第39話 水晶 ― 目覚めし王女と継承の光 ―
第39話
水晶 ― 目覚めし王女と継承の光 ―
――クライガスト王国戦艦〈黒帝〉・整備ドック――
重低音が空間を満たしていた。
金属が軋む音。機構が駆動する振動。
そのすべてが、この戦艦が“生きている”かのような錯覚を与える。
巨大な整備ドックの中央。
そこに鎮座する異形の機体――
《ババジャ専用機》マデュエリ・ジャネス
それは機械でありながら、妖艶な魔女のような体躯。
しなやかに伸びた四肢。湾曲した装甲。
そして、頭部にはまるで“呪具”のような装飾が組み込まれている。
ガガは無言で端末を操作していた。
淡々と。正確に。無駄なく。
ガガ(スコープ……)
(マデュエリの資源及びデーター収集理由であの王国を攻め行ったのだが…)
(あの王国に無いとすれば――)
一瞬、指が止まる。
(……あの王子が持っているはず…)
モニターに映る戦闘ログ。
ヴァジェラに貫かれ宇宙の彼方に漂流していく王子機の記録。
ガガ(私の読み通りに動けば……)
(必ず、モディアスに訪れる)
その時――
「進捗は、どうじゃ……ガガよ……」
背後から、湿った声が落ちた。
ガガ(……チッ)
振り返ることなく応じる。
「現在、最終調整に入っています」
淡々と続ける。
「“これ”が完成すれば――ババジャ“様”の精神操作は、広域干渉が可能になります」
静寂。
そして――
「おぉ……!そうかそうか……ヒッヒッ……」
「うんうん、こうして見ると若い頃のわしに似ておるのぉヒッヒッヒッヒッ」
ババジャの笑い声が、金属の壁に反響した。
その笑いは、人のものではない。
ガガは、ゆっくりと振り返る。
「ババジャ“様”――」
わずかに頭を下げる。
「ギギの度重なる無礼……兄である私が、代わって謝罪いたします。」
ババジャは一瞬、目を見開き――
「……お、おぉ……良いのじゃ良いのじゃ」
満足げに頷く。
「ギギも……お主を見習うべきじゃなぁ……」
ガガは、僅かに口角を上げた。
ガガ(……フンッ)
その瞳には、何の感情も宿っていなかった。
――現代日本・模型屋びるどん4階 居住フロア――
柔らかな光。
静かな時間。
外は、いつの間にか白んでいた。
二人の間に流れる空気は、どこか懐かしく、そして重かった。
崎森は、ゆっくりと口を開いた。
「ジュリアは……体の方は?元気でいるのか…?」
その表情は、王ではない。
ただの父親だった。
匠は少し視線を落とす。
「匠が言うには……」
「体は弱ってきている。でも――」
少しだけ笑う。
「周りに心配かけないように、無理してるってさ」
沈黙。
崎森は目を閉じた。
「……そうか」
静かに呟く。
「まるでジェシカ…お前達の母さんみたいだな……」
遠くを見る目。
匠が言葉を続ける。
「“聖杯”を吸収したこと……ジュリアは……」
崎森はゆっくり頷いた。
「ああ……気付いているだろうな」
一拍。
「そして――王女としての“覚悟”も…な。」
匠の表情が変わる。
「……っ!」
拳を握る。
「なあ親父……!」
「何か方法はねぇのか!」
声が強くなる。
崎森は、ゆっくりと首を振った。
「……あるとすれば、ひとつだけだ」
「“聖杯”を守り抜くこと…」
それだけだった。
「今は――」
静かに、しかし確かに言う。
「匠君たちに、賭けるしかない」
――モディアス王国・大神木の泉――
早朝。
世界がまだ目覚めきっていない時間。
空気は澄み切り、音は極限まで削ぎ落とされていた。
匠はひとり、泉のほとりを歩いていた。
「散歩がてら…初めて来たみたけど…」
深く息を吸う。
「…なんか…落ち着くな」
その時。
視界の端に、光が揺れた。
「……っ?」
足を止める。
そこには、小さく輝く石。
「これ……マナストーンじゃないか!」
拾い上げる。
掌の中で、淡く光を放つ。
「結構なレア物だからな……」
匠は、マナストーンを胸のポケットに入れた。
ふと、視線をずらす。
「……あれ?あそこにもマナストーンが…」
少し離れた場所。
そこに光。
だが――
「……違う?」
近づく。
それはマナストーンではなかった。
丸い。
滑らかで。
内部に光が渦巻いている。
まるで――
「……水晶玉?」
虹色に輝くそれは、呼吸しているかのように脈打っていた。
匠は、無意識に手を伸ばす。
「綺麗だな……」
触れる。
その瞬間――
〈ドクンッ〉
心臓が、強く脈打った。
視界が歪む。
音が消える。
そして――
目の前に、“それ”は泉の上に立っていた。
「……っ!?」
反射的に後ずさる。
「だ、誰……!?」
そこにいたのは、一人の女性。
王族の装い。
だが、その存在は“現実”ではなかった。
輪郭が、揺らいでいる。
声が、響く。
「ヤっと……会エたな……」
不完全な発音。
歪んだ音。
「……たクみ……」
匠の背筋が凍る。
女性は、ゆっくりと微笑んだ。
その笑みは、美しく――そして異質だった。
「ワラわは――」
一歩、近づく。
空間が、軋む。
「ジゼル……」
「ジゼル・ハーティス…」
その名が、世界に落ちた瞬間――
泉は、その女性の足元を中心に波紋を描いていた。
大神木が、微かに光る。
リーン……
リーン……
鈴の音が、重なる。
匠の左目が――
淡く、蒼く光った。
ジゼルは、静かに手を伸ばす。
「やっと……繋がった……」
「ワラわと……お前は……」
空気が、重くなる。
「同じ“器”に選ばれた者同士……」
〈ドクン――!!〉
世界の奥底で。
何かが、目覚めようとしていた。
――つづく――




