第22話 武漢 ―翠髪の男の正体―
第22話
「武漢 ―翠髪の男の正体―」
――モディアス王国・円卓の間。
重厚な扉が閉ざされた室内に、張り詰めた空気が満ちていた。
先ほどから、その原因は明確だった。
翠色の髪を後ろで束ねた一人の男。
彼は、まるで自分の庭でも歩くかのような軽やかな足取りで、アンジュの前へと進み出る。
その動きに、無駄は一切ない。
一歩一歩が洗練され、隙という概念そのものが存在しないようだった。
翠髪の男
「やあ、アンジュ。久しぶりだね」
柔らかな声色。
だが、距離の詰め方だけは異様に近い。
「ココル君に頼まれてさ。
君たちの助けになると思って、颯爽と飛んできたよ」
その瞬間、アンジュの表情が露骨に歪んだ。
アンジュ
「……最悪」
吐き捨てるような一言。
匠は思わず、隣のココルに小声で尋ねた。
匠
「なあ、ココル……あの人、誰?」
ココルは短く咳払いし、場を整えるように口を開く。
ココル
「あのお方はな
我がモディアス王国と友好関係にある
トラインザスター国第一王子――」
一拍。
「アイザック・ルークスター様じゃ」
男――アイザックは、その名を聞かせること自体を楽しむかのように微笑み、再びアンジュへ視線を戻した。
アイザック
「やはり君は美しい。
私の隣に立つに相応しい、可憐さだ」
「君とこうして会うのは、僕のプロポーズを断って以来だね…。」
匠「プ、プロポーズ⁉️」
アイザックは、その反応を楽しむかのようにわざと聞かせた。
アイザック「だけど、僕は、諦めない。必ず僕の妃になってもらうよ。」
アンジュ
「……で!」
その言葉を真っ向から遮り、アンジュはココルへと詰め寄る。
「ココル!
なんで“コイツ”を呼んだのか、ちゃんと説明してくれる?」
アイザックは気分を害した様子もなく、むしろ面白そうに肩をすくめた。
ココル
「まあまあ…
先ほども言うた通りじゃ」
表情を引き締め、続ける。
「お前さん達の“伸び代”を
一気に引き上げるためじゃよ」
ココル
「アイザック殿は武芸の達人。
人呼んで――“武漢”」
その二つ名に、匠は微かに眉を動かした。
ココル
「匠。
お前さんの体力・精神力の鍛錬には最適じゃし、
リンクスの操縦理論とも相性が良い」
ココル
「アンジュ。
お前さんには冷静に戦況を見極め、より強固な“壁”になってもらうため“静”と“動”――
その切り替えを学んでもらう」
「武芸は、それを身体で覚えるのにうってつけなんじゃ」
匠
「アイザックさん、よろしくおね――」
だが、その声は意図的に無視された。
アイザックは、アンジュのすぐ傍まで歩み寄る。
アンジュ「ち、近いっ!」
アイザック
「アンジュ。
僕なら、優しく……手取り足取り、教えてあげられるよ」
アンジュ
「…変なことしたら、ぶっ飛ばすからね!
それに――匠が挨拶してる途中でしょ!」
わざとらしく、アイザックは肩をすくめた。
アイザック
「……おっと、これは失礼」
今度は匠へと視線を向ける。
「君が、新しい“創造主”か」
一瞥。
匠の眼差し、体つき、身に纏うオーラまでも…。
まるで、完成品を値踏みするような目。
アイザック
「君のネンドール…カイザー・リンクス?
“アレ”は、なかなか神々しくて素晴らしい…。」
薄く笑い、続ける。
「まあ……
僕の『エンプレス』には遠く及ばないけどね」
匠
「……」
その言葉に、胸の奥が僅かにざわついた。
感情を悟られぬよう、匠は視線を逸らす。
ココル
「ああ…それと匠。
『エンプレス』のブラッシュアップも頼みたい。よいな?」
匠
「……ああ。それは構わないけど…。」
アイザック
「ジンクス殿に創ってもらった機体でね」
「とても気に入っている。
くれぐれも――丁重に扱ってくれたまえ」
穏やかだった声の温度が一気に下がった。
「壊すなよ…。」
匠
「は、はい……」
その時。
重厚な扉が、静かに開いた。
ジュリア
「まあ……皆さんお揃いで」
穏やかな声とともに、王女が姿を現す。
「あら、アイザック様もいらしていたのですね」
アイザック
「王女。ご無沙汰しております」
一礼。
「お身体の具合はいかがですか?」
ジュリア
「少し気分が優れませんでしたが……
今は落ち着いておりますわ」
その言葉に、匠は小さな違和感を覚えた。
(少し顔色が……“聖杯”が、関係しているのか……?)
アイザック
「それでは、訓練の準備がありますので、私はこれで」
踵を返し、振り向きざまに言う。
アイザック
「匠君。
エンプレスの調整が終わったら、私の戦艦へ来るといい」
そして、アンジュへ。
「……さあ、行こうか」
アンジュ
「行っかないわよっ!
私も準備があるし、匠と一緒に行くわ」
ジュリアは、穏やかな微笑みで匠を見つめた。
ジュリア
「匠様……どうか、お気を付けて」
匠
「ありがとうございます。
王女も、お体を大切にしてください」
それぞれが、それぞれの準備へと向かっていく。
迫り来る“訓練”と、
避けられぬ“衝突”に備えるために――。
――つづく――




