第67話 奪取― 復讐の王と黄金の聖杯―
第67話
奪取― 復讐の王と黄金の聖杯―
――アラベスク・マウザー艦内・煌武館道場――
静寂。
いや――違う。
“沈黙させられている”。
そう錯覚するほど、道場の空気は重く淀んでいた。
赤黒い瘴気。
床を這う禍々しい気配。
呼吸するたび、肺の奥へ鉛が流れ込むような圧迫感。
匠達は、変貌を遂げた“ジャクラム”を見上げていた。
先ほどまでのジャカランダとは、もはや別物。
揺らめく銀髪。
赤黒い紋様が浮かぶ異形の装束。
燃えるような双眸。
そして、
全身から滲み出る、底無しの憎悪。
ジャクラムは、ゆっくり首を鳴らした。
ゴキ……ゴキッ……。
肩を回す。
掌を開く。
握る。
再び開く。
まるで長い眠りから目覚めた獣が、自らの肉体を確かめているかのようだった。
「やっと……」
低い声が響く。
「この時が訪れた……」
その顔に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「永かったぞ……本当に」
そして、
その視線が向けられる。
ジュリアの胸元。
そこに宿る、淡い黄金の光。
“聖杯”。
ジャクラムの瞳が、獲物を見つけた猛獣のように細められた。
――遥か昔 遥か宙域――
――《黒帝》内部――
どす黒い艦内。
鉄が腐食した臭い。
乾いた血の臭い。
湿った空気。
紫色の照明だけが、不気味に明滅していた。
その最奥部。
巨大な生命維持装置が存在していた。
筒状の培養槽。
緑色の液体。
その中に、一人の男が浮かんでいる。
全身は焼け爛れていた。
四肢は失われている。
皮膚は崩れ、肉は露出し、人間としての原型すら曖昧。
だが--
それでもなお、
維持装置越しに伝わってくる
凄まじい“憎悪”。
殺意。
怨念。
まるで世界そのものを呪っているかのような感情。
その前に、二つの影が立っていた。
一人は、
巨大な杖を持つ妖艶な女。
艶やかな唇。
誰もが魅了してしまう潤んだ瞳。
甘く微笑みながらも、その奥には底知れぬ狂気があった。
もう一人は、
長身の男。
紫色の髪。
拳銃を指先でくるくる回しながら、落ち着きなく歩き回っている。
まるで退屈した子供だった。
男は維持装置を銃身でコンコンと叩く。
「ねぇ、ママぁ~」
間延びした幼い口調。
「“新しいパパ”って、まだ起きないのぉ?」
舌を出し、ケラケラ笑う。
「なんか、つまんなぁ~い」
妖艶な女は、くすりと笑った。
「そうねぇ♡」
長い指先でガラスをなぞる。
「維持装置へ入れてから数ヶ月……そろそろ目覚めて蘇生し始めても良い頃なのだけれど♡」
男は培養槽を覗き込んだ。
「でもさぁ、“普通の人間”がこんな状態で生きてるなんてヤバくない?」
ニタァ、と笑う。
「すっげぇ面白いだけどぉ~♡」
女の瞳が細まった。
「もしかしたら……」
妖しく囁く。
「私達が探していた“禁断の果実”を食べたのかもしれないわねぇ♡」
「えぇっ⁉️」
男が目を輝かせた。
「ズルいズルいよぉ!!」
拳銃を構える。
「やっぱコイツ、ペットにしようよっ!!」
ガキィン!!
瞬間、
女の杖が拳銃を弾いた。
男の顔が引き攣る。
女は笑っていた。
だが、その目だけは凍るほど冷たい。
「だぁかぁらぁ♡」
声色は甘い。
しかし、そこに慈悲は無い。
「ダメって言ってるでしょう?」
女は培養槽の中の男を見つめる。
「この人の放つ“憎悪”は――」
口元が歪む。
「前の“パパ”とは、比べ物にならないくらい……美味しそうなんだから♡」
男の肩がビクリと震えた。
「ご、ごめんよ……ママ……」
女は妖しく笑う。
「いいのよ…“憎悪”は、私達“一族”のご馳走…新しいパパには、沢山溜め込んでもらわないと♡」
そして振り返った。
「さぁ♡」
杖を掲げる。
「新しいパパが目覚めるまで、“憎悪”と“生き血”をいただきに行きましょう♡」
「うんっ!!」
二人は笑いながら、暗闇の中へ消えていった――。
――現実へ戻る――
ジャクラムが、ゆっくりジュリアへ歩き出す。
その一歩ごとに、空気が重く沈む。
「来ないで……!!」
ジュリアを庇いながらイリアが叫ぶ。
だが、ジャクラムは止まらない。
「王女は……!」
匠が前へ出る。
「俺達が守る!!」
ジャクラムの瞳が冷たく細まった。
「……邪魔だ」
片手を天へ掲げる。
そして、
振り下ろした。
ドゴォォォォンッ!!
