第3話「日常の中の、隠された距離」
七泊八日の旅行が終わった。
京都、滋賀、大阪。
濃密な時間は、あっという間に過ぎていった。
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家に戻った夜。
荷物を置いた瞬間、現実が戻ってくる。
「……終わったね」
真希が小さく言う。
悠真は少しだけ笑う。
「楽しかった分、反動がくるな」
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そしてその“反動”は、すぐに形になる。
休み明け。
会社。
デスクの上に積まれた書類。
未読のメール。
止まっていた分の仕事が、一気に流れ込んでくる。
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「……多い」
真希がぽつりと呟く。
だが手は止まらない。
すぐに優先順位を組み立て、処理を始める。
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一方、企画部。
悠真も同じだった。
「これ全部、今日中?」
同僚が苦笑する。
悠真は資料を見ながら答える。
「できるところまで」
その言葉には、無理をしすぎない余裕があった。
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仕事は忙しい。
だが、以前とは違う。
“潰れるほどではない”
そのラインを、二人は覚えていた。
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廊下。
すれ違う瞬間。
真希と悠真の距離が一瞬だけ近づく。
誰にも気づかれない角度で――
指先が、ほんの一瞬だけ触れる。
ほんの一秒もない接触。
だがそれだけで、十分だった。
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真希は何もなかったように歩き続ける。
悠真も振り返らない。
だが、そのわずかな温度だけが残る。
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昼休み前。
自動販売機の前。
人は少ない。
だがゼロではない。
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二人は、少し距離を空けて並ぶ。
視線は合わせない。
完全に“他人の距離”。
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それでも――
背を向けたまま。
片方の手だけが、ゆっくりと後ろに伸びる。
そして、触れる。
指と指が絡む。
恋人繋ぎ。
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誰にも見えない位置。
ほんの数秒。
それだけで、心が少し落ち着く。
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「……仕事戻る」
真希が小さく言う。
「うん」
悠真も短く返す。
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そのまま、自然に離れる。
何事もなかったように。
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“隠す関係”。
だがそれは、ただの制限ではない。
二人にとっては、
“守るための形”でもあった。
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午後。
会議室。
ルクシア株式会社の企画会議が始まる。
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議題は――秋のイベント。
「読書会とスポーツ大会を組み合わせた企画を検討する」
上層部からの指示だった。
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「読書とスポーツ?」
誰かが呟く。
少し異質な組み合わせ。
だが、それが逆に面白さでもあった。
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悠真は資料を見ながら考える。
“静”と“動”。
“個人”と“集団”。
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その両方をどう繋ぐか。
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数日後。
複数のチームから企画案が提出される。
悠真も、その中の一人として案を出していた。
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そして――
結果発表。
「今回採用されるのは……この10案です」
名前が読み上げられる。
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「高槻」
その中に、自分の名前があった。
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悠真は小さく息を吐く。
隣の同僚が軽く肩を叩く。
「やるじゃん」
「ありがとうございます」
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同じ頃。
営業部。
真希もその情報を受け取る。
一覧に目を通し――
一瞬だけ、視線が止まる。
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(通ったんだ)
表情は変えない。
だが、ほんの少しだけ口元が緩む。
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その日の帰り道。
いつも通り、少しだけ時間をずらして外に出る。
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駅までの道。
偶然のように、並ぶタイミング。
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「通ったね」
真希が小さく言う。
悠真は軽く頷く。
「なんとか」
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「おめでとう」
その一言は、短くて、でも確かだった。
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悠真は少しだけ笑う。
「まだこれからだけどな」
「うん。でも一歩」
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夕焼けの中。
二人は並んで歩く。
少しだけ距離を空けて。
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だが、その距離の中には、
確かに“繋がり”があった。
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非日常は終わった。
だが――
日常の中にも、ちゃんと特別はある。
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そしてその特別は、
誰にも見えない形で、確かに続いていた。
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