閑話⑥「同じ場所で、同じ戦場」
平日、午前9時30分。
オフィスはいつも通りの空気だった。
キーボードの音、電話の声、行き交う社員たち。
その中で——
真希と悠真は、それぞれの席で仕事をしている。
距離は数メートル。
でも、関係は“ただの同僚”。
少なくとも、周囲からはそう見えている。
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「高瀬、ちょっといいか」
背後から声がかかる。
振り向くと、柳瀬部長が立っていた。
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柳瀬部長
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「はい」
「……真希も来てくれ」
一瞬だけ、空気が変わる。
周囲には気づかれない程度に。
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会議室。
ドアが閉まる。
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「急で悪いが」
柳瀬部長が資料を机に置く。
「大型案件が入った」
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その一言で、空気が引き締まる。
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「今回の企画は、うちにとっても、相手先にとっても重要だ」
淡々とした説明。
でも、その重さは伝わる。
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「で——」
一度、間を置く。
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「この案件、二人でやってほしい」
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一瞬、静寂。
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真希と悠真は、同時に視線を落とす。
そして、ほんのわずかに頷く。
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「……理由は分かるな?」
柳瀬部長が、少しだけ意味深に言う。
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二人とも、分かっている。
能力。
実績。
そして——
“関係性”。
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「はい」
真希が先に答える。
「やります」
悠真も続く。
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「期待してる」
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その一言で、任された。
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午前中は、そのまま概要確認と方向性の整理。
役割分担。
スケジュール。
必要なリソース。
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仕事としての会話。
冷静で、無駄がない。
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「このターゲット層、少し広げた方がいいかも」
「同意。あと導線も見直す必要ある」
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短い言葉で、意図が伝わる。
まるで、呼吸のように。
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昼。
それぞれ別の席で食事をとる。
あえて、近づかない。
それが、今の“仕事のルール”。
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そして午後。
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「失礼します」
別の会議室に呼ばれる。
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そこにいたのは——
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瀬川陽翔
氷室結衣
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瀬川は軽く手を挙げる。
「久しぶりだな、悠真」
「ご無沙汰してます」
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その隣で、氷室結衣が静かに二人を見る。
落ち着いた視線。
場の空気を自然と引き締める存在。
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「今回の件、聞いてるわね」
穏やかな口調。
でも、芯は強い。
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「はい」
真希が答える。
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「この企画は、うちにとっても重要なの」
静かに言葉を置く。
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「だから——」
一歩だけ、前に出る。
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「中途半端は許されない」
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その一言で、重みが増す。
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「いい案を、できるだけ多く出してほしい」
瀬川が続ける。
「あと、資料もな。説得力あるやつ」
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「……分かりました」
二人は同時に頷く。
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「期待してるよ」
瀬川が笑う。
でも、その目は本気だった。
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会議室を出る。
廊下。
少しだけ、沈黙。
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「……やるしかないな」
悠真が言う。
「……うん」
真希も頷く。
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視線が合う。
ほんの一瞬。
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「……いける?」
「……いけるでしょ」
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短い言葉。
でも、それで十分だった。
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午後。
二人は同じ会議室に籠る。
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資料を広げる。
PCを開く。
ホワイトボードに書き出す。
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「まず、方向性を三つに分けよう」
「うん。その中で優先順位つける」
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議論が始まる。
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「それだと弱い」
「じゃあ、こうする?」
「……それならいける」
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否定も、提案も。
遠慮はない。
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でも——
ぶつかり合いじゃない。
“高め合い”になっている。
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時間が過ぎる。
気づけば、外は夕方。
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コーヒーのカップが増え、
メモが増え、
案が積み重なっていく。
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「……これ、いいかも」
真希が呟く。
「……ああ、軸になるな」
悠真も頷く。
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自然と、同じ方向を向いている。
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仕事として。
パートナーとして。
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ふと、手が伸びる。
同じ資料に。
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一瞬、指が触れる。
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でも、離さない。
そのまま、少しだけ重なる。
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「……あと少し」
「……うん」
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すぐに手は離れる。
でも、それで十分だった。
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時計を見る。
終業時間が近い。
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「……今日はここまでか」
「……うん」
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資料をまとめる。
PCを閉じる。
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立ち上がると、少しだけ疲労が出る。
でも——
達成感の方が大きい。
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「……いい感じだな」
「……うん」
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ドアを開ける。
また、“職場”に戻る。
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距離を保つ。
表情も、少しだけ変える。
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でも——
もう分かっている。
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同じ場所で、
同じ戦場で、
同じ方向を見ている。
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それだけで、
この仕事は、きっとやり切れる。
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