第42話 封印 ― 消えた“鼓動の音色”―
第42話
封印 ― 消えた“鼓動の音色”―
――モディアス王国(過去)・円卓の間――
外は、雷鳴が轟く豪雨。
稲光が石壁を白く裂き、重厚な円卓に不規則な影を落とす。
その中心で――
二人の男が向き合っていた。
ジャクラム・ハーティス。
そして、ジェイド・ハーティス。
ジャクラムは、ゆっくりと口を開いた。
「……まったく、国王にも困ったものだ」
指先で卓を叩く。
「お前から王位継承を奪い――あの“人形遣い”に譲るとはな」
ジェイドは、何も答えない。
沈黙。
ジャクラムは続ける。
「このままでは、いずれこの国は――」
わずかに目を細める。
「心を持たぬ人形に支配される」
一拍。
「そして、滅びる」
雷鳴。
ジャクラムの声が、静かに落ちる。
「誰かが――止めねばならぬ」
ジェイドの拳が、わずかに握られる。
だが――言葉は、ない。
――場面が切り替わる。
――モディアス王国(過去)・地下研究施設――
静寂。
地の底に築かれた巨大空間。
幾層にも重なる円環状の足場。
その中心に――
“それ”は在る。
ネンドール第一創造体――ユグドラシル。
動かない。
だが、確かに“息づいている”。
その足元で。
ジゼルは、一人佇んでいた。
沈思。
わずかに俯く。
――その時。
『ドウシタノ……ジゼル……』
柔らかな声が響く。
『コドウノ ネイロガ……カナシクキコエル……』
ジゼルは、ゆっくりと顔を上げた。
「……すまない、ユグ」
静かに息を吐く。
「父上から――王位を継承しろと言われてな」
一拍。
ユグドラシルの胸部が、淡く光る。
『スゴイジャナイカ!』
『ジゼルガ……ジョオウサマ……!』
『ヤッタ……ヤッタ……!』
無垢な歓喜。
だが――
ジゼルは、首を横に振った。
「……いや」
「私は、継がない」
空気が張り詰める。
『……ナゼナノ……?』
ジゼルは目を伏せる。
「私は……この力のせいで、ずっと気味悪がられてきた」
指先が、わずかに震える。
「今も……王族の中に反発は残っている」
「そんな私が王になれば――」
一拍。
「国は割れる」
「争いになる」
「血が流れる」
静かだが、揺るがない声。
顔を上げる。
「だが、兄上なら違う」
「武も、統率も、人望もある」
「王に相応しいのは――ジェイド……兄上だ」
一歩、ユグへ。
「だから私は――ジェイドを支える」
微笑む。
「ユグ……お前もついて来てくれるか?」
沈黙。
そして――
『ジゼルト……イッショナラ……』
『ズット……ツイテイク……!』
迷いのない答え。
ジゼルは、優しく笑った。
「……ありがとう」
――その瞬間。
ガンッ!!
重い扉が叩き開けられる。
振り返る。
そこに立つのは――
ジェイド。
「……ジゼル」
低く、震える声。
剣が抜かれる。
キィン――
だが。
その刃は、揺れていた。
ゴゴッ……!
