第50話 継承 ― 残された温もりと、終わらぬ脈動 ―
第50話
継承 ― 残された温もりと、終わらぬ脈動 ―
――モディアス王国・聖樹のほとり――
地上へ戻った瞬間。
匠は、大きく息を吸い込んだ。
肺を満たす空気が、軽い。
あの地下深層で全身を押し潰していた重圧が、嘘のように消えていた。
だが――
胸の奥には、まだ確かな“重み”が残っている。
「……終わった……のか……?」
自分に問いかけるように呟く。
返事はない。
ただ、聖樹を揺らす優しい風だけが、静かに吹き抜けていった。
匠は、ゆっくりと目を閉じる。
すると――
意識の奥に、ひとつの気配が現れた。
「……ジンクス?」
振り返る。
そこにいたのは――
いつものように気だるそうな顔で立つ、ジンクス・ハーティスだった。
「お疲れさん!」
軽く手を挙げる。
「ったく、ヒヤヒヤしたぜ」
匠の頬が、少しだけ緩む。
「ありがとう……」
小さく笑う。
「また……ジンクスに助けられちゃったね……」
ジンクスは肩をすくめた。
「なぁに、気にすんな」
首を鳴らす。
「こっちはこっちで、気持ちよく寝てたところを“ご先祖さん”に叩き起こされてな」
ニヤリと笑う。
「目ぇ開けたら、お前が食われかけてたってだけの話だ」
「はは……」
力の抜けた笑いが漏れた。
だが、その笑いの奥には確かな安堵がある。
「……それが、本当の姿なんだね」
「ああ」
ジンクスは、どこか誇らしげに頷いた。
「初めて見ただろ?」
一歩、近づく。
「これからもよろしくな、“創造主”」
匠は、しっかりと頷いた。
「ああ……これからもよろしく“サウザンドブレイカー”」
「へへっ…。」
ジンクスは、照れくさそうに笑った。
その瞬間。
ジンクスの身体が、ゆらりと揺らいだ。
輪郭が、薄くなる。
「あー……もう時間か」
少しだけ寂しそうに頭を掻く。
「……ジンクス」
呼び止める匠。
ジンクスは背を向けたまま、ひらりと手を上げる。
そして――
一度だけ振り返った。
その目は、今までで一番真剣だった。
「最後に一つだけ言っとく」
空気が静まる。
「――選び続けろ」
匠の鼓動が、強く鳴った。
「どっちが正しいかじゃねぇ」
「何を背負うかだ」
静かに。
だが確かに、その言葉は胸に刻まれる。
「それがお前の強さだ」
ジンクスは笑う。
「だから、自分を信じろ」
次の瞬間――
光が溢れた。
「じゃあな」
その姿は、光の粒となって消えていく。
「……ああ……」
匠は、しばらく動けなかった。
そこに“いるはずの気配”が――もう、ない。
静かな喪失。
だが、不思議と嫌なものではなかった。
「……またね」
小さく呟く。
その時だった。
――カラン……
乾いた音。
何かが、足元に落ちた。
「……?」
視線を落とす。
そこにあったのは――
「……これ……」
拾い上げた瞬間、胸が強く鳴った。
見覚えのある装飾。
繊細な金細工。
「ジゼルの……ペンダント……」
指先が、わずかに震える。
脳裏を過る。
短い時間だったが長い月日を共に過ごした感覚だった。
「……ジゼル……」
その瞬間。
胸ポケットの中で、何かが反応した。
取り出す。
透明だったマナストーン。
それが――
ゆっくりと、蒼く染まり始める。
深く。
澄み渡るような蒼。
まるで、命そのもののように脈打ちながら。
導かれるように。
マナストーンは、ペンダントへと吸い込まれていく。
カチリ――
静かな音。
だが、その瞬間。
世界が、微かに震えた。
『ワァイワァイ! コレデ、ジゼルト、イッショ!』
「――!」
匠の目が見開かれる。
幼く、無邪気な声。
