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『40歳OLと高校生、世間では“母子”、本当は恋人――バレたら即終了の年の差ラブコメ、始まります。』  作者: AQUARIUM【RIKUYA】
シーズン8.5《社会人8年目と2人の出世…家族5人編のその後と特別編 ~ 》
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特別編⑦「見えない合図と、守るための距離」


秋が深まる頃。


ルクシア株式会社では、毎年決まって行われる行事があった。


――防災の日に合わせた、避難訓練。



「今年もこの時期か」


朝の社内放送を聞きながら、悠真は小さく呟く。



“来週、全社員を対象とした避難訓練を実施します。

当日は指示に従い、安全に避難してください”



その放送は、どこか事務的で、けれど重要な意味を持っていた。



ルクシア株式会社が入るビルは高い。


しかも、会社のフロアは“真ん中あたり”。


上でもなく、下でもない。


だからこそ――


“どうやって早く、安全に降りるか”が重要になる。



階段の位置。


非常口の場所。


避難経路の確認。



すべてが“もしも”のための準備。



そして、さらに一週間前。


別の放送が流れる。



“避難時の基本行動を再確認してください。

『お・は・し』――押さない、走らない、喋らない”



その言葉は、どこか子ども向けのようでいて、


実際には大人ほど守るのが難しい。



「押さない、走らない、喋らない……ね」


悠真はそのフレーズを繰り返す。



パニックの中で、冷静でいられるか。


それは“訓練しているかどうか”に大きく左右される。



そんなある日の昼前。


悠真は自動販売機の前に立っていた。



缶ココアを一本。


温かいそれを手に取り、軽く一口。



「はぁ……」


一息つく。


忙しい仕事の合間の、ほんのわずかな休憩。



その時だった。


後ろから、誰かの気配。



振り返らなくても分かる。



真希だった。



同じタイミングで、別の社員――同期の一人もやってくる。


三人で、何気ない会話が始まる。



「避難訓練、来週ですよね」


「また階段きつそうだな」


「ほんとそれ」



自然な会話。


何も特別なことはない。



だが、その中で――


ふとした瞬間。



手が、ぶつかる。



ほんのわずかな接触。


偶然に見えるタイミング。



だが次の瞬間。



そのまま、指が絡む。



恋人繋ぎ。



視線は合わせない。


顔も向けない。



あくまで“会話の延長線”の中で、


誰にも気づかれない角度で。



だが、その握り方には、


はっきりとした意思があった。



ぎゅっと、軽く握る。



(好きだよ)


言葉にしない想い。



それに応えるように、


少しだけ強く握り返される。



(分かってる)



ほんの数秒。


それだけの時間。



周囲から見れば、


ただ立って話しているだけ。



だがその裏では、


確かな感情が交わされていた。



「じゃあ、そろそろ戻るか」


同期の声で、会話が終わる。



その流れに合わせて、


自然に手が離れる。



何もなかったように。


何も起きていないように。



真希はそのまま歩き出す。


悠真も少し遅れて動く。



すれ違う一瞬。



「……気をつけてね、来週」


真希が小さく言う。


仕事の話として。



悠真は軽く頷く。


「そっちも」



それだけのやり取り。



だがその裏には、


別の意味が含まれている。



“ちゃんと無事でいて”



言葉にしない分、


その重みは強かった。



仕事に戻る。


それぞれのデスク。



また忙しさが始まる。



だが、ほんの数秒のあの時間が、


不思議と心を軽くしていた。



“見えない関係”。



誰にも知られてはいけない。


だからこそ、


守れる距離がある。



そしてそれは、


決して不自由なものではなかった。



むしろ――


二人にとっては、


大切な“かたち”だった。



来週、避難訓練がある。



もしもの時。


本当に大事なのは、


冷静さと、判断力と、


そして――


“守りたいもの”を持っているかどうか。



その答えは、


もう決まっていた。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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