ユグドラシルが動こうとする。
だが。
ジゼルが手を上げ、制する。
「来るな、ユグ」
静かな制止。
ジェイドが一歩、踏み出す。
「なぜだ……」
さらに一歩。
「なぜ……お前が……」
だが、止まる。
斬れない。
「なぜお前のような“人形遣い”に――」
歯を食いしばる。
「王位を奪われなければならない!!」
ジゼルは動かない。
ただ、まっすぐに見つめる。
「落ち着いてくれ」
一歩も退かない。
「私は継がない…」
ジェイド「…!」
「父上にも、そう伝える」
ジェイドの瞳が揺れる。
「……なに……?」
「王になるのは、兄上だ」
静かに、確実に。
「兄上は、強いお人だ…、私は、ずっと兄上を見てきた…。王国を誰よりも愛し、誰よりも民のために努力してきた…。
誰がなんと言おうと継ぐべき人は、兄上しかいない…。」
「私は支える」
「この力で」
「ユグと共に」
その真っ直ぐさに――
ジェイドの剣が、さらに震える。
そして。
カラン――
剣が、床に落ちた。
「……私は……」
声が崩れる。
「何て事を……して……」
膝が折れる。
「妹に……剣を…向けるなんて…」
顔を覆う。
「……すまぬ……ジゼル……」
泣き崩れる。
ジゼルは、優しく微笑んだ。
「顔を上げてくれ」
「これからは共に進もう」
「王国のために…」
――その時。
カチャ……カチャ……
無数の銃声準備音。
足場の上。
兵士達が銃口を向けていた。
完全包囲。
「……これは……」
ジェイドが息を呑む。
その間を割って現れる影。
ジャクラム・ハーティス。
冷たい笑み。
「兄妹仲良く手を取り合う…其では、私の計画が狂うではないか…」
「争い、相討ちになり共に倒れ、ジャスパは、その責任を負い退いた後に私が王になる…。」
ジェイド「…貴様ぁ!」
ジャクラム「元々お前達は、邪魔だったのだ!ジャスパもだ!兄上よりも武力も統率力にも長けた私を父上は選ばなかった!」
ジェイド(先程の私と同じ…)
ジャクラム「本来、私が継ぐべきだった王位を、ジャスパに譲り、有ろう事か、そのジャスパも人形遣いに譲るとは!」
「心の無い人形などに王国を守れる筈はない!」
ジゼル「貴方は、なぜ先代達が無人機動兵器に拘っていたのか、理解していない…」
「民達の命を絶やさぬために…多くの血を流さぬために...」
「私の力が、神が与えてくれたものならば…意味があるものならば…私は、この力でこの世界を兄上とユグと共に守り抜く!」
ジェイド「…ジゼル!」
ジャクラム「ほざけ!人形遣い!」
指を上げる。
「撃て」
カチャッ――
その瞬間。
ジゼルが、静かに言う。
「……ユグ」
『……ウン』
――ゴゴゴゴゴッ!!
巨体が動く。
腕が薙ぐ。
兵士が吹き飛ぶ。
悲鳴。
崩壊。
「兄上!!」
ジゼルが叫ぶ。
「はやく父上に知らせて――」
その時。
――カチャッ。
至近距離。
ジャクラムの銃は、ジェイドに向けられていた。
「終わりだ」
ジゼル「…!兄上だけは…!」
ジゼルがジェイドを押し退けた。
――パンッ!!
銃声。
撃ち抜かれた。
時間が、止まる。
次の瞬間。
ジゼルの胸に、赤が広がる。
「……あ……」
崩れる身体。
「ジゼル!!」
ジェイドが抱き止める。
血が、広がる。
その光景を見て――
ユグドラシルが、止まった。
『……』
沈黙。
理解できない。
『……ナンデ……?』
否定。
『……チガウ……』
揺らぎ。
『……ジゼルゥ……?』
そして――
理解。
――ドクン。
『ユルサナイ』
低く。
『ユルサナイ……』
感情が崩壊する。
『ボクノ……ダイジナ……』
『トモダチヲ……』
『コワシタ……!!』
爆発。
『ユルサナイィィィィィ!!』
巨体が膨張する。
制御不能。
怒りと悲しみが暴走する。
警報が鳴る。
ビィィィィィ!!