「……ユグ……?」
ペンダントの中心で、蒼い光が小さく揺れていた。
「……そうか」
匠は、静かに息を吐く。
「お前……そこにいるのか……」
そっと握る。
温かい。
確かな“鼓動”。
「……良かったな」
目を細める。
「これで……“ずっと一緒”だ……」
ペンダントが、嬉しそうに小さく明滅した。
匠は、その場に立ち尽くした。
まるで――
何かを待つように。
何かを探すように。
だが。
もう、あの声は聞こえない。
もう、あの姿も見えない。
「……本当に……行っちゃったんだな……」
ぽつりと漏れる。
返事はない。
それでも。
「……見てるんだよな」
空を見上げる。
すると――
風が、優しく吹いた。
まるでそれに応えたかのように…。
「……ああ」
匠は、小さく頷く。
「……またな、ジゼル」
別れを受け入れる。
いつかまた会えると、信じながら。
そして――
歩き出した。
「……さぁ、帰るか」
王都へ向かって。
――モディアス王国・戦艦停泊区域上空――
白亜の戦艦が、ゆっくりと降下していく。
空を見上げる民衆。
王都全体が揺れるほどの湧き上がる歓声。
だが、その奥には――
まだ消えない“不安”があった。
誰もが理解している。
これは、終わりではない。
――現代日本・オフィス近くの公園――
「……ん……」
ベンチの上。
匠がゆっくりと目を覚ました。
「……ふぁ……」
眠そうに伸びをする。
「……寝ちまったか……」
だが、その表情が僅かに曇る。
「あれは……夢……か?」
違う。
すぐに分かった。
確信がある。
「……ユグドラシル……ジゼル……そして匠……」
全てが、繋がる。
「…そうか…そういう事だったのか……」
小さく笑う。
だが、その笑みはすぐに消えた。
鞄からヴレイヴァーを取り出す。
その瞬間。
「……?」
異様な違和感。
冷たい。
まるで、死体に触れたような感覚。
パキッ……
微かな亀裂音。
「……っ!?」
装甲に、ヒビ。
そして――
内部のマナストーンが露出する。
「……なんだ……これ……」
それは。
黒く、濁っていた。
光を失っている。
――いや。
違う。
その奥で。
ドクン……
“何か”が、脈打った。
「……っ……!」
背筋に、冷たいものが走る。
これは、残骸じゃない。
生きている。
まだ――終わっていない。
「……そうか……」
ジンクスが、低く呟く。
「半分……こっちに来ちまったのか……」
その瞬間。
公園の空気が、微かに歪んだ。
――遥か昔・遥か宙域――
漆黒の宇宙。
そこに浮かぶ、巨大戦艦。
《黒帝》。
禍々しい黒い装甲に包まれた、その艦橋。
窓の向こう。
虚空に、一つの“何か”が漂っていた。
全身焼け爛れ…
四肢を失い。
それでもなお。
凄まじい“憎悪”を放つ男。
「ねぇ、ママぁ」
幼い声。
「なんかいるよぉ〜」
妖艶な女が、クスリと笑う。
「あらぁ……」
細められた瞳が、その男を見つめる。
「……あんな状態でも、凄い憎悪」
唇を舐める。
「しかも……私好みの、いい男……♡」
「ねぇねぇ!」
無邪気な声が跳ねる。
「ぼく、アレ飼いたぁい!」
女は、ゆっくり首を振った。
「ダメよぉ」
妖しく笑う。
「ペットにするには――勿体ないわ」
そして。
楽しそうに。
こう告げた。
「“新しいパパ”にしましょ♡」
「えぇっ!? 新しいパパぁ!?」
子供のような歓声。
「やったぁぁ!! ママ最高ぉ!!」
――その瞬間。
宇宙の闇の中で。
男の瞳が、微かに開いた。
赤黒い光が――灯る。
物語は今。
さらに深い“闇”へと、動き始めていた。
――つづく――




