第55話 戦 前― 白獅子の継承と、創造主の“切り札” ―
第55話
戦 前― 白獅子の継承と、創造主の“切り札” ―
――モディアス王国・格納ドック――
重厚な警告灯が、赤く明滅していた。
巨大格納ドック内部では、無数の整備兵たちが慌ただしく駆け回っている。
運び込まれる弾薬。 調整される魔導炉。 響き続ける金属音。
迫る決戦。
王国全体が、戦争へ向けて鼓動を早めていた。
その一角。
球体型ポッドの内部で、アンジュは静かに計器類を確認していた。
蒼白いモニター光が、彼女の横顔を照らしている。
「出力正常……リンク率問題なし……」
淡々と確認作業を進める。
その姿は、いつもの軽口混じりのアンジュとは違う。
完全に“戦士”の顔だった。
だが――
「おや」
不意に、ポッド外から声が掛かった。
アンジュが眉をひそめる。
「……何か用?」
視線を向けると、そこには苦笑交じりのアイザックが立っていた。
長身を壁に預け、いつもの余裕ある笑みを浮かべている。
「あー……いや」
頭を掻きながら、少し困ったように笑う。
「先程のイリアの件でね」
「兄として、代わりに謝っておこうと思って」
アンジュは、一瞬ぽかんとした後――
ふっと鼻で笑った。
「平気よ、別に」
肩をすくめる。
「全然気にしてないわ」
そして、小さく視線を逸らした。
「それに……あの子が、どうしてあんな事したのかも分かるし…」
アイザックは、静かに目を細める。
「そうか…」
少しだけ安心したようだった。
次の瞬間。
彼は、いつもの調子に戻る。
「あとそれと…」
「戦いの前に、美しい君の顔を見ておきたくてね」
「はぁーっ!?」
アンジュは、呆れた顔でアイザックを見た。
「ったく……!」
「“武漢”様は随分余裕がお有りのようですねぇ!?」
アイザックは、くすりと笑う。
「そうだね」
「君の何万倍かは余裕があるかな」
「言ったわね……!」
アンジュは、顔を引きつらせながら睨んだ。
「余裕かまして、足元掬われないようにしなさいよ!」
「肝に銘じておくよ」
アイザックは肩をすくめながら、軽く手を振った。
そして、そのまま去っていく。
だが。
背を向けたまま、小さく呟いた。
「……無事でいてくれ、アンジュ」
その声は、彼女には届かないほど小さかった。
アンジュは、去っていく背中をしばらく見つめ――
ふっと表情を緩める。
(……ありがとね、アイザック。)
声には出さず、胸の中だけで呟いた。
そして再び、前を向く。
迫る決戦へ向けて。
戦士として。
覚悟を固めるように。
◇
――モディアス王国・中央整備ドック――
「――よしっ!!」
突然、勢いよく声が響いた。
「出来たぁぁっ!!」
整備ドックの奥。
作業台の前で、匠が両手を突き上げていた。
その隣では、ココルが瞬きをしながら驚いた顔で匠を見ていた。
「……はぁぁ……」
「毎度毎度、とんでもないモン作りおって……」
だが、その顔には確かな高揚があった。
匠の前。
そこに置かれていたのは――
白銀と蒼のネンドール。
王者の風格を纏うシルエット。 肩には、巨大なハンマーを担いでいる。
それは。
かつてルイスの父が駆った《ヴァルヴァレオン》の意志を継ぐ機体。
だが同時に――
新たな未来を切り開くための、新世代機だった。
匠は、模型サイズのネンドールを両手で持ち、
そして、ルイスへ差し出した。
「ルイス」
優しく笑う。
「君のお父さんの機体を参考にして創った」
一拍。
「その名は――《ヴァルテリオン》」
ルイスの目が、大きく揺れる。
「ヴァル……テリオン……」
震える手で受け取る。
その瞬間。
模型サイズだった機体が、淡く白銀に輝いた。
まるで、持ち主を認識したかのように。
「これが……私の……」
喉が震える。
「“相棒”……」
ルイスは、壊れ物を扱うように、そっと胸へ抱き寄せた。
次の瞬間。
ぽろり、と涙が零れ落ちる。
「……っ」
唇を噛み締めながら、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「本当に……!」
その声は、震えていた。
失ったものは戻らない。
父も。
祖国も。
かつての日常も。
だが。
それでも。
再び“前へ進む力”を、今、彼は手にしたのだ。
ココルが腕を組みながら笑う。
「ホント、お前さんの創造力には毎回驚かされるわい」
「こんな短時間で、ここまで仕上げるとはのぉ」
匠は少し照れ臭そうに笑った。
「今回は、特別な機能も付けたからね」
「特別な……機能?」
ルイスが首を傾げる。
するとココルが、ニヤリと笑った。
「まぁ、それは実際に乗ってからのお楽しみじゃ」
「えっ!?」
ルイスが慌てる。
匠も、いたずらっぽく笑った。
「絶対気に入ると思うよ」
ユグの声が、匠の意識へ響く。
《タノシミ! タノシミ!》
匠は、小さく笑みを零した。
だが――
その直後。
「……あ、そうだ」
匠が、何かを思い出したように作業台へ向かう。
そして。
二枚の設計デザイン画を取り出した。
「ココル」
「ん?」
「これも、設計お願いできる?」
ココルは受け取った瞬間――
「……っ!?」
目を見開いた。
「こ、これは……!」
そこに描かれていたのは。
既存のネンドールとは、明らかに異なる設計思想。
一つは、異常なまでに高機動特化された新型機。
そして、もう一つ。
それは――
「お前さん……まさか……」
ココルの声が僅かに震える。
匠は、静かに笑った。
「うん」
「次の戦い……きっと、今まで以上に厳しくなる」
その瞳に、迷いはない。
「だから」
「皆を守るために、“切り札”を作っておきたいんだ」
ココルは、しばらく無言で設計図を見つめていた。
そして――
深く、深く笑う。
「……ったく」
「お前さんは、本当に“創造主様”じゃのぉ」
匠は、少し困ったように笑った。
「だから、その呼び方はやめてって」
「ははっ!無理じゃな“創造主様”」
ココルは豪快に笑い飛ばす。
その時だった。
整備ドック全体に、警報音が響き渡る。
『――長距離索敵反応確認』
『未確認艦隊、超空間航路へ侵入』
『進路――モディアス王国方面』
空気が、一瞬で変わった。
兵士たちが顔を上げる。
匠も、ルイスも、ココルも。
全員がモニターを見た。
赤い警告表示。
迫り来る“黒”。
そして。
遠く宇宙の闇の中。
巨大戦艦《黒帝》が、ゆっくりと牙を剥こうとしていた。
――つづく――




