第57話 相剋 ― 嘲笑う悪童と、創造の鼓動 ―
第57話
相剋 ― 嘲笑う悪童と、創造の鼓動 ―
――モディアス王国・上空――
空が、軋んでいた。
重苦しい雲。
風を裂く推進音。
そして――王国上空を覆い尽くすほどの、黒き軍勢。
無数のデクノイドが、禍々しい黒煙を吐きながら空中展開している。
その中央に並ぶのは、三体のネンドール。
赤き爪を持つ悪鬼――ヴァジェラ。
蠢く触手の巨兵――ゲネル。
そして、新たに現れた妖艶な女性型ネンドール--マデュエリ。
対するは、モディアス王国防衛部隊。
翠の武漢エンプレス。
蒼銀の白獅子ヴァルテリオン。
紅の双剣シルヴィアンジュ。
さらに、その背後には量産型ネンドール部隊が並んでいた。
両軍は動かない。
互いを見据えたまま、空中で静止している。
まるで、どちらが先に牙を剥くかを測る、獣同士の間合いだった。
緊張だけが、空を支配していた。
その沈黙を――
「ヒャッヒャッヒャッ!!」
最初に壊したのは、下品な笑い声だった。
通信回線を通じ、コックピットが映し出される。
そこには、狂気じみた笑みを浮かべるギギの姿があった。
「どうよォ!? うちのデクノイドぉ!!」
両手を大げさに広げる。
「ジョルド何たらって王国の機体をよぉ、片っ端からぶっ壊して再利用してやったんだぜぇ!?」
背後に並ぶデクノイド群。
その中には、確かにあった。
ジョルドブルンクス王国軍の面影。
砕かれ。 歪められ。 黒く侵食された機体たち。
「新しく“生まれ変わらせてやった”んだよォ!!」
狂ったような笑い声が、戦場へ響き渡る。
ヴァルテリオンの操縦席で、ルイスの拳が震えた。
「…………」
歯を食い縛る。
視線の先にあるのは、かつて祖国を守っていた兵器たち。
だが今は…。
敵として、牙を向けている。
怒り。 悲しみ。 悔しさ。
その全てが、胸を焼いていた。
一方――
シルヴィアンジュ内部。
アンジュは、新たな女性型ネンドールを睨みつけていた。
「ねぇ……あそこにいる新型」
細く目を細める。
「女性っぽいけど……」
その瞬間。
「ヒィッヒッヒッ……久しいのぉ」
甲高い笑い声が響いた。
「あっ……!」
通信モニターに映し出された顔を見て、アンジュの表情が険しく変わる。
「アンタ……!」
そこにいたのは…。
不気味な笑みを浮かべる老婆。
「妖幻士ババァージャ!!」
「ババジャじゃッ!!」
即座に怒鳴り返す。
「小娘ぇ!! お前、絶対わざと間違えとるじゃろ!!」
「べぇ~だっ!!」
火花を散らす二人。
だが、その裏で、
ルイスは、別の敵を見つめていた。
《ゲネル》。
そして――《ヴァジェラ》。
父バルガスを討ち、祖国を滅ぼした黒き災厄。
ヴァルテリオンの操縦桿を握る手に、自然と力が入る。
その時だった。
「あれぇ?」
ギギが、ヴァルテリオンを見て首を傾げる。
「なんかあの新型……バルガスってオッサンの機体に似てねぇか?」
通信の奥。
ガガが静かに口を開いた。
「……創造主が、あの王子へ与えたのだろう」
低い声。
感情を感じさせない声音。
「ギギ。“予定通り”行くぞ」
「オーケー、兄貴ぃ!」
ギギが拳を鳴らす。
ポキッ。 ポキポキッ。
「そんじゃぁ!“プロゲーマー”の本領発揮といこうかぁ!!」
その言葉に、
アイザックの眉が、僅かに動いた。
(……プロゲーマー?)
聞き慣れない単語。
だが今は、考えている余裕はない。
エンプレスが、静かに前へ出た。
「いいかい、二人とも」
冷静な声が通信回線へ流れる。
「あちらの新型も気になるところが――注意すべきは《ヴァジェラ》だ」
全機へ視線を送る。
「アンジュ。君は量産機と共にデクノイドを牽制しつつ、新型機を抑えてくれ」
「了解!」
「ルイス君。君は《ゲネル》を」
僅かに間を置く。
「……再生能力には、特に気を付けるように」
「…………はい」
短い返答。
だが、その声には確かな覚悟が宿っていた。
アンジュが、アイザックを見た。
「…で、アンタは?」
アイザックは、ふっと笑う。
「もちろん――」
エンプレスの双眸が輝いた。
「大将首を狙うさ」
その視線の先。
漆黒の巨兵。
両者の殺気が、空中で激突する。
――モディアス王国・中央整備ドック――
その頃。
地上では、もう一つの戦いが続いていた。
巨大設計モニター。 空間投影された立体フレーム図。 高速で切り替わる演算式。
中央整備ドック全体が、凄まじい熱気に包まれている。
ココルは、猛烈な速度で設計作業を進めていた。
無数の設計ウィンドウを同時展開し、片手で操作盤を叩きながら、もう片方の手で即座に修正を書き込んでいく。
「……まだ始まらんのう」
上空を見上げ、小さく呟く。
匠もまた、作業の手を止める事なく空を見上げていた。
「互いに牽制し合ってるんだと思う」
だが。
いつ戦闘が始まっても、おかしくない。
それは二人とも理解していた。
空気そのものが、戦争前夜のように張り詰めている。
そして――
ココルが勢いよく立ち上がった。
「よしッ!!」
巨大モニターへ、新たな設計図が映し出される。
鋭角的なシルエット。 極限まで軽量化されたフレーム。 背部へ集中した超大型推進ユニット。
「一体目の設計、終わったぞい!!」
匠が即座に頷いた。
「……うん! 頼む!」
次の瞬間。
ドック奥に設置された巨大装置――《プラーバ鋼製作機》が起動した。
ガッシャァァァンッ!! ガッシャァァァン!!
