第38話 再臨-再会と喪失の狭間で-
第38話
再臨-再会と喪失の狭間で-
――現代日本・びるどん3階倉庫。
備品の詰まった段ボールが壁のように積み上げられ、その中央に、幾つものジオラマ作品が整然と並べられている。
そこは、外界から切り離された“箱庭”のような空間だった。
天井の蛍光灯が、小さく唸りながら白い光を落とす。
静かすぎる。
まるで――音そのものが、ここでは許可されていないかのように。
その中心で。
匠は、目の前の男から視線を外せずにいた。
崎森。
びるどん店長。
だが――違う。
“中身”が、違う。
崎森は腰に手を当て、外した眼鏡を指先でくるりと回す。
その仕草すら、どこか記憶をなぞるようだった。
そして、悪戯っぽく笑う。
匠 「本当に親父なのか!」
抑えきれない声だった。
胸の奥に押し込めていた何かが、一気に噴き出す。
脳裏に焼き付いている記憶。
前創造主――先代王ジョーンズ・ハーティス。
そして母、ジェシカ・ハーティス。
二人は、確かに死んだ。
あの戦いで。
そう、思っていた。
だが。
目の前の男は、あまりにも自然に言う。
崎森 「まさか、お前が匠くんの姿で“ここ”に転生されちまうとはなぁ…。」
その声音。
その“間”。
そして――
「くそボウズ」
その呼び方が、すべてを肯定していた。
匠 「……っ」
否定できない。
理屈ではない。
“記憶”よりも深いところで、理解してしまっている。
匠 「お袋は⁉️お袋も一緒なのか!」
一歩、踏み込む。
だが――
崎森は、わずかに視線を落とした。
ほんの一瞬。
それだけで、答えの半分は伝わる。
崎森 「…まあ、お互い積もる話が山程あるからな…、とりあえず上へ行くか…」
背を向ける。
語らない。
今は、語らない。
それが――何より重かった。
匠は、その背を追うと、空気の温度が徐々に変わっていく気がした。
――4階・居住フロア。
扉が開いた瞬間。
空気が、変わった。
生活の匂いはある。
だがそれ以上に、“残り続けている何か”があった。
静かすぎる。
広すぎる。
一人で住むには、あまりにも余白が多い空間。
匠の視線は、自然と引き寄せられる。
部屋の角。
そこに――
小さな仏壇。
そして、一枚の遺影。
見知らぬ女性の写真。
だが。
心が、先に理解していた。
匠 「この人は…まさか…」
声が、かすれる。
崎森は何も言わず、線香に火を灯す。
ゆらり、と煙が立ち上る。
静かに一本、立てる。
そして、手を合わせた。
崎森 「ああ、ジェシカ…お前の母さんだ…」
匠 「……!」
視界が、わずかに歪む。
現実が、遅れて追いついてくる。
崎森 「もともとジェシカは、体が弱かったからな…前の大戦でも無理させちまった…」
煙の向こうで、表情が滲む。
「“ここ”へ転生した時からも気丈には振る舞ってはいたが、二年前に先に逝っちまったよ…」
言葉が、空気に沈む。
重く。
逃げ場なく。
匠 「そうか…」
それしか、出なかった。
ゆっくりと歩み寄る。
線香を取り、火をつける。
手を合わせる。
(……折角会えたのになぁ…)
(こんな形で…お袋…)
合わせた手が、わずかに震えた。
リビングへ戻る。
ソファーに腰を下ろす崎森。
匠も、上着を脱ぎネクタイを緩め、向かいに座る。
近い距離。
だが、埋まらない時間がそこにある。
崎森 「匠くんとは、ここを改装する前からの付き合いでな…俺達を本当の親のように慕ってくれていたよ。」
匠 「…」
言葉が出ない。
だが、聞いている。
崎森 「ジェシカが亡くなった時も毎日のように様子を見に来てくれては…こうして線香をあげては、泣いてばかりいてな…」
視線が、仏壇へ向く。
「彼は、本当に心の優しい良いヤツだよ…」
