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閑話①「ふたりに戻る日」


 土曜日、朝5時半。


 まだ街が眠っている時間。


 真希は、そっと玄関のドアを閉めた。


 その後ろで、悠真も小さく息を吐く。


「……なんか、久しぶりだな」


「うん……こんな時間に二人で出るの」


 振り返ると、まだ薄暗い空。


 静かで、少しひんやりした空気。


 それだけで、どこか特別な一日が始まる気がした。



 前日の夜。


 真希の実家に、子どもたちを預けるお願いをした。


「たまには二人で行ってきなさい」


 母はそう言って、あっさり引き受けてくれた。


 5人分の賑やかさが一気に移動した実家は、きっと今ごろ大騒ぎだろう。


 でも——


 その分、ここには“静けさ”がある。



 新幹線に乗り、向かう先は——軽井沢。


 長野の澄んだ空気と、少しだけ非日常な場所。


 そして、宿泊先は星野リゾート。


 少し贅沢な、二人だけの時間。



 軽井沢に到着すると、空気が明らかに違った。


「……涼しい」


 真希が小さく呟く。


「名古屋と全然違うな」


 悠真も、肩の力が抜けたように笑う。



 最初に向かったのは、軽井沢ショッピングプラザ。


 広々としたアウトレットモール。


 ゆったりと歩く人たち。


 休日の穏やかな空気。



 自然と、二人の距離が近づく。


 そして——


 指先が触れる。


 一瞬の迷いのあと、しっかりと繋がる。


 恋人繋ぎ。


 久しぶりだった。


「……なんか、照れるね」


「……今さら?」


 そう言いながらも、どちらも少しだけぎこちない。


 でも、そのぎこちなさが、逆に新鮮だった。



 周囲の視線が、少しだけ向く。


 身長差。


 真希は175cm。悠真は160cm。


 並ぶと、どうしても目立つ。


 さらに年の差もあって——


 知らない人から見れば、“親子”に見えることもある。


 でも。


「……気にしてる?」


 真希が聞く。


「全然」


 即答だった。


「今は、ただ一緒にいるだけでいい」


 その言葉に、真希は少しだけ目を細める。


「……私も」



 そのまま、ゆっくりと歩く。


 服を見て、雑貨を見て。


 特別なものを買うわけでもない。


 ただ、“一緒に選ぶ時間”を楽しむ。



 午後は、旧軽井沢通りへ。


 石畳の道。


 並ぶ小さな店。


 どこか懐かしい空気。


「こういうとこ、好き」


 真希が言う。


「分かる。落ち着く」


 歩幅を合わせながら、ゆっくり進む。


 会話も、自然と増えていく。


 最近のこと。


 子どもたちのこと。


 どうでもいい話。


 それでも——


 ちゃんと“繋がっている”感じがした。



 夕方。


 ホテルに到着。


 静かで落ち着いた空間。


 日常とは切り離された時間。



「……いいとこだね」


「うん……」


 部屋に入ると、二人とも自然と声が落ち着く。


 大きな窓。


 柔らかい照明。


 すべてが、ゆっくりとした時間を作っている。



「……先、お風呂入る?」


「一緒に行く?」


 一瞬の間。


 そして、どちらともなく笑う。


「……そうするか」



 貸切風呂。


 外の空気と、水の温もり。


 静かな湯気の中で、二人だけの時間が流れる。


 言葉は多くない。


 でも、距離は近い。



「……なんかさ」


 真希がぽつりと呟く。


「こうやって二人でいると……全部落ち着くね」


「……うん」


 悠真も、ゆっくりと頷く。


「家族も大事だけど」


「……うん」


「こういう時間も、ちゃんと必要なんだなって思う」



 湯気の向こうで、視線が合う。


 自然と、距離が近づく。


 触れる。


 ゆっくりと。


 優しく。


 確かめるように。


 重なる唇。


 静かなキス。


 時間をかけて、ゆっくりと深くなる。



 離れたあとも、距離はそのまま。


 額が軽く触れる。


 息が近い。



「……好きだよ」


 小さな声。


「……うん、知ってる」


 少し照れながら、でも確かに返す。



 その夜。


 部屋に戻ってからも、二人は寄り添ったまま過ごした。


 特別なことはしない。


 ただ、同じ空間で、同じ時間を感じる。


 時々、触れて。


 時々、笑って。


 時々、またキスをして。



 それだけで、十分だった。



 家族としての時間も。


 夫婦としての時間も。


 どちらも大切。



 でも——


 こうして“ふたりに戻る時間”があるから、


 また、ちゃんと“家族”に戻れる。



 静かな軽井沢の夜。


 二人は、久しぶりに“恋人”としての時間を過ごしていた。



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