轟音と共に、製造機が唸りを上げる。
蒼い光。 超高熱の火花。 膨大なエネルギーが空間を震わせた。
製作機内部から、ランナー付きのパーツ群が次々と吐き出されていく。
まるで。
命そのものを鋳造しているかのようだった。
新たなネンドールが、今まさに生み出されようとしている。
匠は、拳を強く握り締めた。
(頼む……)
脳裏に浮かぶ。
アンジュ。 アイザック。 ルイス。 ジュリア。
そして――戦場で戦う全員の顔。
(完成するまで……)
強く願う。
(何とか持ち堪えてくれよ……みんな……!)
その瞬間だった。
――ボォォォォォンッ!! ドガガガァーッ!
王国上空に、凄まじい轟音が響き渡る。
空気が揺れた。
戦争が――始まった。
ココルが上空を見上げる。
「……ようやく始まったようじゃの」
だが、その手は止まらない。
凄まじい速度で設計データを叩き込み続けていた。
一方。
匠は、製造されたばかりのフレームへ高速でパーツを組み込んでいく。
迷いが無い。
まるで、
最初から完成図が頭の中に存在しているかのようだった。
パキッ!! カチンッ!! ギュィィィン……!!
各部フレームが高速接続されていく。
通常なら数日は掛かる工程。
だが匠は、それを圧倒的速度で完成させていた。
そして――
「……よし」
最後の胸部装甲が装着される。
「一体目、完成……!」
ココルの目が大きく見開かれた。
「なっ……!?」
思わず絶句する。
「なんとまぁ……」
眼前に立つ、新型ネンドール。
鋭い流線型。
極限まで無駄を削ぎ落とした高機動フレーム。 背部には巨大な多重推進翼。
今までのネンドールとは、設計思想そのものが違っていた。
「これほど異質なフレームを……この短時間で完成させるとは……」
ココルの背筋に、震えが走る。
(ここ数日……)
匠を見る。
(確かに、匠の中で何かが変わった)
ユグとの邂逅。
黒い意識との接触。
創造主としての覚醒。
だが――
(ここまでとは……)
創造速度。
設計発想。
構築精度。
全てが、以前とは比べ物にならない。
まるで。
何か別次元の領域へ足を踏み入れ始めているようだった。
匠は、新型機を見つめながら静かに呟く。
「超高機動特化型ネンドール……《メテオール・リンクス》」
ココルが、その名を反芻する。
「……メテオール・リンクス……」
「うん」
匠が頷く。
「“メテオール”――流星って意味」
新型機の推進翼を指でなぞる。
「推進力は、カイザーやエンプレスの数十倍」
ココルの目が細くなる。
「うむ…」
「ワープ航法機構も積んでいる」
「これには、ワシも設計しながら驚かされたわい…。」
「さらに、《幻影散弾》による広域識別攻撃も可能」
ココルは思わず息を呑んだ。
高速戦闘。
瞬間転移。
幻影攪乱。
広域殲滅。
完全に。
“戦場を支配するため”の機体だった。
「……リンクスと言うたら」
ココルが視線を向ける。
匠は静かに頷いた。
「うん」
「D.L.Sと、カイザーのマナストーンを使う」
その言葉に、ココルの目が見開かれる。
「なんじゃと……!?」
D.L.S。
かつてココルが設計し匠が創り上げた、新機構のコックピット。
そして匠の相棒、カイザーのマナストーン。
カイザーの“心”とメテオールの“体”、その二つを融合させる。
つまりそれは――
「お前さん……最初からこれを想定しておったのか……?」
匠は答えない。
ただ。
ユグドラシルとの対話の時にジンクスと創り出した機体がそれだった。
そして匠は、静かに二体目の設計図へ視線を向けた。
「あとは……二体目だ」
ココルも視線を向ける。
そこには。
先程とは比較にならない量のパーツ群が積み上がっていた。
製作機が悲鳴のような駆動音を上げ続けている。
ココルが乾いた笑みを漏らした。
「……ははは」
額の汗を拭う。
「さすが“切り札”と言ったところか……」
匠は、膨大なパーツ群を見つめながら呟く。
「でも……」
拳を握る。
「これを創り上げない限り……」
勝てない。
その言葉を、飲み込んだ。
上空では、既に戦争が始まっている。
仲間達が命を懸けて時間を稼いでいる。
ならば。
自分は創るしかない。
創造主として。
仲間を勝たせるために。
ココルが、ニヤリと笑った。
「よし!」
匠の肩をポンと叩く。
「メテオールとD.L.Sの同期接続は、わしがやっておく!」
匠を見る。
「お前さんは、二体目の組み上げを急げ!
「……うん!」
匠は即座に駆け出した。
胸の鼓動を高鳴らせ、膨大なパーツ群の山へ。
王国の未来を賭けた、“最後の切り札”を完成させるために――
-つづく-。