匠 「ああ、本当にあいつは、良いヤツだよ…」
一拍。
視線を上げる。
「親父…その“匠”について聞きたいことがある。」
空気が、切り替わる。
匠 「あいつは、いま俺達の世界で“創造主”としてアンジュ達と一緒に戦っている。」
崎森 「入れ替わったって事か…」
匠 「ただ、匠は、そのままの姿で“召喚”された事になっている。」
崎森 「……」
沈黙。
思考の時間。
匠はカバンに手を入れる。
取り出す。
小さな機体――模型サイズのヴレイヴァー。
その存在だけが、この空間で異質に浮いていた。
崎森 「おお!ヴレイヴァーじゃねえか!これは、もともと俺の“専用機”だったからな…」
懐かしむように、目を細める。
匠 「俺と匠は、ヴレイヴァーとカイザーを介して情報を共有している。」
一拍。
空気が張り詰める。
「だが、カイザーは、俺が親父に前の大戦で帰ってきてくれと約束して渡したはずが、何故か匠がカイザーを持って現れた。一体、何故なんだ?」
静寂。
崎森は腕を組み、天井を見上げる。
遠く。
過去のどこかを見るように。
そして――
崎森 「確かにあの時、お前から“カイザー”を受け取った。」
ゆっくりと、言葉を置く。
「しかし、“この世界”へ崎森として転生した時、倒れていた俺の手元には、何故かカイザーは、真新しくパーツもランナーに繋がれた状態でパッケージしてあった。」
匠 「……何?」
理解が、追いつかない。
崎森 「元の世界へと戻る術を探してはいたが、創造する力を失ったことに気付き、覚悟を決めて2人でこの世界で生きようと決めた。」
淡々と。
だが確かに重い。
「元の世界を忘れないようにとカイザーを“箱”のまま店に飾っておいた――」
一瞬、言葉が止まる。
「何度か組み立てようと手を伸ばしたんだが、拒まれているような気がしてな…」
「それからプロモデラー…お前と同じ名の“ジンクス”としての匠くんの技術とセンスに惚れてな、息子の代わりにと匠くんになら譲っても良いと思ってあげたのさ。」
匠 「創造力は、ハーティス王家唯一の“力”。」
静かに、しかし確信を込めて。
「匠は、王家の血縁でもないのにあっちの世界では創造する力が使える…どうしてだ?」
崎森 「…匠くんがどうして創造出来るかは、俺にも分からん…。」
だが。
その先の言葉は――重かった。
「ただ大賞を獲ったあの作品『ユグドラシル降臨』…ユグドラシルという単語を見た時は、ゾッとしたよ…」
――その瞬間。
空気が、変わった。
温度が、わずかに下がる。
音が、遠のく。
匠 「ユグドラシル…」
無意識に、口にする。
記憶が、引きずり出される。
「ご先祖様が創造した最初のネンドール…」
喉が乾く。
「ユグドラシルの暴走で王国は、滅びかけた…ユグドラシルを創造した王女ジゼル・ハーティスは、突如失踪。それと同時に聖樹が輝きユグドラシルは、光と共に消失した。…と昔話のように聞かされた事あったな…」
沈黙。
重い。
深い。
沈黙。
崎森が、ゆっくりと顔を上げる。
その目は――もう“店長”のものではない。
崎森 「お前の言うように、あの作品達があっちの世界で実際に起きた出来事だとしたら、再びユグドラシルは、目覚める!」
――ジ、ジッ。
照明が、一瞬だけ揺れた。
それはまるで――
二人の会話に“応答”するかのように。
リーン……リーン……
どこからともなく、微かな鈴の音が響く。
その音は、どこか懐かしく――同時に、ひどく不吉だった。
匠は、無意識に倉庫の方へ意識を向ける。
展示されたジオラマの中。
その中の一つ。
“ユグドラシル”。
その周りが。
蒼く――
静かに、輝いていた。
まるで。
こちらを、監視しているかのように…。
――つづく――




