第51話 音色 ―瞳の奥に宿るもの ―
第51話
音色 ―瞳の奥に宿るもの ―
――モディアス王国・戦艦停泊区域――
白亜の戦艦が、ゆっくりと停泊区域へ降下していく。
重低音が空気を震わせ、巻き上がった風が王国旗を大きく揺らした。
その光景を、モディアス王国の中枢メンバーたちは静かに見上げていた。
ジャワディー。 ジュリア王女。 ノブロコフ。 ココル。 アンジュ。
誰もが、“次”を理解していた。
ジョルドブルンクス王国は滅んだ。
ならば次は――。
「……来たか」
ジャワディーが低く呟く。
戦艦のハッチが、重々しい音と共に開いた。
最初に姿を現したのは、トラインザスター王国第一王子――アイザック・ルークスター。
続いて、イリア・ルークスター王女。
そして最後に、包帯を巻いた青年が姿を見せる。
ジョルドブルンクス王国王子――ルイス・ハーゼン。
王族でありながら、その顔には既に“国を失った者”の影が刻まれていた。
停泊区域に、重い沈黙が落ちる。
誰も、軽々しく歓迎の言葉を口にできなかった。
そんな空気を破ったのは――イリアだった。
「ジュリアーっ!」
ぱっと表情を明るくし、手を振る。
「久し振り! 体の具合どう?」
ジュリアは、わずかに驚いたあと、小さく微笑んだ。
「ありがとうございます……。 あなたは“出稽古”の帰りだったのでしょう?」
「なぁに! 私とあなたの仲じゃなぁいっ!」
イリアは笑い飛ばす。
「それに――ちょっと“試したい事”もあるしね♪」
「試したい事……?」
「それは後で!」
イリアは悪戯っぽくウインクした。
その明るさが、張り詰めた空気を少しだけ和らげる。
アイザックは静かに一歩前へ出た。
「紹介が遅れたね…」
ルイスへ視線を向ける。
「こちらがジョルドブルンクス王国、ルイス・ハーゼン王子」
ジャワディーは深く頷いた。
「ルイス王子……よくぞお越し下さいました」
その声音には、王族としての敬意があった。
「王国とお父上の件、心よりお悔やみ申し上げる」
ルイスは、小さく肩を震わせる。
だが何も言わず、ただ深々と頭を下げた。
アンジュがイリアへ歩み寄る。
「イリア……久し振りね。 元気にし――」
シュッ!!
空気を裂く音。
次の瞬間、イリアの鋭い上段蹴りがアンジュへ炸裂した。
――ガシッ!!
だが。
アンジュは、微動だにせず片腕だけで受け止めていた。
「……人が…挨拶してる途中…だよ…ねぇ?」
額に青筋を浮かべるアンジュ。
イリアは楽しそうに笑う。
「へぇ~? 少しはヤルようになったじゃなぁい♪」
「表、出る?」
「“表”だよぉ…ここぉ…。」
バチバチと火花が散る。
アイザックが慌てて割って入った。
「まぁまぁまぁ!! ここで始めないで!?2人とも!ねっ!」
ノブロコフも必死に頷く。
「そ、そうですぞ! 円卓の間へ! まずは会議を!」
こうして一行は、王宮へ向かうことになった。
――モディアス王国・王宮《円卓の間》――
重厚な扉が閉じられる。
その瞬間、空気が変わった。
円卓の中央に浮かぶ映像。
そこに映し出されているのは――
崩壊したジョルドブルンクス王国。
焼け落ちた街。
瓦礫。
炎。
そして。
ヴァジェラ・ジャネス。
絶望そのもののような光景だった。
誰も、口を開けない。
あまりにも重い現実。
アイザックが静かに映像を消した。
「……以上が、現在確認されている状況です」
静寂。
円卓の空気が、さらに張り詰める。
アイザックは、全員を見渡した。
「もし、敵の狙いがルイス君の持つ秘宝だとするなら――」
そこで一度、言葉を切る。
「次の戦場は……ここ、モディアス王国になるでしょう」
その一言で、空気が完全に変わった。
アンジュが腕を組む。
「来るなら返り討ちにするだけよ」
ココルが鼻を鳴らす。
「言うのは簡単じゃがのぉ…」
アイザックは続けた。
「戦力自体は十分にある」
静かに並べる。
「私の《エンプレス》。 アンジュの《シルヴィアンジュ》。 そして匠君の《リンクス》」
その名前に、ルイスの表情が僅かに揺れた。
「だが――」
アイザックの瞳が鋭くなる。
「あのジャカランダ率いるネンドールとデクノイドの大軍勢だ。 油断はできない…。」
その時だった。
「あの……」
ルイスが、静かに口を開く。
全員の視線が集まる。
