第62話 侵食する赤き災厄 ― 喰らう悪童と、聖杯の王女
第62話
侵食する赤き災厄 ― 喰らう悪童と、聖杯の王女―
――モディアス王国・上空――
轟音が空を裂いていた。
爆炎。
黒煙。
交差する閃光。
王国上空では、なお激戦が続いている。
エンプレスは、ヴァジェラと激しい空中戦を繰り広げていた。
龍節棍が唸る、高速連撃。
分身体による衝撃波。
周囲のデクノイドを次々と粉砕していく。
だが――
《ヴァジェラ》は、未だ底を見せていなかった。
その時だった。
『アイザックさん!!』
通信回線へ、焦った声が響く。
匠だった。
『王国の皆が急に暴れ出して……!!』
背後では怒号と悲鳴が響いている。
『今、ジュリア王女を助けに向かっています!!』
アイザックの目が細くなった。
『たぶん敵の“広域精神操作”が原因だと思います!!』
「……なるほど」
エンプレスが辺りを見渡す。
そして――見つけた。
王都上空。
宙空に突き立てられている、黒い杖。
《マデュエリ》の杖から、禍々しい波状エネルギーが王国全域へ広がっていた。
まるで。
王国そのものを蝕む呪詛。
「アレだな……」
アイザックは即座に判断した。
「匠君」
『はい!』
「精神操作はこちらで何とかする」
一瞬だけ、その声音が変わった。
「それまでに――王女と、妹を頼む」
『……はい!!』
通信が切れる。
そして、
「ルイス君!!」
アイザックが叫ぶ。
「聞こえるか!? ルイス君!!」
返答はない。
アイザックの眉が僅かに寄る。
(量産機と共に森へ落ちたまま応答がない……)
嫌な予感が、胸を過った。
――アラベスク・マウザー艦内・煌武館――
ドンドンドンドンッ!!
激しい衝撃音が、道場の扉を揺らしていた。
「開けろォォ!!」
「“聖杯”はどこだ!!」
外では、正気を失った兵士や門下生達が扉へ体当たりを繰り返している。
その異様な光景に、イリアは舌打ちした。
「もうっ……何なのよコイツら!!」
床には既に数人の兵士が倒れていた。
突然襲い掛かってきた彼らを、イリアが叩き伏せたのだ。
だが。
(この頭のズキズキ……)
イリアは額を押さえる。
(まさか……これが原因……?)
頭の奥を掻き回されるような不快感。
だが、それでも。
イリアはジュリアの前へ立った。
「ジュリア!」
振り返る。
「絶対に、私が守るからね!!」
ジュリアは不安そうに頷いた。
「……はい」
しかしその胸元では。
淡い光が、僅かに脈打ち始めていた――。
――モディアス王国・戦艦停泊区域――
匠は、暴徒化した群衆の中を駆け抜けていた。
怒号。
悲鳴。
殴り合う民衆。
老人も。
子供も。
兵士も。
皆、正気を失ったように争っている。
(これ全部……精神操作なのか……!?)
歯を食い縛る。
その時、
「“聖杯”はどこだ……」
背後から兵士が飛び掛かってきた。
「“聖杯”を……!!」
目が虚ろだった。
完全に理性を失っている。
「っ!!」
匠は即座に身を捻る。
腕を受け流し、そのまま鳩尾へ軽く正拳を叩き込んだ。
兵士が崩れ落ちる。
匠は息を呑んだ。
(手当たり次第に術をかけて……)
視線を上げる。
巨大戦艦。
(“聖杯”の在りかを探してるのか……!)
嫌な汗が背中を流れた。
「急がないと……!!」
匠は再び駆け出した。
――モディアス王国・森の中――
「……っ」
ルイスが目を覚ます。
頭を押さえ、首を振った。
次の瞬間、
捲り上げられた腕をみて、
表情が凍り付く。
「……!!」
即座にヴァルテリオンへ乗り込み、通信回線を開いた。
「皆さん、聞こえますか!?」
切迫した声。
「私が助けた量産機のパイロット……!!」
呼吸が荒くなる。
「そいつが――ヴァジェラのパイロットです!!」
「私が気絶している隙に、秘宝の在りかが…!!」
『……!!』
アイザックとアンジュが同時に息を呑んだ。
「それじゃあ……!」
アンジュが目を見開く。
「ヴァジェラに乗ってるのって――」
「あ~れぇっ?」
「バレちまったかァ?」
――ヴァジェラ・コックピット内部――
そこは、《ゲネル》の操縦席ではなかった。
漆黒の空間。
無数のモニター。
そして、
二つのキーボードを同時操作するギギの姿。
高速入力。
常人では追えない速度。
まるでゲームで遊ぶように、指が踊っている。
「ヒャハハハッ!!」
ギギが舌を出して笑う。
片方のキーを数回叩いた。
(ちぃ……)
僅かに目を細める。
(ゲネルは駆動部がイカれたか……)
だが、
口元の笑みは消えない。
(まぁいい)
瞳が歪む。
(兄貴が“聖杯”へ辿り着くまで――)
キー入力速度がさらに加速した。
(時間稼ぎしてやるよ)
「さぁて……」
ギギがニヤリと笑う。
「モード切り替えだァ……」
カタッ。
キーを叩く。
その瞬間。
ヴァジェラの背後、巨大な紫色のエネルギー環が浮かび上がった。
禍々しく。
脈打つように。
まるで生物の臓器のようだった。
アイザックの表情が変わる。
「……っ!!」
次の瞬間。
ヴァジェラがエンプレスへ突撃した。
だが――
「なに……!?」
直前で軌道変更。
向かった先は。
地上へ墜落した《ゲネル》。
ギギが狂ったように笑う。
「“搾取して吸収する”ってのはなァ!!」
ヴァジェラの赤い爪が、《ゲネル》へ突き刺さる。
「こういう使い方もあんだよォォォ!!」
ズガァァァァァッ!!
肉を裂くような異音。
赤い爪が、《ゲネル》の巨体を凄まじい速度で抉り始めた。
装甲。
触手。
内部機関。
全てが削り取られていく。
そして――
削られた破片は、紫の環へではなく、紫のオーラを纏ったヴァジェラへ吸収されていった。
ギュオォォォォォ……!!
異様な音が空へ響く。
アンジュの顔が引き攣る。
「なに……アレ……」
ヴァジェラの装甲が、蠢いた。
膨張する。
裂ける。
漆黒で鋭い装甲が内部から突き出す。
背部装甲が割れ、無数の触手が生え始めた。
赤い爪は、さらに鋭く異様な輝きを帯びていた。
紫のエネルギーが血管のように全身を這い回った。
それはまるで、
怪物が進化しているようだった。
アイザックの額を、嫌な汗が流れる。
(まさか……)
ギギが狂気に満ちた笑みを浮かべる。
「ヒャァァァッハハハハハ!!」
両腕を広げた。
「さぁ――」
完全変貌した《ヴァジェラ》が、ゆっくり顔を上げる。
赤い双眸が輝く。
「本チャンといこうかァ!!」
その瞬間、
空そのものが、震えた。
――つづく――




