第53話 白獅子 ― 王子に宿る“黒い音色” ―
第53話
白獅子 ― 王子に宿る“黒い音色” ―
――モディアス王国・中央整備ドック――
重厚な金属音が、絶え間なく空間を震わせていた。
巨大クレーンが資材を吊り上げ、整備兵たちが怒号を飛ばし合う。
迫り来る決戦に備え、中央整備ドック全体が戦場のような熱気に包まれていた。
その一角――。
臨時設置された戦術解析ブースでは、匠、ココル、そしてルイスが、巨大モニターに映し出された映像を見つめていた。
そこに映るのは――ジョルドブルンクス王国壊滅戦。
崩れ落ちる城壁。
燃え上がる街。
空を覆う黒煙。
そして。
無慈悲な黒き悪魔――《ヴァジェラ》。
轟音。
閃光。
爆発。
ココルが、険しい顔で腕を組んだ。
「……何度見ても胸糞悪い映像じゃの」
低く吐き捨てる。
「あやつらの所業には、虫唾が走るわい……」
その視線が、隣に座るルイスへ向く。
「ルイス王子には……辛い映像かもしれんがの」
ルイスは膝の上で拳を握り締めながら、静かに首を横へ振った。
「……いいえ」
震える声。
だが、その瞳は逃げていない。
「創造主様のお役に立てるなら……」
匠は、その言葉を聞きながらも返事をしなかった。
視線は、ずっと映像へ向けられている。
特に――。
ヴァジェラの戦闘シーン。
何度も。
何度も。
繰り返し再生していた。
「…………」
脳裏に蘇る。
旧モディアス王国。
崩壊。
暴走したユグドラシル。
あの時の、どうしようもない絶望。
(次の戦闘……)
匠は静かに考える。
(戦力だけなら……確かに、こっちが有利だと思う)
リンクス。
シルヴィアンジュ。
エンプレス。
さらに、王国防衛設備も強化された。
だが――。
胸の奥に、消えない引っ掛かりが残っていた。
(何だろう…ルイス王子のモノなのか…別の何かなのか…)
ルイスを見る。
父を失い。
国を失い。
全てを奪われた王子。
その悲しみが、もし“復讐”へ変わったら――。
(もし俺が、新しい力を与えたことで……)
脳裏をよぎる。
黒い意識。
憎しみ。
争い。
(また、新しい悲劇を生むことになったら……?)
その時だった。
映像の中、ある一点で視線が止まる。
「……王子」
静かに問いかける。
「この機体は……?」
画面に映っていたのは――巨大な白い機体だった。
全身は傷だらけ。
無数の砲撃痕。
片腕は崩れ、装甲は焼け焦げている。
それでも。
その機体は、最後まで城門前に立ち続けていた。
まるで――。
“盾”のように。
ルイスの瞳が、大きく揺れる。
「……それは」
息を呑む。
「父上バルガス王の専用機……《ヴァルヴァレオン》です」
誇りと悲しみが入り混じった声だった。
「我が国の国旗――白獅子をモデルに製造された機体です」
映像が切り替わる。
そこには。
デクノイドの残骸の山。
そして。
巨大な大槌を支えに、力尽きたように立つ《ヴァルヴァレオン》。
最後の最後まで、城を守り続けた姿。
匠は、静かに呟いた。
「……一人になっても」
「守ってたんだね……」
ルイスの肩が震える。
「……はい」
唇を噛み締める。
「父上は……豪傑で……」
声が掠れる。
「誰よりも、王国を愛していた人でした……」
今にも涙が零れそうだった。
だが。
ルイスは、必死に堪えている。
その時、匠の脳裏にジンクスの言葉が過った。
『――選び続けろ』
『どっちが正しいかじゃねぇ』
『何を背負うかだ』
『それがお前の強さだ』
匠「…❗」
ルイスを見つめながら、匠はゆっくり立ち上がった。
「……王子」
「は、はい?」
「両手を……出してくれる?」
ルイスが戸惑いながら、そっと両手を差し出す。
匠は、その手を優しく握った。
そして――静かに目を閉じる。
(咄嗟の思い付きで出来るかどうかは分からない……)
胸元の蒼いマナストーンが、淡く輝き始める。
(でも……)
ユグドラシルとの対話。
黒い意識との接触。
あの経験が、匠の中に確かな“変化”を残していた。
(ルイス王子の“音色”が……聞こえるかもしれない)
《……ウン》
頭の中に響く、幼い声。
《タクミ……ヤッテミヨウ》
「……ああ」
その瞬間――。
2人の身体が、淡い蒼色の光に包まれた。
ココルの目が見開かれる。
「……っ!?」
空気が変わる。
匠の周囲だけ、まるで聖樹の下にいるような静謐さが広がっていた。
(なんじゃ……この感覚……)
ココルの背筋に、ぞくりとしたものが走る。
(まるで……“浄化”……?)
