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第6話「瀬川陽翔の誘い」


 金曜の夜。


 仕事終わりのオフィス街は、昼間とは別の顔をしていた。


 ネクタイを緩めた人たちが、駅へ、飲み屋へと流れていく。


 その中で悠真は、ひとつの店の前で立ち止まった。



 暖簾をくぐると、少し賑やかな声が広がる。


 奥の席で、手を上げる男がいた。



瀬川陽翔



「遅いぞ、高瀬」


 軽く笑いながら、グラスを置く。



「すみません、仕事長引いて」


「まあいいって。座れ」



 居酒屋の空気は、会社とは違う。


 少しだけ、肩の力が抜ける場所だった。



「最近どうだ?」


 瀬川が早速聞いてくる。



「忙しいですけど……まあ、悪くないです」


「“悪くない”か」


 少し笑う。



「お前、前よりちゃんとしてるな」



 その言葉に、悠真は少しだけ目を瞬かせる。



「そうですか?」


「ああ」


 瀬川はビールを一口飲む。



「前はもっと余裕なかっただろ」



 悠真は少し黙る。



「……まあ、いろいろありましたから」



 その言葉に、瀬川はあえて深くは聞かない。



「ま、いい方向なんだろ?」


「はい」



 短い返事。


 でも、それで十分だった。



 料理が運ばれてくる。


 唐揚げ、枝豆、焼き魚。


 どれも特別じゃないのに、妙に落ち着く。



「で」


 瀬川が箸を持ちながら言う。



「結婚生活どうなんだ?」



 一瞬、悠真の動きが止まる。



「普通です」



「普通ねえ」


 ニヤッと笑う。



「それが一番難しいんだよな」



 その言葉に、悠真は少しだけ視線を落とす。



「……そうかもしれないです」



 瀬川は少しだけ真面目な顔になる。



「ちゃんとやれてるなら、それでいい」



 それから、軽く笑う。



「まぁ、俺のとこも大差ないけどな」



 少しだけ空気が緩む。



 酒が進むにつれて、話題は少しずつ軽くなる。



「そういえばさ」


 瀬川が思い出したように言う。



「今度、家族でどっか行くんだろ?」



「はい。神奈川に」



「いいな」



 少しだけ羨ましそうに笑う。



「うちも子ども連れてどっか行く予定あるんだよ」



「そうなんですね」



「でさ」


 ここで少し間を置く。



「今度、一緒に行かね?」



 悠真は一瞬固まる。



「……一緒に?」



「そう。家族同士で」



 軽い冗談のように言う。


 でも、目は少しだけ本気だった。



「氷室のとこも巻き込んでさ」



 その名前が出た瞬間、空気が変わる。



氷室結衣



「……それ、かなり大事な話じゃないですか」


 悠真が言う。



「だから面白いだろ?」


 瀬川は笑う。



「仕事抜きの“変な組み合わせ旅行”」



 少しだけ沈黙。



 でも、悪くない提案だった。



「……検討してみます」



「おう、それでいい」



 グラスが軽くぶつかる。



 夜はまだ続く。



 帰り道。


 駅のホーム。


 人の流れの中で、悠真は少しだけ考えていた。



 仕事。


 家庭。


 そして、人との繋がり。



 少しずつ広がっていく世界。



 その中心にあるのは、変わらず“あの家”だった。



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