第28話 “女帝”(エンプレス) ―流儀と赤い双眸―
第28話
“女帝”(エンプレス) ―流儀と赤い双眸―
――アラベスク・マウザー甲板――
けたたましい警報が、空気を震わせた。
《未確認機体、モディアス王国上空に出現!》
オペレーターの声が切迫する。
アンジュは反射的に空を見上げた。
アンジュ
「……クライガストじゃない。」
「新手……?」
黒い影が、雲を裂いて現れる。
匠
「数は、五……いや、七体!」
不規則な機動。
明らかに偵察ではない。――包囲狙いだ。
アンジュ
「アイザック! 鍵を外して❗」
背中合わせのまま叫ぶ。
アイザック
「待ってくれ、今外す――」
カチャッ。
……カラン。
……コロコロコロ。
一同の視線が、ゆっくりと下を向く。
アイザック
「あっ…」
小さな鍵は、甲板の排水溝へ吸い込まれるように消えた。
匠・アンジュ
「「あーーーーっ‼️」」
アンジュ
「何やってんのよ❗
これじゃ出撃出来ないじゃない!」
顎に手をあて考えるアイザック
「……う〜ん。」
一拍。
アイザック
「仕方がない。」
その声音だけが、不自然なほど落ち着いていた。
アイザック
「匠君。“エンプレス”は持ってきてあるかい?」
匠
「は、はい!
そこのバッグの中に――」
アイザック
「なぁーーにぃーー?」
アイザック
「君は私の高貴なる『エンプレス』を
日用品のように扱うつもりかね⁉️」
怒気を孕んだ声――
だが次の瞬間。
アイザックはすでにバッグを掴み、
疾風のごとく格納ドックへ駆け出していた。
――アラベスク・マウザー格納ドック――
球体コックピットへ滑り込む。
操縦桿中央へ
『エンプレス』をセット。
緑の光が、空間を満たした。
機体が、息を吹き返す。
アイザック
「……応えてみせよ。」
――発進。
甲板を蹴り、エンプレスは緑の尾を引き空へ躍り出た。
アンジュ
「あれは……エンプレス!」
上空。
エンプレス…ジンクスが、アイザックの発注で特別に創造した翠色のネンドール。
フレーム構造、外装も武芸に特化した機体である。
未確認機体が七機、円を描くようにエンプレスの回りを囲んだ。
包囲陣形。
アイザック
「……なるほど。」
操縦桿を握る。
――違和感。
乗り慣れた馴染みのあるコックピット…だが、操縦席は、優しく包み込むように…、操縦桿は、吸い付くようにフィットした感覚だった。
それは、まるでオーダーメイドされたスーツを着るように…。
アイザック
(……軽い。)
機体が、自ら前へ出ようとする。
アイザック
(反応速度が、想定値を超えている。)
アイザック
(匠君……これは想像以上だ。)
アイザック
(ジンクスをも……超えるかもしれない…)
ピピッ!
通信が割り込む。
ココル
《アイザック殿!
