第66話 真王降臨 ― 搾取される男と名を棄てた男
第66話
真王降臨 ― 搾取される男と名を棄てた男
――アラベスク・マウザー艦内・煌武館道場――
道場の空気が、変質していた。
重い。
暗い。
まるで空間そのものへ鉛を流し込まれたかのような圧迫感。
呼吸すら苦しい。
肌が粟立つ。
そこにいる全員が、本能的に理解していた。
――“これは人間ではない”。
道場中央。
赤黒いオーラを全身から揺らめかせながら、ジャカランダが静かに立っていた。
その双眸は、赤黒く光っていた。
ガガは後退りながら、顔を引き攣らせる。
「な、何故……貴方がここに……」
声が震えていた。
先ほどまでの冷静さも狂気も、もう無い。
そこにいるのは、死を前にした男だった。
ジャカランダは、ゆっくり口を開く。
「お前達兄弟の企みなど――」
低く、地の底から響くような声。
「我が気付かぬと思うたか」
ズシリ、と空気が沈んだ。
「“聖杯”の在りかが判明するまで……泳がせておいたに過ぎぬ」
ガガの額から汗が流れる。
「“あの女”といい、お前達兄弟まで我を出し抜こうとは…」
その時だった。
「……!!」
ジャカランダの表情が、僅かに歪む。
まるで誰かの声が届いたかのように。
(あらぁ~♡)
突然、
ジャカランダの脳裏へ、粘つくような女の声が響いた。
(それは“お互い様”なんじゃなぁい?)
甘い。
妖艶。
だが、その奥に底知れぬ邪悪さがあった。
ジャカランダが眉を歪める。
『失せろ!!』
怒気を孕んだ一言。
すると女の声は、クスクスと笑いながら消えていった。
(ふふふ…また会いましょうねぇ♡)
静寂。
だが、その余韻だけが不気味に残る。
ジャカランダは視線を戻した。
そして、
ゆっくり右手を掲げる。
「まずは――」
掌が開かれる。
「不要な塵を払う」
ドォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が放たれた。
「きゃっ――!」
ガガとジュリアが強制的に引き離される。
イリアが即座に飛び込み、負傷した肩を押さえながらもジュリアを抱き寄せた。
「ジュリア!!」
「イリア……!」
ジャカランダは、それを一瞥しただけだった。
「聖杯は後回しだ」
静かな声。
だが、その奥には冷たい殺意があった。
「先に――粛清せねばならぬ」
ガガが歯を剥く。
「う……うぁぁぁぁぁッ!!」
両手で拳銃を構え、発砲した。
パンッ! パンッ! パンッ!!
銃弾は確かに命中する。
肩。
胸。
そして、額。
だが――
ズブリ。
弾丸は、ジャカランダの肉体へ溶け込むように沈んでいった。
まるで泥へ石を投げ込んだように。
傷一つ残らない。
「なっ……!?」
ガガの顔が青ざめる。
ジャカランダは淡々と言った。
「無駄だ」
一歩。
また一歩。
重い足音と共に近付いてくる。
ガガは震えながら後退した。
その光景を見ていた匠の脳裏へ、突然何かが走る。
(……あれ?)
胸がざわつく。
記憶の奥底。
見たことがある。
この男を…。
そして、ユグの声が響く。
(ウン……)
震えるような声だった。
(ボクモ…アイツノ“ネイロ”ヲキイテ…ワカッタ……)
匠の瞳が見開かれる。
(こいつ……)
脳裏に浮かぶ、あの存在。
円卓に座る男。
銃を発泡する姿。
宇宙の果て。
それは――
「ジャクラム……!!」
(ジャクラム……!!)
ユグも同時に叫んだ。
その瞬間、
ジャカランダが足を止める。
赤い瞳が、匠を射抜いた。
「……ほう」
僅かに口角が上がる。
「どこか覚えのある気配だと思えば」
赤黒いオーラが揺らめく。
「そこにいるのは……ユグドラシルか…?」
道場の空気が震えた。
「お前に遥か宇宙の彼方へ投げ飛ばされた恨み――」
低い声が響く。
「忘れたことなど、一度も無いぞ…」
匠の額に汗が流れる。
ジャカランダ――いや。
ジャクラムは、嗤った。
「もっとも」
匠の仄かに蒼色に光る胸を見下ろす。
「今のお前は“飾り”に過ぎぬ」
その瞳が冷たく細まる。
「この世界の顛末を、指を咥えて見ていることしか出来まい」
そして、
視線が匠へ向く。
「“創造主”――」
その一言だけで、空気が凍る。
「初対面……のはずだが」
ジャクラムの瞳が細くなる。
「…なるほど」
何かを理解したように呟く。
「あの時、脳裏へ入り込んできた不快な感覚は……」
匠の背筋が冷える。
「“人形遣い(ジゼル)”と共に、お前が覗いていたのか…」
匠は無言だった。
だが、拳を強く握る。
ジャクラムは興味を失ったように視線を戻した。
次の瞬間。
ガガの身体が、宙へ持ち上がった。
「がっ……!?」
首を押さえ、苦しむ。
見えない力。
念導力。
首には赤黒い指跡が浮かび上がっていた。
「ガガよ」
ジャクラムが静かに言う。
「お前を軍へ引き入れた理由は、非情なまでの“冷徹さ”。戦略参謀として高く買っておったのだぞ…」
ギリギリと締め上げられながらも、ガガは睨み返した。
「私は……最初から……!」
血を吐きながら叫ぶ。
「貴方に忠誠など誓うつもりは…無かった!!」
震える腕で拳銃を構える。
そして、
パンッ!!
ジャクラムの顔面へ発砲した。
だが、
弾丸は再び、肉体へ吸い込まれていく。
「無駄だと言っておろう」
ジャクラムが、人差し指を軽く弾く。
パチン――
次の瞬間。
ボキボキボキィッ!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ガガの腕が、異様な方向へ捻れ折れ曲がった。
銃が床へ落ちる。
「“搾取して吸収する”……」
ジャクラムの声が響く。
「お前の好きなやり方で終わらせてやろう」
赤黒いオーラが、ゆっくりガガを包み込む。
「な、何を――」
ガガの顔が恐怖に染まる。
「や、やめ――」
次の瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
絶叫。
ガガ「犾、逃げろぉーっ!」
赤黒いオーラの中で、ガガの身体が溶け始め、踠き叫んでいた。
皮膚が崩れる。
肉が泡立つ。
骨すら液体のように溶解していく。
ジュリアが悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁっ!!」
イリアがジュリアを抱き締め、目を塞ぐ。
だが、
匠は目を逸らせなかった。
ボコ……ボコボコ……。
液状化したガガは、そのままジャクラムへ吸収されていく。
ズズズズズ……。
そして、
ジャクラムの全身から、炎のような赤黒いオーラが爆発的に噴き上がった。
ゴォォォォォォォッ!!
その姿が変わっていく。
風に靡く短くなった銀髪。
端正に整った若い顔立ち。
洗練された肉体。
まるで、
“王”としての本来の姿。
ジャクラムは、王冠と羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。
「百年振りだろうか……」
その声には、愉悦が混じっていた。
「こうして“また”人を吸収し、若返るのは…」
そして、
真紅の双眸が、匠達を見下ろす。
「我は“真王”――」
空気が震える。
「ジャクラム・ジャカランダ」
赤黒い炎が揺らめいた。
「“ハーティス”の名を棄て」
低く。
深く。
殺意に満ちた声。
「世界へ復讐する者だ」
その瞬間、
道場全体が、巨大な憎悪に呑み込まれた――。
――つづく――




