禍々しい気配は……」
そして気付く。
ジャクラムの傍らの宙に浮く光り輝く球体の中。
「……っ❗」
目が見開かれた。
「まさか……それは……!!」
アンジュが叫ぶ。
「聖杯……!!」
ルイスの声が震える。
「それじゃあ……王女は……」
「匠は…⁉️」
アンジュの怒声が響く。
「匠達は、どうしたのよッ!!」
すると、
ジャクラムの顔が、ゆっくりモニターへ映し出された。
「我が名は――」
低い声が空域全体へ響く。
「ジャカランダ…」
赤黒い瞳が細められる。
「ジャクラム・ジャカランダ」
アイザックが呟く。
「ジャクラム……」
アンジュも顔を強張らせる。
「ジャカランダ……」
ルイスの背筋に寒気が走る。
ジャクラムは静かに両腕を広げた。
「この世界へ復讐する」
赤黒いオーラが天を覆う。
「真の王となる者だ」
「創造主と王女達は、この手で消し去ってやっ たわ…」
アイザック「…❗」
アンジュ「…うそっ!」
ルイス「…そ、そんな…」
ギギが叫ぶ。
「ジャカランダ大王……なのか⁉️」
目を見開く。
「俺達が始末したはずだろォ⁉️」
ジャクラムの口元が歪んだ。
「おぉ……」
愉しげに笑う。
「まだ粛清せねばならぬ者がおったな…」
ギギの怒声が響く。
「兄貴は⁉️ 兄貴はどうしたァ!!」
ジャクラムは、あっさりと言い放った。
「…喰った…」
静寂。
そして、舌舐りをしながら唇を親指で拭き取る仕草をした。
「丸ごと“喰って”やったわ」
「――ッ!!」
全員の顔色が変わる。
ギギの瞳が怒りで染まった。
「テメェェェェェッ!!」
ヴァジェラが突撃する。
赤い爪が、ジャクラムを切り裂こうと振り下ろされた。
だが、
ガギィィィンッ!!
赤黒いオーラが爪を止めた。
空中で火花が散る。
「なっ……!?」
ギギが凍り付く。
「嘘だろぉ……!?」
ジャクラムは微動だにしない。
「聖杯を“持った”ままでは、戦い辛いな…」
ゆっくり片腕を天へ掲げる。
すると、
空が軋んだ。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
赤黒く巨大な魔法陣が蒼空いっぱいに広がる。
その中心から、
黒煙を纏う“巨大な塊”が落下してきた。
その状況を王都の民達も震えながら上空を見上げていた。
ルイスが叫ぶ。
「あれは……⁉️」
黒い塊は蠢いていた。
血肉のように。
汚泥のように。
生まれ出る獣のように。
ジャクラムは、聖杯を抱えたまま、その塊へ溶け込むように入っていく。
そして、
ゴォォォォォン…ゴォォォォォン…
遠くから低い鐘の音が響いている。
巨大な影が立ち上がる。
漆黒の巨体。
全身を覆う赤黒い紋様。
巨大な“大鎌”。
まるで死神。
否、
“終焉”そのもの。
四機の機体が、その圧倒的存在感に後退する。
巨人の双眸が、赤く輝いた。
「ふふふ……」
低い笑い声。
「さぁ――」
大鎌がゆっくり持ち上がる。
「粛清の時間だ」
その瞬間、
王国上空を、絶望が覆い尽くした――。
――つづく――




