第59話 刻印 ― 炎の中の記憶 ―
第59話
刻印 ― 炎の中の記憶 ―
――モディアス王国・上空――
轟音が、空を裂く。
翠色の閃光が幾重にも交差し、天空へ巨大な衝撃波を撒き散らしていた。
《エンプレス》。
その翠の機体は今、常識を超えた戦闘領域へ踏み込んでいた。
「――《龍昇虎巌》」
アイザックの奥義によって生み出されたエネルギー分身体。
本体と幻身。
二体同時攻撃。
龍節棍による怒涛の連撃と、分身体から放たれる衝撃波が、《ヴァジェラ》へ絶え間なく襲い掛かる。
ガガガガガガガッ!!
衝撃。
空間振動。
常人なら視認すら不可能な超高速戦闘。
しかし――
「……っ!」
アイザックの表情が、僅かに険しくなる。
避ける。
《ヴァジェラ》は、その全てを避け続けていた。
最小限の動きだけで。
紙一重で。
まるで。
最初から全ての軌道を知っているかのように。
(一筋縄ではいかないか……。)
アイザックの背筋に、冷たいものが走る。
だが。
止まらない。
エンプレス本体が、龍節棍による連撃をさらに加速させる。
同時に。
分身体が、至近距離から衝撃波を放った。
ドォォォォォンッ!!
翠の衝撃が、《ヴァジェラ》を直撃する。
轟音。
爆煙。
そして。
その瞬間。
ヴァジェラの赤い爪が、異様な速度で伸びた。
ギュォンッ!!
鋭利な五本爪が、エネルギー分身体の胴体を貫く。
だが。
アイザックは笑った。
「無駄だよ」
翠の瞳が光る。
「エネルギー体には、攻撃は通じない」
次の瞬間。
分身体が、ゼロ距離で衝撃波を解き放った。
ドゴォォォォォンッ!!
至近距離爆発。
さらに。
その隙を逃さず、エンプレス本体の龍節棍が連撃を叩き込む。
ガガガガガガガッ!!
怒涛の武撃。
翠の閃光が空を埋め尽くす。
その時、ギギの顔色が変わった。
「ヤベぇぞぉ……!」
ギギが叫ぶ。
「おい!! ババァ!! モタモタすんじゃねぇ!!」
「分かっとるわい!!」
ババジャの怒声が返る。
――
一方。
《シルヴィアンジュ》は、《マデュエリ》と激しい空中戦を繰り広げていた。
紅の双剣が閃く。
高速斬撃。
旋回。
蹴り上げ。
デクノイド達を巻き込みながら、アンジュは圧倒的な機動力で戦場を駆け抜ける。
「私達も負けてらんないわよ!!」
アンジュが叫ぶ。
「行くよ!! シルヴィ!!」
紅い軌跡が、《マデュエリ》へ突撃する。
だが。
その瞬間だった。
ババジャが、不気味な笑みを浮かべ呟く。
「――《マグノリア》」
「……っ!?」
アンジュの動きが止まった。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
だが、
それは致命的だった。
《マデュエリ》が、背後へ回り込む。
黒杖が振り下ろされる。
ドォンッ!!
杖先が、シルヴィアンジュの背中へ叩き付けられた。
次の瞬間。
紫色の魔法陣が浮かび上がる。
ギィィィィン……!!
「なに、これ……!?」
シルヴィアンジュの全身が拘束される。
機体が動かない。
まるで、
見えない鎖に絡め取られたようだった。
その隙を逃さず。
大量のデクノイドが、一斉砲撃を放つ。
ドドドドドドドドッ!!
