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第24話 呼吸 ―“静”と“動”―

第24話

呼吸 ―“静”と“動”―

――アラベスク・マウザー甲板 ─

晴れやかな空の下、見渡す限りただ広い甲板。

音が、遠い。

穏やかな風が、肌をすり抜ける。

だが、穏やかでありながら――確かな“重み”を持った風が、 この場に立つ三人の存在を、静かに包み込んでいた。

その中央。

一人は、すでに“整っている”。

トレーニングウェア姿のアイザック。 肩を回す動作一つにさえ、無駄がない。 (りき)みも、遊びも、存在しない。

その対面。

アンジュは静かに呼吸を整えていた。

目を閉じる。 吸う。 吐く。

胸ではなく、腹。 浅くではなく、深く。

意識はすでに戦闘モードへと入っていた。

そして――

匠。

明らかに“異物”。

場違いとも言える道着姿。

袖をつまみ、帯に視線を落とす。

匠 「……この世界に“道着”って……」

乾いた笑い。

「しかも……黒帯って…ハハハ…」

アイザック 「我が王家に伝わる修練装束だ」

一切の迷いがない声。

「光栄に思いたまえ」

そして――

何かを差し出す。

反射的に受け取る。

その瞬間。

匠 「っ……!?」

腕が、沈む。

骨に直接、重みが食い込む。

「うわっ……重っ……!!」

見た目は、ただのモップ。

だが――

“質量”が異常だった。

まるで、重力そのものを握らされているかのような感覚。

匠 「なにこれ……⁉️」

アイザックは、わずかに肩をすくめる。

「我が王家由緒ある修練具だよ」

そして――

薄く、笑う。

「では」

一拍。

「始めよう」

空気が――落ちた。

「匠君は、甲板のモップ掛け」

匠 「…はい。」

アンジュ 「…ねぇ…本気で言ってるのっ⁉️」

アイザック 「ああ本気だよ」

即答。

「アンジュは――私と組み手だ」

そして。

「――それでは始め!」

パンッ――

乾いた音が、甲板全域に響いた。

匠は、モップを構える。

床へと押し当てる。

「……っ……」

力を込める。

だが。

――動かない。

完全に“貼り付いている”。

まるで、甲板そのものが拒絶しているかのように。

匠 「……マジかよ……」

押す。

押す。

押す。

だが、返ってくるのは――

“消耗”。

筋肉が悲鳴を上げる。

呼吸が乱れる。

匠 「……っ、ぐ……!」

肺が焼けるように熱い。

「……ハァ……ハァ……」

一歩も進まない。

ただ、削られていく。

体力が。

集中力が。

そして――心が。

一方。

中央。

すでに“戦い”は始まっていた。

間合い。

呼吸。

視線。

すべてが、交差する。

だが。

アンジュの視線が――一瞬、揺れる。

匠の方へ。

その刹那。

挿絵(By みてみん)

アイザック 「…余所見かい?」

低い声。

「違っ…!――」

否定する間もない。

「そんなに気になるかい?匠君の事が…」

アンジュ 「……だって……!」

苛立ちが、先に出る。

「なんでアイツがモップ掛けなのよ!!」

その言葉に――

アイザックは、一歩、踏み込む。

「“武”で最も重要なものは何だと思う?」

アンジュ 「……力」

即答。

だが。

「違う」

静かすぎる否定。

「“呼吸”だ」

容赦のない繰り出される連撃

「すべての“武”は――“呼吸”にある」

次の刹那。

消えた。

いや――

“捉えられなかった”。

視界の外側から、内側へ。

懐へ、侵入。

音も無く流れるような無駄のない動作。

重心を奪う。

アンジュの身体が、宙に浮く。

床に押し倒されるアンジュ。

そのまま寝技へ持ち込もうとするアイザック。

完全な制圧。

アイザック 「人の事を気にしている場合じゃない…」

2人の顔の距離が異様に近い。

だが――

その瞬間。

アンジュの瞳が、変わる。

「……そのまま来たら」

空気が、震える。

「○す❗」

挿絵(By みてみん)

瞬間、身体が弾けた。

捻り、跳ね、力を解放する。

空気が破裂したかのような衝撃。

二人の間合いが、再び開く。

アンジュ 「……次は、取る」

低い。

だが――確信に満ちた声。

アイザック 「……いい目だ。」

微笑む。

だがその奥。

冷たい。

試す者の目。

「実にいい…」

再び激突。

一方、甲板の端。

匠は、荒い呼吸の中で立ち尽くしていた。

モップは依然として重く、動かない。

だが――

「……これ……」

脳裏に、過去の断片がよぎる。

「……カンフー映画で見たことあるやつだ……」

ゆっくりと、息を吸う。

そして、吐く。

力を抜く。

――その瞬間。ズ、ズッ…

わずかに。

ほんのわずかに。

モップが、動いた。

「……っ!」

確かな手応え。

「……これ……そういうことか……」

もう一度。

吸う。

吐く。

押すのではない。

“流す”。

モップが、滑る。

ほんのわずか。

だが――確実に。

匠 「……いける……!」

汗が一滴、甲板へと落ちる。

「…意味があるのなら…」

「……最後まで……やってやる!……」

呼吸を合わせる。

力ではなく、流れで動かす。

挿絵(By みてみん)

それは―

“静”の証。

中央では、“動”が衝突する。

端では、“静”が積み重なる。

だが。

それは――別ではない。

静と動。

対極に見える二つ。

だが本質は、同じ。

“呼吸”。

世界が、わずかに揺れる。

風が、変わる。

空と海が、息をする。

気づかぬまま。

確実に。

二人は、同じ領域へと近づいていた。

――まだ、入口に過ぎない。

アイザックは、その全てを見ていた。

そして。

わずかに、口元を歪める。

(……やはり、面白い)

風が、強く吹き抜ける。

修行は――

まだ、始まったばかりだ。

――つづく――

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