第63話 揺らぐ王都 ― 怒れる悪童と、二人の拳 ―
第63話
揺らぐ王都 ― 怒れる悪童と、二人の拳 ―
――モディアス王国・王宮――
王宮地下深部。
巨大な障壁制御装置の前で、激しい衝突音が響いていた。
ガギィンッ!!
「くっ……!!」
ジャワディーが歯を食いしばる。
目の前では、正気を失ったノブロコフ・トワイスキーが、鬼気迫る形相で杖を振り回していた。
「ぬぉぉぉぉぉっ!!」
老体とは思えぬ膂力。
杖を押さえ込むジャワディーの腕が軋む。
「な、なんて馬鹿力なんだ…!!」
ノブロコフの瞳には理性が無かった。
黒く濁った靄のようなものが瞳の奥で蠢いている。
完全に精神を侵食されているのだ。
「ぐぬぬぬぬ……!!」
杖が再び振り上げられる。
このままでは制御装置を破壊される。
ジャワディーは、一瞬だけ目を閉じた。
「……こうなったら」
低く呟く。
「じいさん、目覚めても後で恨むなよ」
次の瞬間、
ジャワディーは、握っていた杖を突然離した。
「ぬっ!?」
勢い余ったノブロコフが体勢を崩す。
そこへ――
ドゴォッ!!
ジャワディーは、鞘のまま剣を容赦なくノブロコフの腹部へ叩き付けた。
「ぐふぉぉっ……!!」
白髭を震わせながら、ノブロコフが崩れ落ちる。
杖が床を転がった。
そして、そのまま気絶する。
「……ふぅーっ」
ジャワディーは額の汗を拭った。
「やれやれ…だ……」
すぐさま制御装置へ向き直る。
そして――
カチッ。
障壁制御スイッチを押し込んだ。
――モディアス王国・森の中――
森を揺らす轟音。
遠方の空では、禍々しく変貌した《ヴァジェラ》が異様な威圧感を放っていた。
その姿を、《ヴァルテリオン》の傍らでルイスが見上げていた。
「早く……戻らないと……」
仲間達が戦っている。
アイザックも。
アンジュも。
王国軍も。
だが、
「……っ」
ルイスは頭を押さえた。
ズキズキとした嫌な感覚。
脳へ何かが入り込んでくるような不快感。
「何なんだ……この感じ……」
視線を巡らせる。
その時だった。
空の彼方。
王都上空に、禍々しい波紋を放つ巨大な杖が見えた。
「……あれか?」
直感だった。
あの杖が原因だと。
ルイスの瞳が鋭くなる。
「ヴァルテリオン――行くぞ!!」
蒼銀の機体が再び飛翔した。
空へ。
戦場へ。
――モディアス王国・上空――
ヴゥゥゥゥゥン――――。
王国全域へ、巨大な光の膜が展開される。
障壁が再起動したのだ。
アイザックが小さく息を吐く。
「……よし」
エンプレスが龍節棍を構える。
「これで外側からの侵攻は防げる」
だが、
「問題は――」
その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
赤黒い閃光がエンプレスの目前へ迫る。
変貌した《ヴァジェラ》だ。
さらに鋭くなった赤い爪。
蠢く無数の触手。
もはや以前の姿ではない。
怪物そのものだった。
ギギの狂った笑い声がコックピット内で響く。
「ヒャハハハハッ!!」
ヴァジェラの爪と触手が、暴風のように襲い掛かる。
しかし――
エンプレスは、それを紙一重で躱し続けていた。
最小限の動き。
流れるような回避。
まるで舞っているかのようだった。
「なぁに余所見してんだよォ!!」
ギギが叫ぶ。
「余裕カマしてんのか!? スカした兄ちゃん!!」
アイザックは、静かに微笑む。
「そうだね」
エンプレスの双眸が光る。
「君をどう“お仕置き”するか考えていたところだよ――坊や」
一瞬。
ギギの笑みが凍った。
「……ちぃっ!!」
顔が歪む。
「どいつもこいつも!!」
怒号。
「ガキ扱いしてんじゃねぇぇぇぇッ!!」
ヴァジェラの猛攻が激化した。
赤い爪が空を裂く。
触手が嵐のように暴れ狂う。
だがアイザックは冷静だった。
(怒った)
内心で呟く。
(精神年齢が幼いタイプか……)
ならば。
崩せる。
――アラベスク・マウザー艦内・煌武館道場――
ドガンッ!!
