特別編①「離れていても、同じ場所へ」
夏が始まる少し前。
湿った空気が、街全体をゆっくり包み始めていた。
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朝。
リビングには、いつもより少しだけ落ち着かない空気があった。
結翔がリュックを背負いながら言う。
「ほんとに泊まるの?」
真希はしゃがんで目線を合わせる。
「うん。ママの実家ね」
未来と莉嘉も、それぞれ小さなバッグを持っている。
どこか楽しみそうで、でも少しだけ不安そうだった。
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玄関。
悠真が荷物を持ちながら言う。
「すぐ迎えに行くからな」
結翔は少しだけ唇を尖らせる。
「ほんとに?」
「ほんと」
短い約束。
でも、それで十分だった。
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車が走り出す。
向かうのは、真希の実家。
窓の外の景色がゆっくり変わっていく。
子どもたちは最初は話していたが、途中から静かになった。
それぞれが、それぞれの気持ちを抱えている。
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実家に着くと、空気が少し変わる。
懐かしい匂い。
少しだけ時間がゆっくり流れている場所。
「いらっしゃい」
真希の母が優しく迎える。
その声に、子どもたちの緊張が少しだけほどけた。
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「ちゃんとご飯食べるのよ」
「夜更かししすぎないでね」
真希が一つ一つ確認するように言う。
結翔は少し照れながら頷く。
未来と莉嘉はもう部屋の中を見回している。
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別れの時間。
玄関の前。
「いってらっしゃい、じゃないか」
悠真が苦笑する。
結翔が小さく言う。
「……すぐ来る?」
真希は少しだけ間を置いてから答える。
「お盆になったら、すぐ迎えに行く」
その言葉は、ちゃんとした約束だった。
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車に戻ると、しばらく誰も話さなかった。
エンジン音だけが流れる。
やがて悠真がぽつりと言う。
「静かになるな」
真希は窓の外を見たまま答える。
「うん」
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家に戻ると、空気が違った。
広い。
そして、静かすぎる。
いつもあるはずの音が、何もない。
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その夜。
二人はそれぞれ仕事を持ち帰っていた。
新しいプロジェクト。
営業、企画、そして秘書課。
すべてが重なっている時期だった。
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「終わらないね」
悠真がパソコンを見ながら言う。
「終わらせるしかないね」
真希は淡々と返す。
だがその声には、少しだけ力がこもっていた。
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数日が過ぎる。
朝は早く、夜は遅い。
家に帰っても、静かなまま。
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そんな中で、唯一の“救い”があった。
夜のテレビ電話。
画面の向こうに、三人の顔が並ぶ。
「ママー!」
「パパー!」
一気に声が重なる。
その瞬間だけ、家の空気が変わる。
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「ちゃんとご飯食べてる?」
真希が聞く。
「食べてる!」
結翔が即答する。
未来と莉嘉も元気に頷く。
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悠真が笑う。
「いい子にしてるか?」
「してる!」
その返事に、二人は少しだけ安心する。
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通話が終わると、また静けさが戻る。
だがさっきまでとは違う静けさだった。
“繋がっている静けさ”。
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日々は過ぎていく。
忙しさは変わらない。
むしろ増えていく。
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ある夜。
真希がぽつりと言う。
「あと一週間」
悠真が頷く。
「お盆までか」
「うん」
その一週間が、やけに長く感じる。
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それでも、仕事は止まらない。
むしろ終盤に向かって、さらに密度が上がる。
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そして――
お盆休み前日。
ようやく、一区切りが見えた。
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夜。
久しぶりに早く帰れた日。
リビングに二人だけ。
静かで、でもどこか軽い空気。
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真希がふと、悠真を見る。
「ねえ」
「うん?」
少しだけ間を置いてから言う。
「久々に、お風呂一緒に入らない?」
悠真は少し驚いたように見る。
そして、すぐに笑う。
「いいな」
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浴室。
湯気の中で、時間がゆっくりになる。
仕事の話はもうしない。
ただ、同じ空間で、同じ時間を過ごす。
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「疲れたね」
真希が小さく言う。
「うん」
悠真も短く答える。
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お互いに背中を流す。
髪を洗う。
何気ない動作なのに、それがやけに温かい。
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風呂を出たあと。
静かな部屋。
久しぶりに“何も追われていない時間”。
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真希が少しだけ近づく。
悠真も自然に受け止める。
言葉は少ない。
ただ、距離が近い。
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その夜は、久しぶりにゆっくりと時間が流れた。
何も急がない… 何も背負わない。
真希と悠真は2人寄り添って身体を重なり合う。
ただ“二人でいる時間”。
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ベッドに入る前。
真希が小さく言う。
「明日、迎えに行こうね」
悠真は頷く。
「うん。みんなで旅行だな」
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ようやく来る“再会”。
そして、その先にある“家族の時間”。
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離れていた時間があるからこそ、
戻ったときの温かさは、きっと大きくなる。
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その夜は、久しぶりに深く眠れた。
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