第10話「ただいまと、おかえりの意味」
夜19時。
玄関のドアが、静かに開いた。
「……ただいま」
その一言は、いつもと同じはずなのに。
どこか、少しだけ重みがあった。
⸻
「おかえりー!」
リビングから、結翔の声が飛んでくる。
ぱたぱたと駆け寄る足音。
そのまま、ぎゅっと抱きつかれる。
「……うん、ただいま」
真希は少しだけしゃがんで、その頭を撫でた。
柔らかい髪の感触。
小さな体温。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
⸻
キッチンからは、いい匂いがしていた。
ふと見ると——
悠真がフライパンを持っている。
「……今日は俺が作ってる」
少し照れたように言う。
「……珍しい」
「たまにはな」
軽く笑う。
そのやり取りが、どこか懐かしい。
⸻
双子はリビングで遊んでいる。
おもちゃの音。
小さな笑い声。
結翔がその横で何か説明している。
少し前までの“静かすぎる夜”とは、まるで違う。
⸻
「手、洗ってくるね」
「うん」
それだけの会話。
でも、ちゃんと“繋がっている”感じがした。
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洗面所で、水を流す。
手を洗いながら、ふと鏡を見る。
少し疲れた顔。
でも、前よりも柔らかい。
「……戻ってきたな」
小さく呟く。
何が、とは言わない。
でも、自分でも分かっていた。
⸻
食卓。
「いただきます!」
5人の声が重なる。
少しだけタイミングがずれて、笑いが起きる。
「結翔、ちゃんと座って」
「はーい!」
「それ、こぼれるよ」
「うわっ!」
バタバタしたやり取り。
でも、その全部が愛おしい。
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「これ、おいしい」
真希がぽつりと言う。
「……ほんと?」
「うん」
悠真が少しだけ嬉しそうにする。
その表情を見て、真希は自然と続けた。
「……ありがとう」
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一瞬、空気が止まる。
ほんの一瞬。
でも——
その一言は、確かにそこにあった。
⸻
「……どういたしまして」
悠真が、少しだけ照れながら返す。
そのやり取りに、結翔が不思議そうな顔をする。
「なんでわらってるの?」
「なんでもないよ」
真希が笑う。
本当に、なんでもない。
ただ、それが嬉しかっただけ。
⸻
食事が終わり。
片付けをしながら、自然と役割が分かれる。
「それ、こっち置いて」
「うん」
「これ洗うね」
「お願い」
短い会話。
でも、ちゃんと噛み合っている。
⸻
子どもたちを寝かしつける。
「おやすみ」
「おやすみなさい!」
結翔が元気に答える。
双子はすでに夢の中。
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寝室の灯りを消す。
静かな時間が、戻ってくる。
⸻
リビング。
二人だけの空間。
でも、あの頃のような“冷たい沈黙”じゃない。
ただ、落ち着いた静けさ。
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「……今日さ」
真希が口を開く。
「うん?」
「“ただいま”って言ったとき……なんか、違った」
少し照れながら。
「……分かる気がする」
悠真も頷く。
⸻
「前はさ、ただの“帰宅”だったけど」
「……うん」
「今は、ちゃんと“戻ってきた”感じがする」
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その言葉に、悠真は少しだけ考えてから言う。
「“おかえり”も、同じだな」
「……どういうこと?」
「前は、なんとなく言ってたけど」
「……うん」
「今は、“ここに戻ってきてくれてよかった”って意味になってる」
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静かなやり取り。
でも、その一つ一つが、確かだった。
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ふと、目が合う。
少しだけ、距離が近づく。
自然に。
無理なく。
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そっと、触れる。
軽く、優しく。
短いキス。
それだけで、十分だった。
⸻
「……明日も、頑張ろうか」
真希が言う。
「……だな」
悠真が笑う。
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特別なことは、何もない。
劇的な変化もない。
⸻
でも——
“ただいま”と“おかえり”が、
ちゃんと意味を持つようになった。
⸻
それだけで、この日常は、
きっと、これからも続いていく。
⸻
騒がしくて、不器用で、余裕のない毎日。
それでも。
その中で、何度でも向き合いながら。
⸻
5人で、生きていく。
⸻
——終わり。
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