第41話 原初 ― 創造主と最初の約束 ―
第41話
原初 ― 創造主と最初の約束 ―
――モディアス王国(過去)・地下研究施設――
そこは、地の底に築かれた“叡智の墓標”だった。
幾重にも重なる円環状の足場。
無数の導管が脈動し、青白い光が静かに明滅している。
機械音すら、どこか“息を潜めている”ように弱々しい。
そして――
中央。
すべての視線を支配する存在。
“それ”は、そこにいた。
巨大な人型。
石で構成されているはずなのに、どこか“生きている”気配を放つ異形。
静かに――ただ静かに。
だが確かに、“在る”。
――ユグドラシル。
匠は、息を呑んだ。
「……でか……」
思わず漏れた声すら、この空間では異物のように感じられる。
隣で浮かぶジゼルは、視線を外さないまま言った。
「……あれが、始まりだ」
短い言葉。
だが、その中に含まれる“重み”は計り知れない。
匠は、視線を落とす。
巨人の足元。
そこに、一人の女性が立っていた。
白衣。
長い髪。
迷いのない背中。
「……あれ……」
喉が乾く。
「……あそこにいるのって……」
指差す。
ジゼルは、迷いなく答えた。
「――妾だ」
その一言で、時間の距離が消える。
「ここは王国最深部の研究施設」
「そして妾は――その長だった」
匠は、再び巨人を見上げる。
「……あれを……作ったのか?」
ジゼルは、わずかに首を振った。
「“作った”のではない」
一歩、前へ。
「“目覚めさせた”のだ」
空気が、変わる。
「妾はある時、気づいた」
「特定の素材で創られたものが――」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「妾の“想い”に応じて、変化することに」
匠の瞳が揺れる。
「……それって……」
言葉が詰まる。
ジゼルが静かに断言する。
「創造だ」
一拍。
「この世界に初めて“創造主”が誕生した」
そして――
「それが、妾だ」
沈黙。
匠は言葉を失った。
視線は、自然と巨人へ戻る。
ジゼルは続ける。
「ユグドラシルはな……」
ほんの僅か、声が柔らぐ。
「元は、小さな人形だった」
「王族に愛され、誰もが手に取る、ありふれた存在」
だが。
「妾には――声が聞こえた」
――世界が、歪む。
光が巻き戻る。
時間が逆流する。
――回想――
陽だまりの庭園。
幼いジゼルが、膝の上に人形を乗せている。
「初めまして、人形さん」
無邪気な笑顔。
「何して遊ぶ?」
沈黙。
だが――
『……ハジメマシテ……ジゼル……』
微かな声。
ジゼルの瞳が、大きく見開かれる。
「……えっ?」
『キミト……モット……オハナシシタイ……』
震える声。
だが確かに、“意思”だった。
「……聞こえる……?」
『ボクノコトバ……ワカルノ?』
その瞬間――
“世界の前提”が、変わった。
――現在(過去視点)――
「それが始まりだ」
ジゼルの声は静かだった。
「妾と、あやつの日々は――そこから始まった」
視界が戻る。
地下研究施設。
成長したジゼルが、ユグドラシルの前に立っている。
「ここまで来れたのは――」
一歩、近づく。
「ユグ……あなたのおかげだ」
沈黙。
そして――
巨人が、応える。
『ウウン……』
低く、優しい声。
『ボクハ……ジゼルノタメナラ……ナンデモスル』
匠の身体が、僅かに震えた。
(……違う……)
この声は。
恐怖ではない。
『ジゼルガ……アイスルコノクニノタメニ……』
『ジゼルヲ……マモルタメニ……』
『タイセツナヒトタチヲ……マモルタメニ……』
その言葉は、あまりにも純粋だった。
ジゼル(過去)の瞳が揺れる。
「……ユグ……」
一瞬。
少女の顔に戻る。
「ありがとう……」
だがすぐに。
「この研究が成功すれば――」
強く、言い切る。
「王国は飛躍する」
「争いは減り、誰もが守られる世界になる」
拳を握る。
「そのために――」
顔を上げる。
「共に進もう」
一瞬の沈黙。
そして。
『……ウン』
その返答は、あまりにも真っ直ぐだった。
――ドクン。
匠の心臓が、大きく鳴る。
(……なんだ……この感じ……)
胸の奥が締め付けられる。
(このユグドラシル……)
(優しい……)
(俺が感じた“あれ”と……違いすぎる……)
ジゼルは、何も言わない。
ただ――
その光景を見つめていた。
その横顔に浮かぶのは。
僅かな――
“後悔”。
やがて。
ぽつりと呟く。
「……ここまでは、な」
空気が変わる。
一瞬で。
温もりは消え。
冷たい現実が流れ込む。
「よく見ておけ」
低く。
静かに。
「ここからが――」
「すべてが歪み始めた“分岐点”だ」
――バチィッ……
空間が軋む。
世界が裂ける。
光が、視界を飲み込む。
匠は目を閉じた。
――次の瞬間。
開かれた視界。
そこは――
――モディアス王国・玉座の間。
重い空気。
張り詰めた緊張。
そして――
「父上!!」
怒号。
一人の青年が叫ぶ。
「何故、私が王位継承を剥奪されねばならぬのですか!!」
――ジェイド・ハーティス。
その顔は、怒りに歪んでいた。
対するは。
王――ジャスパ・ハーティス。
「……これからの時代」
低く、重い声。
「ジゼルの力は、この国に必要不可欠となる」
「これは、王国の未来のためだ」
静かだが、揺るがない。
「お前は――支えよ」
だが。
その言葉は火種となる。
「ふざけるな!!」
ジェイドの声が、空間を裂く。
「“人形遣い”が王位だと!?」
その言葉に――
空気が凍る。
横から、もう一人が口を挟む。
ジャスパ国王の弟 重臣ジャクラム・ハーティス。
「私もジェイドと同意見だ…」
「剥奪までする必要はない」
だが王は、首を振る。
「これは、決定事項だ」
「覆すことは許さん」
沈黙。
そして――
ジェイドの瞳に宿るものが、変わる。
怒りではない。
それは――
“憎悪”。
「……認めぬ」
低く。
呪いのように。
「絶対にだ」
その瞬間。
匠は理解した。
(……この展開って、あまり良くない流れなんじゃ……)
平和は、終わった。
代わりに生まれたもの。
嫉妬。
恐怖。
欲望。
そして――
“歪み”。
物語は、ここから崩壊へ向かう。
止められない流れとして。
――つづく――




