第23話 思惑 ―“牙”と“微笑”―
第23話
思惑 ―交差する牙と微笑―
――クライガスト戦艦〈黒帝〉・玉座の間。
音が、存在しない。
ただ“圧”だけがあった。
漆黒の壁。 光を吸い込む床。 そして―― その中心に鎮座する“玉座”。
そこに座す存在こそが、この艦の支配者。
ガガとギギは、その前に跪いていた。
ギギ 「……ただいま帰ったぜぇ……」
軽口を装う。 だが――声がわずかに掠れる。
「例の“新型”ぁ……」 「正直、想像以上だったわ……」
――沈黙。
返答は、ない。
ただ、低く唸るような“気配”だけが空間を満たす。
ギギ (……やべぇ……)
喉が鳴る。
(この沈黙……) (怒ってる時のやつだ……)
やがて――
ジャカランダ大王 「……そうか」
静かな声。
だが、その一言だけで、 空間の“密度”が一段階上がった。
逃げ場が、消える。
「して、ガガよ」
視線が落ちる。
「命令なしに――なぜ出撃した?」
ギギ (来た……!)
背筋を、冷たい汗が伝う。
だが――
ガガは動かない。
呼吸すら乱さず、一歩前へ。
深く頭を垂れる。
ガガ 「貴重な戦力を失うことは」 「我々にとっても損失」
淡々と。
だが、その言葉には“整いすぎた誠実さ”があった。
「そしてギギは……私の弟」 「咄嗟に飛び出してしまいました」
一拍。
「すべては――私の責任」
さらに深く頭を下げる。
「如何様な罰も、受ける所存です」
――沈黙。
重い。
圧し潰されるような沈黙。
大王は、何も言わない。
その“無反応”こそが―― 最も恐ろしい。
やがて。
ジャカランダ大王 「……ほう」
わずかに、身体を預ける。
「そうか」
一拍。
「……まあ、よい」
ギギ (……え?)
一瞬、理解が遅れる。
(助かった……のか?)
胸の奥に、わずかな安堵が生まれ――
その瞬間。
ババジャ 「ご報告を…。」
空気が、切り替わる。
老いた声。
だが、その響きには冷徹な刃があった。
一歩、前へ。
「ゲネルによる陽動にて侵入を試みましたが――」
「王国の警備は既に強化済み」
「突破は困難と判断いたしました」
ジャカランダ大王 「……“器”の在りかさえ……分かれば……」
その言葉が落ちた瞬間。
空間が、凍る。
命令でもない。 怒号でもない。
ただの“事実”。
だが―― それは絶対の意思だった。
その時。
誰にも見えぬ角度で。
ガガの口元が、わずかに歪む。
(その“器”は……)
(あなたの手には渡らない)
静かに。
確信の笑み。
――思惑は、すでに分岐していた。
――モディアス王国・整備ドック。
油と金属の匂い。
現実へ引き戻すような、無機質な空間。
匠は作業台に向かい、模型サイズ『エンプレス』の前に座っていた。
装甲はすべて外され、
剥き出しになったフレームが、その異質さを際立たせている。
匠
「…なあ…ココル」
工具を止め、呟く。
「この『エンプレス』……
ジンクスが創造したんだよな?」
ココル
「うむ。そうじゃ」
匠
「装甲設計はともかく……」
フレームに視線を走らせる。
「根本が、今までのネンドールと全然違う」
ココルは、どこか誇らしげに頷いた。
ココル
「アイザック殿の直々の発注でな」
「武芸に特化した、完全な専用フレームじゃ」
匠
「……やっぱり」
ココル
「駆動部、関節構造、耐衝撃設計――」
「すべて、“余分を削ぎ落とす”思想で組まれとる」
一拍。
「故に、内蔵武器も
エネルギー兵装も持たぬ」
匠
「……そこまでして、“武”に特化するのか」
ココル
「“武漢”の名は伊達ではない」
声が、わずかに低くなる。
「“サウザンドブレイカー”と呼ばれたジンクスと、
互角とまで言われた男じゃ」
匠
「……D.L.Sを搭載したら、最強だな……」
ココル
「わしは、あまり勧めんがの」
匠
「なぜ?」
ココル
「今現在D.L.Sは、匠とリンクスを
繋ぐ、
言わば匠専用のシステムみたいなもんじゃ」
間。
「この先、他のネンドールに組み込む予定ではいるが…。」
「まだまだ完成したばかりのシステムじゃ…。」
「心が繋がらぬまま乗れば――
取り込まれ、暴走する可能性もある」
匠
「……」
ココル
「まあ、掴みどころのないお方ではあるが――」
「匠にとっては、吸収できるものが山ほどあるじゃろ」
ココル
「気張ってこい」
その時――
ドックの扉が開く。
荷物を持ったアンジュが入ってきた。
アンジュ 「終わった?」
気だるそうに寄りかかる。
「……私は、まだ気が乗らないんだけど!」
匠 「もう少し待ってて…」
視線は外さない。
「すぐ行く」
――モディアス王国・戦艦停泊区域。
圧倒的な影。
白亜の巨艦。
異国の紋章を掲げた旗艦――
『アラベスク・マウザー』。
その姿は、美しく。
そして――どこか“異質”だった。
匠とアンジュは、その前に立つ。
アイザック 「ようこそ」
甲板の先端。
風を背に立つ男。
「我が旗艦へ」
両腕を広げる。
まるで舞台役者のように。
「歓迎するよ」
アイザック 「さて――」
口元が、わずかに歪む。
「まずは、基礎からだ」
匠 「……え?」
次の瞬間。
アイザック 「匠君」
微笑む。
「甲板の掃除を頼もう」
沈黙。
匠 「……は?」
アイザック 「モップ掛けだ」
当然のように言う。
「隅から隅まで、な」
匠 「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
絶叫。
アンジュ 「……⁉️」
腕を組み怪訝な表情を見せるアンジュ。
アイザックは、楽しそうに笑う。
アイザック 「武とはね――」
一拍。
「“身嗜み”から始まるものだよ」
その瞳が、一瞬だけ鋭くなる。
「乱れた者に、強さは宿らない」
風が吹く。
旗が揺れる。
その裏で――
それぞれの“思惑”が、静かに絡み始めていた。
――つづく――