天井が砕ける。
ユグドラシルが地上へ。
空を覆う。
だが――止まらない。
それはもはや守護ではない。
“災厄”。
ジェイドが叫ぶ。
「ジゼル!!」
ジゼルが、かすかに目を開く。
「……兄上……」
血を吐きながら。
「……お願いが……ある……」
震える手。
「……大神木の……祠へ……」
「連れて……行って……くれ……」
ジェイド「…な、なぜ…?」
ジゼルは、ジェイドの手を強く握った。
ジゼル「た、頼む…」
ジェイド「わ、わかった…」
ジェイドは、ジゼルを抱き上げ、祠へ向かった。
巨大化し膨張をし続けるユグドラシルの手には、ジャクラムが握られていた。
王都の民達は、膨張し続ける巨人を見上げ恐怖した。
民「あっ!あの巨人の手にジャクラム様が…!」
民「やめろ!この怪物!」
ジャクラム「こ、この…は、離せ!化け物めっ!」
ユグドラシル「オマエノセイダ!オマエナンカイナクナレ!」
ジャクラム「な、何を!う、うおーーっ!!」
ユグドラシルは、そのままジャクラムを遠くの方へ空高く投げ飛ばした!
その勢いは、星に届くほどであった。
民「よくもジャクラム様を!」
バシッ!バシッ!
民の一人がその場にあった棒を持ち、ユグドラシルの巨大化した足に叩き付けていた。
ユグドラシル「チガウ、チガウンダ。ワルイノハ、ジャクラムナンダ!」
ユグドラシルの声は民達には届かない。
すると、膨張し続ける体が次第に崩れ始め、巨体が王都全体を覆うように倒れようとする。
民達「「うわぁーーー」」
しかし、ユグドラシルは、四つん這いになりながら王都を押し潰さないように耐えていた。
ユグドラシル「ゴメン…ゴメンネ…」
民達「「消えろ!化け物!」」
民達「「ここから、居なくなれ!」」
多くの民達は、ユグドラシルに罵声を浴びせていた。
ユグドラシルの体が崩れ岩が王都を襲う。
民達「「きゃーーーー!」」
ユグドラシル「ド…ドウシヨウ…カラダガアツイ…アタマガワレソウダ…」
「…ゴメンネ…ジゼル…」
-大神木・祠前-
ジゼル「兄上、ここで降ろしてくれ…」
ジゼルは、よろけながらも祠の扉を開け、聖杯を取り出した。
そしてジゼルは、拳を強く握り拳から流れる血を聖杯に注ぎ、唱えた。
「深き底に眠る叡知の神よ…我が魂を…に…贄に……」
ジゼルは、ユグドラシルと過ごした日々を思い出し、遠くで醜い姿へと変貌し続けるユグドラシルを見ながら、涙を流し言葉を詰まらせた。
「…我が…魂を贄に、あの暴走する巨人を封印したまえ…」
(ごめんよ…ユグ…)
すると、聖杯からジゼルの血が溢れだし、聖樹へと流れていった。
聖樹は、地響きと共に眩い光で発光し、その光は、天を貫いた。
するとユグドラシルの真上に魔方陣が描かれ、ユグドラシルは白光に包まれた。
ジゼル「兄上、すまなかった…結局私は、忌み嫌われた存在でしかなかった…」
ジェイド「何を言うか!そうさせてしまったのは、人間のつまらぬ“欲”せいだ!」
ジゼル「あ…兄上、こ…この国を頼む…」
ジェイドは、涙でグシャグシャになりながらも、ジゼルの手を強く握った。
ジェイド「…ああ…ジゼルと…ユグドラシルの想いを背負って…私は…誓う…!」
ジぜル「…ありがと…う…」
ジゼルは、これまでに無い優しい笑顔で兄ジェイドの腕の中で息絶え光となって消えていった。
ユグドラシル「ジゼルノ コドウノネイロガ キエ…タ…」
「ホントウ…ニ…ゴメン…ネ…」
ユグドラシルも光に包まれ消失した。
匠とジゼルは、上空でその光景を悲しみに包まれながら静かに見ていた。
そして匠の左目は、淡く蒼く光り、その瞳から一筋の涙が流れていた。
--つづく--




