第49話 再生 ― それでも繋ぐ“鼓動” ―
第49話
再生 ― それでも繋ぐ“鼓動” ―
――モディアス王国・地下深層封印空洞――
重い。
空気ではない。
“世界そのもの”が、匠を押し潰そうとしていた。
膝が笑う。
呼吸が浅い。
視界は、黒に侵されていく。
それでも――
「……まだ……終わって……ない……」
一歩。
踏み出した、その瞬間。
右腕の感覚が、消えた。
「……っ……」
視線を落とす。
そこにあったはずの腕は――
黒に侵食され、輪郭を失い、崩れ始めていた。
指先が、砂のようにほどけていく。
(……消える……)
(俺が……俺じゃなくなる……)
『フフフ…ソウダ…コワレロ……』
低い声。
頭の奥に直接、染み込んでくる。
『……オマエモ……ラクニナレ……』
甘く、冷たい囁き。
意識が、引きずり込まれる。
だが――
「……ふざけるな……!」
膝をつく。
それでも、倒れない。
拳を握る。残った左手で。
「俺は……逃げない……」
ゆっくりと顔を上げる。
その先に――
ユグドラシル。
巨大な存在が、こちらを見下ろしていた。
『……ナゼダ……』
その声は――
怒りではなかった。
迷い。
揺れている。
だから、匠は踏み出した。
「お前が……まだ迷ってるからだろ……」
『……』
「全部壊すつもりなら……」
一歩。
「そんな顔、するなよ……」
沈黙。
ユグの瞳が、大きく揺れる。
だが――次の瞬間。
『……ジゼルハ……コロサレタンダァァァ!!』
絶叫。
空間が、軋む。
衝撃。
匠の身体が吹き飛ばされる。
地面に叩きつけられ、肺の空気が抜ける。
視界が白く弾ける。
それでも――
「……違う……!」
血を吐きながら、叫ぶ。
「ジゼルは……選んだんだ……!!」
『……ナニ……?』
その声が、止まる。
匠は、よろけながら立ち上がる。
一歩。
「お前を止めるために……」
また一歩。
「お前を守るために……!」
さらに一歩。
「自分の命を――使ったんだぞ!!」
――ドクン。
胸が、大きく脈打つ。
蒼い光が、左目に灯る。
そして同時に――
もう一つの鼓動。
温かい、優しい“音色”。
《……匠……》
「……ジゼル……?」
振り返る。
そこに――
淡く、揺らぐ光。
輪郭は曖昧。
だが確かに、そこにいる。
ジゼルだった。
《一人で背負うな……》
そっと。
背中に触れる手。
温もり。
確かな“存在”。
「……っ……!」
崩れかけていた意識が、繋がる。
その瞬間――
ジンクスの声が重なった。
『へっ…創造主が三人揃えば無敵だ!!』
軽口。
だが、頼もしい。
匠は、わずかに笑った。
『……ジゼル……?』
ユグの声が震える。
信じられないものを見るように。
《……ユグ……》
ジゼルは、微笑んだ。
あの時と同じ。
優しくて、少しだけ寂しい笑顔。
《もう……いいんだ》
『……ウソダ……』
《違う》
静かに、しかし強く。
《お前は……間違っていない》
『……!』
黒い圧が、揺れる。
《怒るのも、悲しむのも……》
《全部……お前の“心”だ》
ユグの瞳から、光がこぼれる。
『……ダガ……』
その言葉を――
匠が引き継ぐ。
「でも、それだけじゃない」
一歩、踏み出す。
「お前は……守ろうとしただろ」
拳を握る。
「最後まで……街を潰さないように……」
「耐えてたじゃないか……!」
――沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて。
『……ボクハ……』
かすれる声。
『……マモリタカッタンダ…ゼンブ…』
その一言で。
何かが、決壊した。
「……ああ」
匠は、優しく頷く。
手を伸ばす。
崩れかけた身体で。
それでも。
「なら――」
「今度は……壊すんじゃなくて……」
「一緒に守ろう」
――ドクン。
鼓動が、重なる。
匠と、ユグ。
そして――ジゼル。
三つの“想い”が、重なった。
『……ヤメロ……』
黒い意識が、最後に抗う。
『……ソレハ……キエル……』
「消えない!」
匠は、静かに言った。
「お前も含めてだ」
『……!?』
「怒りも、憎しみも……」
「全部まとめて――」
「お前だろ」
――静寂。
そして。
黒い意識が、崩れた。
音もなく。
霧のように。
ゆっくりと、消えていく。
『……ボクハ……』
ユグの声が、幼くなる。
『……コワカッタ……』
「……ああ」
匠は、微笑んだ。
涙を流しながら。
「もう、大丈夫だ」
その瞬間――
光が、弾けた。
世界が、白に包まれる。
巨大な体が、収縮していく。
やがて。
そこに残ったのは――
小さな、光。
かすかに脈打つ、“命”。
『……タクミ……』
「……ああ」
匠は、それを両手で受け止めた。
温かい。
確かに、生きている。
“鼓動”。
その背後で――
ジゼルの姿が、薄れていく。
「……ジゼル……?」
ジゼルは、静かに頷いた。
「妾は……役目を終えた」
少しだけ、寂しそうに。
だが、満足そうに。
「だが――消えるわけではない」
空を指す。
「聖樹として……ずっと見ている」
匠は、強く頷いた。
「……ああ…」
一瞬、言葉に詰まり――
それでも笑う。
「…またな」
ジゼルは、微笑んだ。
そして。
風に溶けるように――消えた。
静寂。
匠は、腕の中の光を見る。
『……ゴメンネ……』
小さな声。
震えている。
「謝んな」
匠は、優しく言った。
「これからだろ」
その瞬間――
光の中に微かな違和感を感じた。。
ズズッ……
黒い残滓が、わずかに蠢く。
『……マダ……オワラナイ……』
低い、遠い声。
だが――
すぐに消えた。
匠は、静かに目を細める。
「……ああ」
腕の中の光を、そっと抱き寄せる。
「今度は――全部、繋ぐ」
その時。
ジンクスの声が、最後に響く。
『俺達を甘く見るなよ』
軽く、しかし強く。
『次も――全力でぶっ飛ばす』
匠は、笑った。
「……ああ」
光が満ちる。
意識が、浮かぶ。
そして――
匠は、地上へと帰還する。
小さな“鼓動”を抱いて。
――つづく――