ドガガガガガッ!!
道場の扉が激しく軋む。
外では、正気を失った兵士や門下生達が、狂ったように扉を叩いていた。
イリアは背中で扉を押さえながら叫ぶ。
「ちょっ……!! 何なのよ!もうッ!!」
衝撃で体が揺れる。
額に汗が流れる。
さらに頭痛。
ズキズキと脳を刺すような痛み。
「っ……!!」
イリアは頭を押さえた。
「この頭痛さえ無ければ……!!」
だが――
バギィィィィンッ!!
ついに扉が砕け散った。
「うわっ……!!」
イリアは、衝撃で吹き飛ぶが受け身を取りつつジュリアの前で構え直す。
兵士達が雪崩れ込んでくる。
虚ろな瞳。
濁った声。
「“聖杯”を……」
「聖杯はどこだ……」
異様な光景だった。
ジュリアが怯える。
「イリア……!」
「大丈夫!!」
イリアが前へ出る。
「私が絶対守る!!」
拳を振るい、兵士を吹き飛ばす。
蹴りで薙ぎ払う。
だが数が多い。
次第に二人は道場の隅へ追い込まれていった。
その時だった。
――バタッ。
――ドサッ。
次々と兵士達が倒れていく。
「……え?」
呻きながら崩れ落ちる群衆。
その向こうから、一人の男性が現れた。
「王女!!」
匠だった。
「匠様!!」
ジュリアの顔が一気に明るくなる。
イリアも目を見開いた。
「創造主…?」
匠は二人の前へ立つ。
「大丈夫ですか⁉️君も…。」
「頭がズキズキするのよ……」
イリアが苦しそうに額を押さえる。
「あなたは平気なの?」
「俺は……何ともない」
匠は周囲を見回した。
「多分、広域精神操作だ」
そして静かに言う。
「でも、アイザックさんが…お兄さんが何とかしてくれる」
その言葉に、イリアの表情が少しだけ和らぐ。
匠は、ジュリアを見て確信していた。
(王女も……ジャワディーさんも……そして俺も…)
(精神操作を受けてない)
つまり。
(“ハーティス”の血筋だからか……?)
その時。
再び兵士達が迫ってくる。
イリアが拳を構えた。
「……で?」
匠を見る。
「なんか頼り無さそうだけど、いけるの? 創造主」
匠が苦笑する。
「はは……何とかね」
イリアがニヤッと笑った。
「そんじゃ――頼りにさせてもらうわよ!!」
「ああ!!」
次の瞬間。
二人は同時に飛び出した。
匠の拳が唸る。
イリアの蹴撃が炸裂する。
完璧な連携。
初めてとは思えない呼吸。
兵士達が次々と倒れていった。
バタッ!!
ドサッ!!
「はぁ……はぁ……」
イリアが息を吐く。
「結構やるじゃない……」
匠も構えを解かない。
「アイザックさんの修行のお陰かな」
その横顔を見て、イリアは僅かに目を細めた。
(何なの……この人)
あれだけ動いて。
あれだけ戦って。
息一つ乱れていない。
(本当に……ただの創造主なの?)
その時、
『タクミ!!』
ユグの声が響く。
『マダマダクルヨ!!』
倒れた兵士達を踏み越え。
さらに大量の群衆が、道場へ押し寄せてきていた。
まるで終わりのない悪夢のように――。
――つづく――