「ぐぁぁぁぁっ!!」
爆炎。
衝撃。
シルヴィアンジュが、激しく吹き飛ばされる。
ババジャが、ヒヒヒと笑う。
「その隙に……“障壁”の解除じゃ……」
――
エンプレス内部。
アイザックが叫ぶ。
「アンジュ!!」
通信回線を開く。
「聞こえているかい!? アンジュ!! 応答してくれ!!」
返事はない。
ルイスも声を上げた。
「アンジュさん!!」
――
その頃。
アンジュの意識は、
暗く、重い闇の中へ沈み込んでいた。
『……なに、これ……』
目の前に、小さな少女がいた。
幼い頃の自分。
幼少期のアンジュ。
その周囲では。
街が燃えていた。
炎。
悲鳴。
崩れ落ちる建物。
戦争。
地獄そのものだった。
「ママー!!」
少女のアンジュが、泣き叫ぶ。
「パパー!! どこにいるのぉ!!」
炎が迫る。
「熱いよぉ!!」
涙を流しながら叫ぶ。
「誰か助けてぇぇぇ!!」
その時だった。
炎の奥から、
二つの影が現れる。
一人は、
妖艶な雰囲気を纏った、美しい女。
そして。
もう一人は、
紫色の髪をクルクル指で弄りながら、ヘラヘラと笑う青年だった。
顔だけが、どうしても霞んで見えない。
青年が、舌をベロリと出して笑う。
「ねぇ~ママぁ」
子供のような口調。
「この子、泣いてるよぉ~?」
ニタニタと笑う。
「助けてあげて、ペットにしようよぉ~」
だが。
妖艶な女は、クスクス笑った。
「だぁめぇよぉ♡」
優しく。
だが異様に冷たい声。
「この子は、ここで王様に助けてもらわないといけないんだからぁ♡」
「えぇ~? つまんなぁ~い」
青年が不満そうに頬を膨らませる。
すると。
女が、不意に思い出したように笑った。
「あっ♡ そうそう♡」
細い指を立てる。
「その前に、“印”を付けておかなきゃね♡」
女が、幼いアンジュへ歩み寄る。
そして。
背中へ、指先で模様を描いた。
紫色の紋様。
それは、生き物のように蠢きながら、アンジュの身体へ染み込んでいく。
「ぁぁぁ…ぁぁっ…」
少女のアンジュが、小さく悲鳴を上げ気を失ってしまう。
女が、満足そうに微笑む。
「これでよし!さあ!パパが待ってるわ♡」
そして。
気を失ったのアンジュの耳元で、囁いた。
「またね――アンジュ♡」
青年も、手を振る。
「またねぇ~」
二人の姿が。
燃え盛る炎の中へ消えていく。
『待って……!』
アンジュが叫ぶ。
『あなた達、一体――!!』
――
「――はっ!!」
(今の…何なの…?)
アンジュが、意識を取り戻した。
目の前には、爆炎。
大量のデクノイド。
シルヴィアンジュが、集中砲火を受けていた。
「くっ……!!」
アンジュが歯を食い縛る。
「あんた達……邪魔ァッ!!」
双剣が閃く。
ドガガガガガッ!!
怒涛の斬撃。
デクノイド群を一気に薙ぎ払う。
アンジュが周囲を見渡す。
「ババジャは……どこ!?」
「もう遅い……」
声が響く。
「ここにおる……」
視線の先。
《マデュエリ》が、王都を包む巨大障壁の上へ立っていた。
黒杖を地面へ突き立てる。
そして。
呪文のように唱え始める。
「忠実なる我が下僕達よ……」
障壁表面へ、紫色の波紋が広がっていく。
「障壁を解除し――」
空気が歪む。
「“聖杯”の在りかを示せ――」
アンジュの目が見開かれる。
「そして邪魔する者は、全て排除せよ……!!」
次の瞬間。
障壁内部へ、紫の紋様が侵食を始めた。
ババジャが、狂気じみた笑みを浮かべる。
「外側がダメなら……」
ヒヒヒ、と笑う。
「内側から壊せばよいだけじゃ……!!」
その瞬間。
王都内部で、悲鳴が上がった。
――つづく――
[先代王ジョーンズ・ハーティスとアンジュ(幼少)]




