第25話 要領―一歩、ただ一歩―
第25話
「要領 ―一歩、ただ一歩―」
――モディアス王国・整備ドック。
静寂。
巨大な格納空間の中で、二つの影が眠るように佇んでいた。
リンクス。
シルヴィ。
無数のケーブルに繋がれ、整備デッキに固定されたその巨体は、 戦場での激動が嘘のように、微動だにしない。
だが――
その内部には、確かに“熱”が残っていた。
ココルは、ゆっくりとその間を歩く。
装甲に触れる。
フレームを見つめる。
わずかな振動、音、歪み――すべてを感じ取るように。
ココル 「……無茶をしおって」
小さく、笑う。
「じゃが、それでいい」
一歩、リンクスの前で立ち止まる。
「“絆”はな……」 「机の上じゃ、築けん」
手を当てる。
金属越しに、何かを感じ取るように。
「お前達の相棒も……必死じゃ」
視線を、遠くへ。
「じゃから――」
静かに、呟く。
「待っておれよ」
一拍。
「……頑張れ。アンジュ、匠」
その声は、誰にも届かない。
だが確かに――機体は、微かに“応えた”気がした。
――アラベスク・マウザー甲板。
乾いた衝撃音。
踏み込み。
擦過音。
空気が裂ける。
アンジュとアイザックの組み手は、すでに“訓練”の域を越えつつあった。
アイザック 「いい」
最小の動きで攻撃をいなしながら告げる。
「踏み込みが、昨日とは別物だ」
アンジュ 「褒められても嬉しくないわ!まだ1
本も取れてないんだから!」
速い。
鋭い。
だが――
届かない。
アイザック「こうして本気で組み手するのは、
君が念動力を身に付けて以来だ
ね。」
紙一重で、逸らされる。
流される。
崩される。
アイザック 「焦りが消えている。」
一瞬、懐へ。
「だが――まだ“繋がっていない”」
ドッ――。
脇腹に、拳。
的確すぎる一撃。
アンジュ 「……っ‼️」
呼吸が、止まる。
視界が揺れる。
アイザック 「あーーっ!……すまないっ!」
即座に支える。
アイザックは、アンジュの脇腹を、そっと手で押さえた。
「大丈夫かい?」
アンジュ 「……イテテ……」
顔をしかめながらも、立ち上がる。
「……いいのよ」
呼吸を整える。
吸う。
吐く。
「これくらいじゃないと……」
目が、戻る。
「意味ないでしょ」
一拍。
そして――
「……って」
眉が吊り上がる。
「いつまでお腹、触ってんのよっ!!」
シュッ――!
鋭い突き。
アイザックは、わずかに身体を引くだけでそれを躱す。
だがその視線は――
すでに別の場所へ向いていた。
甲板の端。
匠。
全身、汗。
呼吸は荒く、足元はふらつく。
だが――
モップは、動いていた。
ほんの僅か。
しかし確実に。
匠 「……はぁ……はぁ……」
吸う。
吐く。
意識する。
「……呼吸……合わせると……」
押すのではない。
“乗せる”。
重さに逆らわず、流れに委ねる。
ズ……ッ。
また、動く。
匠 「……でも……」
呼吸が、崩れる。
途端に――止まる。
「……続かない……」
膝に手をつく。
肩で息をする。
その時。
視界の端に――
アンジュ。
倒される。
だが。
すぐに立ち上がる。
何度でも。
何度でも。
匠 「……あいつ……」
小さく、笑う。
「ほんと……すごいなぁ……」
だがその目は、どこか――救われたようでもあった。
匠 「……でも」
握る。
モップを。
「……だから…」
吸う。
吐く。
「……要領さえ……掴めば」
もう一度。
「俺だって……!」
――その時。
パンッ。
乾いた音。
アイザック 「――そこまでだ」
空気が、解ける。
「休憩にしよう」
そして、少し声を張る。
「おーーい!匠君もだぁ。倒れる前に休め
ぇ」
匠 「…ゼェ…ハァ…あ…ありがとうございま
す…」
限界。
その場に、倒れ込む。
空が、広い。
やけに、遠い。
足音。
アンジュが近づく。
水のボトルを差し出す。
アンジュ 「……ほら」
匠 「……ありがと」
受け取る。
一口。
水が、身体に染み渡る。
匠 「……生き返る……」
アンジュは、汗だくになりながら水を口に流し込む。
少しだけ、間。
そして――
「匠ってさ」
何気ない声。
「何か、やってた?」
匠 「……弓道」
空を見たまま答える。
「学生の頃だけど」
アンジュ 「ああ……」
小さく、頷く。
「だから、あの時……」
思い出す。
あの一撃。
「迷いがなかったのね」
匠 「……あれは」
少し考える。
「無意識だった」
だが――
「でも」
言葉を選ぶ。
「“これしかない”って思った」
一拍。
匠 「弓道ってさ……」
手を空にかざす。
「どんなに力で引いても……的には、上手く
当たらないんだ」
アンジュ 「……へえ」
匠 「弓を引き絞る“姿勢”と…的を射る“集中力”と……」
そして。
「それらを繋ぐ“呼吸”で…」
――その瞬間。
空気が、変わる。
匠 「……っ」
アンジュ 「……っ」
同時に、顔を上げる。
匠 「“静”が――」
アンジュ 「“動”になる……」
アンジュ 「……違う」
すぐに、言い直す。
「“動”があるから――“静”が生まれる」
匠 「……いや」
目が、合う。
「どっちも……同時だ」
一瞬の沈黙。
そして――
匠・アンジュ 「「……それだ‼️」」
完全に、重なる。
呼吸。
思考。
理解。
バラバラだったものが――
“繋がる”。
少し離れた場所。
アイザックは、それを見ていた。
静かに。
確かめるように。
アイザック 「……ようやく、か」
小さく、笑う。
「遅くはない」
一歩、踏み出す。
二人へ向けて。
「だが――」
影が、伸びる。
「それは“入口”だ」
二人が振り向く。
アイザックの瞳が、僅かに鋭くなる。
「一歩」
「ただ、一歩に過ぎない」
その言葉は――
優しくもあり。
残酷でもあった。
アイザック 「次は――」
わずかに、口元が歪む。
「その一歩を、“武”に変える段階だ」
風が、吹く。
世界が、息をする。
その中で。
二人は確かに――
“踏み出していた”。
小さく。
だが、決定的な一歩を。
――つづく――