「“創造主様”は……いらっしゃらないのですか?」
アンジュが眉をひそめた。
「そういえば、アイツ朝から見てないわね」
ココルが顎に手を当てる。
「大神木の方へ向かったという話は聞いておるがの…」
「ほんっと!どこほっつき歩てんだか……」
アンジュが呆れたようにため息を吐いた。
――その時。
ルイスが、静かに目を閉じた。
空気が変わる。
「……?」
イリアが首を傾げる。
ルイスは集中するように秘宝に手を翳した。
そして。
「……来ます」
ぽつりと呟く。
「5」
円卓に緊張が走る。
「4……3……」
ノブロコフが目を見開いた。
「ま、まさか……!」
「2……1――」
ガチャ……
重厚な扉が開いた。
「す、すみません!」
そこに現れたのは――匠だった。
少し息を切らしながら、辺りを見回す。
「皆さん集まってるって聞いて、急いで――」
だが。
途中で言葉が止まる。
全員が、自分ではなく――ルイスを見ていたからだ。
「え……?」
困惑する匠。
ノブロコフが感嘆混じりに震える。
「おお……!」
「これが……“千里眼”……!!」
ざわめきが走る。
だが、ルイス本人は真っ直ぐ匠を見つめていた。
そして――立ち上がる。
「創造主様!」
勢いよく駆け寄り、深く頭を下げた。
「お願いがあります!」
「え……?」
匠が戸惑う。
ルイスは顔を上げた。
その瞳には、確かな覚悟が宿っていた。
「私に――ネンドールを創造してください!」
空気が止まる。
「………。」
アンジュは黙って聞いていた。
ココルも腕を組み片眉を上げた。
「うむぅ……」
だがルイスは怯まない。
「私は……王国と…父上の仇を討ちたい……!」
拳を強く握る。
「そして――皆さんと共に戦いたい!」
その声は震えていた。
怒りではない。
恐怖でもない。
“失った者”だけが持つ、必死の願いだった。
匠は、何かを言おうとする。
だが――
胸元のペンダントが、微かに脈打った。
ドクン――
蒼いマナストーンが、淡く光る。
《……タクミ》
頭の中に響く声。
ユグだった。
《コノヒト…トテモ…イイヒト》
匠は、僅かに目を細める。
だが。
続く言葉が、胸に引っかかった。
《……デモ》
《アイツト……オナジ……ネイロガ…キコエル》
「……っ」
匠の表情が曇る。
ジャワディーが気付いた。
「どうした?」
匠は、すぐには答えない。
ルイスを見る。
優しい目。
真っ直ぐな願い。
だが、その奥。
何かが――見えない。
ユグが感じた違和感。
それが、胸に残り続ける。
「……少し」
匠がゆっくり口を開く。
「少し考えさせてくれないかな?」
その瞬間。
アイザックが、僅かに目を細めた。
「…匠君」
静かな声。
「今は急を要する状況だ…考えている時間は…」
そう言いながら――
匠と視線が交わる。
そして。
アイザックの言葉が止まった。
「……っ⁉️」
違和感。
今までの匠とは、何かが違う。
雰囲気。
立ち方。
視線。
以前の匠が持っていた“迷い”が――薄い。
代わりに。
芯のようなものが、そこにある。
(……変わった)
アイザックは、静かに思う。
(いや……変えられた、のか……?)
ユグドラシルとの対話。
死線。
そして、“継承”。
その全てが――
匠を変え始めている。
アイザックは、小さく息を吐いた。
「……分かった」
微笑む。
「“創造主様”がそう言うなら、待とう」
小さく笑う。
するとココルが口を開いた。
「だが…戦力は多い方がよい、」
匠へ視線を向ける。
「お前さんも事情が分からんじゃろ。まずはルイス王子と話してみぃ」
ニヤリと笑う。
「設計だけしてみるのもアリじゃろ」
匠は、小さく頷いた。
「ああ……分かった」
その時。
イリアが立ち上がる。
「じゃ、私はジュリア借りるねー♪」
「えっ?」
ジュリアの手を掴み、そのまま部屋を出ていく。
「ちょ、イリア!?」
騒がしい足音が遠ざかる。
だが。
残された者たちの空気は重いままだった。
ジャワディーが、静かに立ち上がる。
「…それでは各員、迎撃準備を」
低い声が響く。
「次の戦いは、近い」
誰も、否定しなかった。
それぞれが。
それぞれの想いを抱え。
迫り来る“次”へ備え始める。
そして――
誰も気付いていなかった。
ルイス・ハーゼンの瞳の奥で。
一瞬だけ。
黒い光が、揺らいだことを。
――つづく――




