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閑話②「触れない距離と、また選ぶ時間」


 軽井沢から帰った翌日。


 日曜日の午後。


「……やっぱり、疲れてるね」


 真希はソファに深く沈み込みながら、そう呟いた。


「まあ、久しぶりに歩き回ったしな」


 悠真も隣に座り、軽く肩を回す。


 体は少し重い。


 でも、不思議と心は軽かった。



 窓の外から入る柔らかい光。


 子どもたちの笑い声。


 いつもの日常。


 でも——


 どこか少しだけ違う。


 余裕がある。


 ほんの少しだけ。



「……楽しかったね」


 真希がぽつりと言う。


「うん」


「なんか……ちゃんと戻れた感じする」


 その言葉に、悠真は少しだけ考えてから頷いた。


「戻るっていうか……ちゃんと繋ぎ直したって感じかな」


「……それ、いいね」


 小さく笑う。



 そのまま、二人は少しだけ寄り添う。


 派手なことはない。


 ただ、肩が触れる距離。


 それだけで、十分だった。



 そして——月曜日。


 また、日常が始まる。



 オフィス。


 変わらない風景。


 キーボードの音。


 電話の声。


 人の流れ。



 真希は、自分の席に座る。


 悠真は、少し離れた席に。


 同じ職場。


 でも——


 “夫婦”であることは、誰も知らない。



「おはようございます」


 周囲には、いつも通りの挨拶。


 でも——


 悠真には、言わない。


 視線が一瞬だけ交わる。


 それだけ。



 午前中。


 仕事は順調に進む。


 資料作成、確認、調整。


 真希は集中していた。


 無駄な感情は、入れない。


 それが“仕事”。



 ふと、手を伸ばしたとき。


 資料が少し遠い。


 その瞬間——


 別の手が、同じ書類に触れた。


 悠真だった。



 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、指先が触れる。


 それだけ。


 すぐに離れる。



「……どうぞ」


「……ありがとう」


 それも、仕事としてのやり取り。


 周囲には、何も違和感はない。



 でも。


 そのわずかな接触が、確かに伝える。


 ——ここにいる。


 ——ちゃんと繋がっている。



 昼休み。


 別々の席。


 別々の時間。


 でも、同じ空間。



 あえて、近づかない。


 あえて、話さない。


 それが、今の二人の“バランス”。



 仕事に集中する。


 家庭を守る。


 そのどちらも崩さないための距離。



 火曜日、水曜日、木曜日。


 同じような日々が続く。


 忙しくて、余裕は少ない。


 でも——


 前とは違う。



 無理に近づこうとしない。


 でも、完全に離れもしない。



 コピー機の前。


 すれ違いざま。


 会議室のドアの前。


 ほんの一瞬、指が触れる。


 それだけで、十分だった。



 言葉にしなくても、伝わるものがある。


 それを、二人は少しだけ思い出していた。



 そして——金曜日の夜。



「……明日さ」


 帰り道。


 並んで歩きながら、悠真が言う。


「うん?」


「また、どっか行く?」


 少しだけ、照れたように。



 真希は一瞬驚いて、そして笑った。


「……いいね」


「子どもたちは……」


「また実家にお願いしよっか」


 軽く言う。


 でも、その裏には“ちゃんと理由のある選択”がある。



「どこ行く?」


「……東京、行く?」


 真希が提案する。


「観光っぽいこと、逆にしてないし」


「確かに」


 悠真も頷く。



「じゃあ決まり」


「うん」



 土曜日。


 再び、真希の実家へ。


「また行ってくるの?」


 母が少し呆れたように笑う。


「……ちょっとだけね」


「はいはい、楽しんできなさい」


 あっさり送り出される。



 子どもたちの声を背に。


 玄関を出る。



 今度は、東京。


 人の多さも、空気も、全部違う。


 でも——


 隣にいるのは、同じ人。



「なんかさ」


 真希が言う。


「こうやって、また行こうって思えるの……ちょっと嬉しい」


「……俺も」



 自然と、距離が近づく。


 手を繋ぐ。


 軽く。


 でも、しっかりと。



 “家族”でも、“夫婦”でもなく。


 ただの“恋人”みたいに。



 そうやって過ごす時間が、


 また、二人を少しずつ強くしていく。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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