次の瞬間。
匠とユグの意識が、ルイスの内側へ潜り込む。
――暗い空間。
冷たい。
寂しい。
そこには、悲しみと喪失が渦巻いていた。
そして。
その奥。
ほんの僅かだが――確かに存在する“黒”。
黒い靄。
黒い音色。
《……タクミ》
ユグが不安そうに呟く。
《クロイ……》
匠は静かに頷いた。
「……うん」
その瞬間だった。
一瞬だけ。
黒い靄の奥で――。
“誰か”が笑った気がした。
「――っ!?」
だが、次の瞬間には消えていた。
匠はゆっくりと左手を伸ばす。
すると――。
蒼い光が、黒い靄を優しく包み込んだ。
ジュゥゥ……
嫌な音を立てながら、靄が溶けていく。
《……!》
ユグが驚く。
《スゴイ!》
《クロイネイロ……キエタ!》
匠自身も驚いていた。
(……出来た)
(俺……こんな事まで……)
だが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ。
“自然”だった。
やがて意識が、ゆっくり現実へ戻る。
匠は静かに目を開けた。
「……王子」
「は、はい……!」
「今、気分はどう?」
ルイスは、ぱちぱちと瞬きをした後――驚いたように胸へ手を当てた。
「……え……」
深く、息を吸う。
「なんだか……身体も」
「気持ちも……軽いです……」
匠は、静かに頷いた。
(やっぱり……)
(黒い意識が、復讐心の隙間に入り込んでたんだ……)
ココルは、じっと匠を見ていた。
「……匠」
「ん?」
「お前さん……」
言いかけて、止まる。
今はまだ、聞くべきではない。
そんな気がした。
ココルは誤魔化すように咳払いした。
「……いや、なんでもないわい」
そして、ニヤリと笑う。
「それで?」
「ルイス王子のネンドールは、どうするんじゃ?」
匠は、少しだけ目を閉じた。
ジンクスの言葉。
ユグの想い。
ルイスの涙。
全てを胸に――。
ゆっくりと頷く。
「……うん」
そして、真っ直ぐルイスを見た。
「“創造”しよう」
その瞬間。
《ソウゾウ! ソウゾウ!》
ユグも嬉しそうだった。
ルイスの目に、一気に涙が溢れた。
「……っ!」
立ち上がり、勢いよく匠の両手を握る。
「ありがとうございます……!」
「創造主様……!!」
「うわっ!?」
匠が慌てる。
「お、王子……その“創造主様”ってのやめない?」
照れ臭そうに頭をかく。
「匠でいいよ」
ルイスは、一瞬目を丸くし――。
次の瞬間。
嬉しそうに笑った。
「……はい!」
「それなら、私のことも“ルイス”と呼んでください!」
「え?」
「対等な……共に戦う仲間として……!」
その言葉に、匠は少し驚き――。
そして、柔らかく笑った。
「……分かった」
右手を差し出す。
「よろしく、ルイス」
ルイスも、強くその手を握り返した。
「はい!」
「よろしくお願いします、匠!」
二人の握手を見ながら、ココルは静かに笑う。
(……なるほどの)
(お前さんは、“力”で繋ぐんじゃない)
(“心”で繋ぐ創造主か)
ココルは、大きくスパナを肩へ担ぎ上げた。
「よし!」
豪快に笑う。
「そうと決まれば――“創造”開始じゃ!!」
匠も、強く頷く。
「うん!」
ルイスも、力強く返事をした。
「はい!」
次の戦いへ向けて。
新たな“絆”が生まれた。
だが――。
匠の胸の奥には、まだ消えない違和感が残っていた。
あの黒い音色。
最後に聞こえた、誰かの笑い声。
それが何を意味するのか――。
まだ、誰も知らない。
――つづく――