「がぁっ!!」
「くっ……!!」
赤黒い重圧が、匠とイリアを押し潰した。
床へ叩き付けられる。
全身が軋む。
呼吸が出来ない。
まるで山そのものを背負わされたような圧力。
「がはっ!ぐぐぐっ……!!」
イリアが歯を食い縛る。
匠も腕を震わせながら抵抗した。
「や、やめろぉ……!」
だが、
ジャクラムは二人の間を悠然と通り過ぎる。
その姿は、まるで神。
否、
“災厄”そのものだった。
ジュリアが震えながら後退る。
「いや……」
涙が滲む。
「来ないで……!」
ジャクラムが、ゆっくり手を伸ばした。
「さぁ……」
低い声。
「聖杯をよこせ」
その指先が、ジュリアへ触れた瞬間――
カッ!!
眩い黄金の光が、ジャクラムの指先を弾いた。
「なに……!?」
ジャクラムの瞳が見開かれる。
触れた指先が、サラサラと崩れ始めた。
まるで砂のように…。
「これは……」
即座にジャクラムは、自らの腕を手刀で切断した。
ズバァッ!!
崩壊部分を切り落とす。
そして。
ボコボコと赤黒い肉塊が蠢き、新たな腕が再生した。
匠が息を呑む。
ジャクラムはジュリアを睨みつけた。
「封印の重ね掛けか……?」
低く呟く。
「それとも、“あやつ達”の細胞が原因か……」
その瞳に、僅かな苛立ちが宿る。
「簡単には手に入らぬと言うことか…」
「…ならば、この体に流れる忌むべきハーティスの“血”を利用させてもらう…。」
次の瞬間、
ジャクラムは拳を強く握り締めた。
血が滴る。
赤く輝く血液。
それを見つめながら、ゆっくり詠唱を始めた。
《深き底に眠る叡智の神よ――》
道場の空気が震える。
《この“血”に誘われ――》
赤黒い魔法陣が広がる。
《聖杯を、我が元へ導け》
「ぁ……!!」
突然、
ジュリアの胸が光り始めた。
苦しそうに胸を押さえる。
「う……あぁっ……!」
「ジュリアぁーっ!!」
イリアが叫ぶ。
だが、動けない。
ジュリアの身体が、ふわりと宙へ浮いた。
黄金の球体が彼女を包み込む。
そして、
胸元から
ゆっくりと、
“聖杯”が現れた。
神々しい黄金の器。
淡く輝く聖なる光。
それはまるで、世界の理そのものだった。
「……❗」
匠の瞳が見開かれる。
聖杯は、光の球体と共に空中を漂いながら、ゆっくりジャクラムの手元へ…。
「いや……」
ジュリアが力なく手を伸ばす。
「返して……」
だが届かない。
光が消え。
ジュリアは、そのまま床へ崩れ落ちた。
「ジュリアァ!!」
イリアの叫びが響く。
そして、
ジャクラムの前に…。
遂に――“聖杯”が収まった。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「ハ――」
ジャクラムの肩が震える。
「ハハ……」
笑い声。
それは徐々に大きくなっていく。
「ハァーッハッハッハッハァァァァ!!」
狂喜。
歓喜。
長年求め続けた執念。
赤黒いオーラが爆発的に噴き上がる。
「遂に……!!」
ジャクラムが聖杯を掲げた。
「遂に手に入れたぞォォォォォッ!!」
その笑い声だけが、道場内へ狂ったように響き渡っていた――。
――つづく――




