第40話 追憶 ― 甦る“想い”
第40話
追憶 ― 甦る“想い”
―アラベスク・マウザー艦内/ブリッジ―
白亜の戦艦は、静かに宙域を滑っていた。
帆は、展開され光を受け、淡く輝く。
その美しさとは裏腹に――
艦内には、張り詰めた空気が満ちていた。
ブリッジ中央。
アイザックは一人、外宇宙を見つめていた。
(次の戦闘――)
静かに思考を巡らせる。
(間違いなく“あちらさん”とは、熾烈な戦いとなるだろう…)
匠。アンジュ。
そして、アイザック。
戦力的には優位。
それは理論上、確かだ。
だが――
(……この胸騒ぎは何だ)
理屈ではない“何か”が、警鐘を鳴らしている。
(勝てるはずだ。だが……)
“負ける可能性”ではない。
もっと別の――
取り返しのつかない何かが起こる予感。
その時。
「お兄ぃ、そんな怖い顔して何考えてるの?」
軽やかな声が、空気を切り裂いた。
アイザックは振り返り、苦笑する。
「イリア……ここでは“館長”と呼びなさい」
そこに立っていたのは、翠髪でツインテールの女性。
イリア・ルークスター王女。
天真爛漫な性格で、アイザックが館長を務める“煌武館”師範代を務める実力者。
彼女は肩をすくめる。
「はーい、館長“様”」
全く守る気はない。
アイザックはため息をついた。
「すまないな。出稽古の帰りに、こんな寄り道に付き合わせてしまって…」
イリアは笑う。
「いいのよ。どうせ退屈してたし…」
両手を組み上げながら伸びをする。
「それに――」
「お兄ぃが話してた“創造主”」
興味が滲む。
「ちょっと気になるしね!」
一拍。
「ジュリアにも久し振りに会いたいし…」
その名前に、アイザックは僅かに表情を緩めた。
だが次の瞬間。
「そ、それとねぇ…」
恐る恐る切り出す。
「イリア“ちゃん”……アンジュとは、仲良くし…」
空気が止まる。
「は?」
イリアの笑顔が、一瞬で消えた。
「……アンジュ?」
低い声。
「誰、それ?」
アイザックは空を仰いだ。
(ああ……やっぱりこうなるか……)
戦いの前に、別の火種が生まれつつあった。
―モディアス王国/聖樹の泉―
水面は、完全なる静寂に包まれていた。
風はない。
音もない。
世界そのものが、呼吸を止めているかのような空間。
その中心で――
匠の前に現れた女性が、歩き出す。
水面を、踏む。
波紋は広がる。
だが、音はない。
現実と非現実の境界が、曖昧になっていく。
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
だが匠には、水面の上を歩き近付いて来る女性に恐怖を感じなかった。
それは――
懐かしさ。
(俺……この人を……)
(知ってるような……)
記憶にはない。
だが感覚が否定しない。
その矛盾が、思考を揺らす。
その時。
「そう……」
匠の心に答えるように女性が口を開いた。
「妾も――お前を、昔から知っている」
匠の瞳が揺れる。
「ずっと……見ていたよ」
「……っ‼」
心臓が跳ねる。
だが恐怖は来ない。
代わりにあるのは――
“繋がり”。
匠は戸惑いを隠しながら空気を和ます様に口を開く。
「え、えっと……ハーティスって……」
「ジンクスと王女の……親戚の方ですか?」
少し考えて、
「あっ、ジャワディーさんの奥さんとか――」
場違いな発言。
女性はわずかに目を細める。
「“奥さん”ではないが……」
一拍。
「遠い血の連なりではある」
匠は小さく息を吐いた。
「なんだ……そうなんですね」
その安堵は、すぐに消える。
視線が変わった。
見透かすような眼。
「……最近」
静かに落ちる言葉。
「お前の身に、異変があったな?」
匠の表情が固まる。
「…あ、はい…ありました。」
今度は誤魔化さない。
「髪が銀色になったり……」
「頭痛で意識が飛んだり……」
「精神値が異常って言わたり……」
一瞬、言葉が止まる。
「……一体、何が起きてるのか…」
吐き出した瞬間。
“不安”が現実になる。
女性―ジゼルは頷いた。
「…そう…それは、」
そして告げる。
「次の段階に入ったのだ…」
空気が、重く沈む。
「……段階……?」
「“器”に選ばれた者の変化だ」
匠の眉が寄る。
「器って……聖杯のことですか?」
「違う」
即答。
「それよりも遥かに強大な存在だ」
その瞬間。
記憶が閃く。
「あ―――っ‼」
「俺の頭の中で聞こえてたあの声って……!」
ジゼルは言った。
「そう…妾だ」
だが匠は首を振る。
「えっ⁉️…けど、違う……!」
「俺が感じたのは……もっと……!」
「重くて……怖くて……!」
ジゼルの目が細まる。
「それは妾ではない」
一拍。
「それは、妾を通してお前に向けたあやつのイメージであろう…」
空気が凍る。
「……あやつ?」
ジゼルは静かに告げる。
「妾と、あやつは――」
「世界に“忌み嫌われた”存在」
「だがそれは真実ではない」
「人が歪めた記憶だ」
匠の喉が鳴る。
「……何があったんです?」
ジゼルは一歩近づく。
「うむ…言葉では足りぬか…」
そして――
「ちょいと付き合え…」
匠「えっ!ちょ、ちょっと何を!」
お互いの額が重なる。
視界が歪む。
光が溢れる。
意識が落ちる。
―過去/研究施設―
静寂。
匠はゆっくり目を開けた。
「……ここ……は……」
巨大な研究施設。
無機質な空間。
そして――
“それ”はあった。
視線が、固定される。
「……なんだよ……あれ……」
巨大な石像。
だが違う。
あれは――“器”。
見た瞬間、理解する。
理屈ではない。
本能が拒絶する。
胸がざわつく。
呼吸が乱れ、息苦しさを感じる。
逃げたい。
だが目が離せない。
「……っ……」
ジゼルが指を向ける。
「あれが」
一拍。
「ネンドール第一創造体」
空気が凍る。
『ユグドラシル』
――ドクンッ。
心臓が、強く脈打つ。
その瞬間。
匠の左目が、わずかに光った。
(これ……知ってる……?)
あり得ない感覚。
だが確かに。
“覚えている”。
ジゼルが静かに告げる。
「ここからすべてが始まった」
光景が動き出す。
それは過去ではない。
今へ繋がる記憶。
物語は――
核心へと踏み込む。
――つづく――