匠と共に新調した“やつ”を射出しますぞ!》
中央ドックが開く。
緑の閃光。
――ガシィンッ❗
射出された“それ”を、エンプレスが片手で受け止めた。
表面に黄金の龍をあしらった、長大な棍。
節ごとに分割された、しなやかな構造。
先端には三股の刃。
アイザック
「……“龍節棍”か。」
手の中で、重量と均衡を測る。
アイザック
「ますますいい…」
アイザック
「いい“仕事”をしてくれるじゃないか!」
エンプレスは龍節棍を頭上で旋回させた。
空気が唸る。
包囲していた未確認機体が、一瞬、距離を取る。
――威圧。
アイザック
「2人とも…」
その声は、甲板の匠とアンジュへ届く。
アイザック
「そこで、よく見ていなさい。」
龍節棍が、静かに構えられる。
アイザック
「――武漢の流儀を。」
エンプレスが、前へ出た。
一歩。
ただ、一歩。
だがその踏み込みは――
空が、沈んだ。
大気が裂ける。
重心が“地”へと落ちる。
それは踏み込みではない。
完全なる支配だった。
七機の包囲陣が、わずかに乱れる。
アイザック
「そして…」
龍節棍の節が、静かに鳴る。
アイザック
「この女帝の作法を、教えてあげよう。」
蒼穹を裂く七つの機影。
無機質な銀光が、王都を取り囲む。
包囲陣形。
その中心に――
静止する《エンプレス》。
風だけが鳴る。
甲板。
匠は歯を食いしばる。
匠
「完全に囲まれてる……」
アンジュは、目を逸らさない。
アンジュ
「……でも、あの人は動かない。」
違う。
動かないのではない。
“待っている”。
“エンプレス”コックピット内部。
アイザックは、静かに目を閉じた。
深く、ゆっくりと呼吸。
わずかに、操縦桿が脈打つ。
アイザック
「さて……」
薄く笑う。
アイザック
「真の“型”というものを、見せておこうか。」
龍節棍が、ゆるやかに構えられる。
足が――動く。
滑る。
踏み込まない。
押さない。
水面に落ちた一滴のように、円が広がる。
匠
「あれって……“龍虎の型”……?」
アンジュ
「ええ。
エンプレスで“動きそのもの”を見せる気ね……」
第一式――龍歩。
つま先が、静かに円を描く。
空間がわずかに歪む。
包囲していた機体の照準が、ほんの数ミリ狂う。
それだけで十分だった。
アイザック
「力むな。
地は、支配するものではない。」
一機が突撃。
光刃が一直線に奔る。
瞬間――
龍節棍が、長棍へと変形。
最小動作。
最短軌道。
一閃。
機体を貫き、内部から爆ぜる。
爆散。
衝撃音は、遅れて届いた。
匠
「……速い……!」
第二式――龍視。
残る六機。
だがアイザックの視線は、敵を追っていない。
重心の移動。
推進の癖。
空間を読む。
二機が同時に突っ込む。
エンプレスは、わずかに回転。
龍節棍がしなる。
一機の推進器を砕く。
反転。
二機目を空中で叩き落とす。
無駄がない。
動きが、滑らかすぎる。
まるで踊っているかのようだった…。
アンジュ
「……これが……女帝……」
その声には、羨望と――悔しさ。
第三式――虎踏。
アイザック
「空を斬るな。
地を動かせ。」
エンプレスが、一歩、踏み込む。
衝撃。
見えない圧が走る。
空間そのものが、低く鳴った。
ニ機の姿勢が、同時に崩れる。
龍節棍の節が広がる。
ロッド状に変形。
ニ機を絡め取り――
一機へ叩きつける。
爆光。
静寂。
アイザック
「……ふむ。」
龍節棍を収束。
アイザック
「これで“型”は、示したかな。」
甲板。
匠は呆然と呟く。
匠
「すごい……。
あれが完成形……」
アンジュは、唇を噛む。
アンジュ
(……完成形?
あれが“全て”じゃない…)
爆煙の奥。
かすかな熱源。
匠
「待って!
まだ一機――!」
背後。
至近距離。
光弾。
アイザック
「……しまっ――」
目映い閃光がエンプレスを包む。
だが。
龍節棍は、すでに振り抜かれていた。
残存機を両断。
完全沈黙。
静止。
風だけが鳴る。
匠
「危なかった……」
アンジュ
「……?」
違和感。
エンプレスが、動かない。
ギィィィ……。
内部から軋む音。
出力計が、再び跳ね上がる。
今度は明確に。
制御を“超えて”。
エンプレスの双眸が――
赤く染まる。
低い咆哮。
それは機械音ではない。
“意志”を帯びた音。
アンジュ
「なに……どうしたの……?」
エンプレスが、ゆっくりと地上へ向き直る。
王都。
龍節棍を構え出す。
匠
「まさか……暴走……?」
エンプレスの赤い視界。
鼓動のような振動。
龍節棍を振り下ろす。
王都へ――
――つづく--




