第9話「二つの家族旅行計画」
神奈川旅行から数日後。
日常はもう完全に戻っていた。
ただし——少しだけ、前とは違う形で。
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会社では、いつも通りの朝。
オフィスの空気も変わらない。
でも、春日井真希の机の上には、ひとつだけ増えたものがあった。
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春日井真希
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それは、未処理の企画資料ではなく——
“次の旅行候補メモ”だった。
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「……金沢か富山、いいと思うんだよな」
昼休み。
食堂ではなく、少し離れた廊下。
悠真が小さく言う。
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「神奈川行ったし、次は北陸」
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真希は少しだけ考える。
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「金沢はいいね」
「兼六園とか、街並み綺麗だし」
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「富山もいいよな」
「立山とか、黒部ダムとか」
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自然と会話が“次の未来”に向かっている。
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その時だった。
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「お前ら、また旅行の話か?」
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背後から声。
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瀬川陽翔
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悠真は少し驚いて振り向く。
「瀬川さん」
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「神奈川行ってたんだろ?」
「はい」
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「で、次は北陸?」
軽く笑いながら言う。
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「……そうです」
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その横で真希も軽く会釈する。
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瀬川は腕を組みながら言った。
「うちもさ、旅行考えててな」
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少し間。
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「金沢、ちょうどいいと思ってたんだよ」
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一瞬、空気が重なる。
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「……同じですね」
悠真が言う。
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「でさ」
瀬川がニヤッと笑う。
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「どうせならさ」
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少しだけ間を置く。
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「一緒に行くか?」
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廊下の空気が、ほんの少し止まる。
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「え?」
真希が思わず声を漏らす。
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「いや、冗談半分だけどな」
瀬川は軽く笑う。
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「でも面白くないか?」
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そこにさらに声が重なる。
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「面白そうですね」
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背後からもう一人。
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氷室結衣
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真希は一瞬、本気で固まる。
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「氷室さんまで……」
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「偶然よ」
結衣は笑う。
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「でも、悪くない話でしょ?」
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瀬川が肩をすくめる。
「仕事抜きで、変な組み合わせ旅行」
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「会社関係者+家族っていうやつ」
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真希は視線を落とす。
悠真を見る。
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悠真も少しだけ考えている。
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「……現実的ではありますね」
真希が言う。
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「だろ?」
瀬川がすぐ返す。
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少し沈黙。
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でも、その沈黙は“拒否”ではなかった。
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「子どもたちは?」
真希が言う。
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「楽しむと思うぞ」
悠真が答える。
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その言葉で、空気が少し変わる。
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「じゃあ……」
真希は小さく息を吐く。
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「一回、調整してみます」
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「決まりだな」
瀬川が軽く笑う。
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その場は、それで終わった。
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だが——
廊下に残った空気は、少しだけ変わっていた。
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夜。
帰宅。
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「ただいまー!」
「おかえりー!」
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いつもの声。
いつもの家。
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夕食のあと。
リビング。
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「ねえ」
悠真が言う。
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「金沢とか富山ってさ」
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真希が顔を上げる。
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「うん?」
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「もしかしたらさ」
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少しだけ間。
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「一緒に行く人、増えるかも」
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一瞬、沈黙。
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「……増える?」
真希が聞き返す。
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「瀬川さんとか、氷室さんとか」
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その名前で、真希は納得する。
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「……あの流れか」
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「そう」
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少しだけ笑う。
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「大丈夫かな」
「分からない」
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正直な答え。
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でも、その不安は嫌じゃなかった。
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むしろ——
少しだけ“面白い未来”だった。
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結翔が横から言う。
「みんなでいくの?」
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「まだ分からないよ」
真希が答える。
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「でも、そうなるかもな」
悠真が続ける。
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子どもたちは楽しそうに笑う。
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夜が静かに流れる。
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その中で、二人は同じことを考えていた。
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——日常は、まだ広がる。
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そして、その中心には変わらず、
この家族がある。
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