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第9話「5人で初めての旅行」


 出発の朝。


 まだ少しだけ、ぎこちない空気が残っていた。


「忘れ物ない?」


「……多分、大丈夫」


 そんな何気ない会話も、どこか硬い。


 それでも——


 5人で玄関を出る。


 それだけで、少しだけ前に進んでいる気がした。



 新幹線の車内。


「うわぁー!はやい!!」


 結翔が窓に張りつく。


 流れていく景色に、目を輝かせている。


 その無邪気さに、真希は少しだけ救われる。


「ほら、座って。危ないよ」


「はーい!」


 元気な返事。


 双子も、落ち着いている。


 今のところは、順調。


 ——今のところは。



 最初の目的地は、富山。


 到着すると、澄んだ空気と広がる山の景色が迎えてくれた。


 立ち寄ったのは、黒部峡谷トロッコ電車。


 ゆっくりと進む車両から見える、深い緑と渓谷。


 川の音、風の匂い。


「すごい……」


 真希が思わず呟く。


 その横で、悠真も静かに頷いていた。


 言葉は少ない。


 でも、同じ景色を見ている。


 それだけで、ほんの少し距離が近づく。



 だが——


「ママぁ……」


 不穏な声。


 振り向くと、双子の一人がぐずり始めていた。


「……あ、来たね」


 悠真が苦笑する。


 揺れと音に驚いたのかもしれない。


 抱っこ、あやし、水分補給。


 観光どころではなくなる。


「ごめん、ちょっと外れるね」


「うん、任せて」


 自然に役割が分かれる。


 少し前なら、ぎこちなかったその連携が、今は少しだけスムーズだった。



 夕方。


 金沢へ移動。


 宿泊先は、少し奮発した高級ホテル。


 広いロビー、落ち着いた照明、丁寧な接客。


 日常とは違う空気に、子どもたちも少しだけ静かになる。


「……すごいね」


 真希が小さく言う。


「たまには、こういうのもいいだろ」


 悠真も、少しだけ柔らかい表情。



 部屋に入る。


 広い空間。


 大きなベッド。


 窓から見える夜の街。


 その“非日常”が、張り詰めていたものを少しずつほどいていく。



 翌日。


 金沢観光。


 まず訪れたのは、兼六園。


 広がる日本庭園。


 静かな池と、整えられた松。


 ゆったりとした時間が流れる。


「ここ、きれい……」


 真希が足を止める。


 その横に、悠真が並ぶ。


 自然と、同じ場所で同じ景色を見る。


 その距離が、昨日よりも近い。



 続いて、ひがし茶屋街。


 古い町並み。


 木造の建物と石畳。


 どこか懐かしい空気。


 結翔が走り回り、双子も楽しそうに声を上げる。


 その光景を見ながら、ふと気づく。


 ——ちゃんと、“家族”してる。


 完璧じゃない。


 でも、確かにそこにある。



 昼食中。


 子どもたちは、楽しそうに話している。


 その横で——


 真希と悠真は、少しだけ静かだった。


 でも、気まずさはもうない。


 ただ、言葉を選んでいるだけ。



 そして、夜。


 ホテルの部屋。


 子どもたちは遊び疲れて、すぐに眠りについた。


 静かな時間。


 久しぶりに、二人だけの空間。



 ふと、結翔が寝返りを打つ。


 そのとき、ぼんやりと目を開けて——


 二人の方を見る。


 少しだけ、観察するように。


 そして。


 何も言わずに、反対側へ寝返りを打つ。


 双子も、同じように。


 まるで——


 “二人の時間を邪魔しないように”するみたいに。



 その空気に、二人は気づく。


「……見られてたな」


「……うん」


 小さく笑う。


 少しだけ、照れくさい。



 そのまま、自然に距離が縮まる。


 言葉はない。


 でも、分かる。


 今なら、大丈夫だと。



 そっと、触れる。


 久しぶりの距離。


 確かめるように。


 ゆっくりと、深く。


 重なっていく。


 離れていた時間を埋めるように。


 言葉にできなかった想いを、伝えるように。



 息が重なる。


 指先が、服越しに触れる。


 それだけで、温度が伝わる。



「……久しぶりだね」


「……うん」


 小さな声。


 それだけで、十分だった。



 その後。


 シャワー室。


 水音だけが響く空間。


 狭い距離。


 濡れた空気。


 触れ合う距離が、さらに近くなる。


 笑いながら、少しふざけながら。


 でも、その奥には、確かな想いがあった。


 離れていた分を、取り戻すように。



 派手な何かがあったわけじゃない。


 劇的な変化もない。


 でも——


 少しずつ。


 本当に少しずつ。


 元の距離に、戻ってきていた。



 旅の終わり。


 まだ完璧じゃない。


 でも、もう迷ってはいない。



 “家族でいること”も、

 “夫婦でいること”も。


 どちらも、ちゃんと続いていく。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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