第5話「氷室結衣との女子会」
金曜日の夜。
仕事を終えた真希は、久しぶりにネクタイのない夜を過ごしていた。
オフィス街から少し離れた静かなバー。
照明は落ち着いていて、会話の声だけが柔らかく響く。
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その席に座っているのは、もう一人。
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氷室結衣
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「相変わらず忙しそうね」
氷室結衣はグラスを軽く回しながら言う。
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「……まあ、普通よりは」
真希は少しだけ苦笑する。
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「“普通より”っていう時点で普通じゃないのよ」
軽く笑いながらも、目は鋭い。
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真希はグラスを見つめる。
「最近、余裕は少ないですね」
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「それ、悪いこと?」
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一瞬、言葉に詰まる。
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「……いいえ」
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その答えを聞いて、結衣は満足そうに頷いた。
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「あなた、ちゃんと選んでる顔してる」
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その言葉に、真希は少しだけ目を上げる。
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「選ぶ?」
「仕事も、家庭も」
結衣は静かに続ける。
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「どっちかじゃなくて、“どっちも”選んでる」
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真希は何も言わない。
でも、その沈黙は肯定だった。
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「普通は無理なのよ、それ」
結衣はグラスを置く。
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「でもあなた達は、やってる」
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少しだけ笑う。
「面白い夫婦ね」
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真希は小さく息を吐いた。
「……よく言われます」
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「そりゃそうよ」
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少し間が空く。
音楽だけが流れる。
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「ねえ」
結衣がふと声を落とす。
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「最近、ちゃんと“自分の時間”ある?」
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その質問に、真希は一瞬固まる。
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「……あまり」
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「でしょ」
すぐに返ってくる。
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「でもね、それでいいのよ」
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「え?」
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結衣は少しだけ視線を外す。
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「全部を完璧にやろうとすると、壊れる」
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「だから、“続けられる形”にするの」
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真希はその言葉を静かに聞いていた。
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「あなたは今、それができてる側」
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結衣は軽く笑う。
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「だから、安心していい」
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その一言は、少しだけ肩の力を抜いた。
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グラスの氷が小さく鳴る。
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「旦那さんは?」
結衣が聞く。
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「仕事してます」
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「知ってるわよ」
即答だった。
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「じゃなくて」
少し笑う。
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「ちゃんと支え合えてる?」
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真希は少しだけ視線を落とす。
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「……はい」
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「いいじゃない」
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結衣はそれ以上は聞かなかった。
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「あなた達、変わってるけど」
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少し間。
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「たぶん、一番ちゃんとしてる夫婦よ」
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真希は小さく笑った。
「それ、褒めてます?」
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「もちろん」
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夜が深くなる。
会話は少しずつ軽くなっていく。
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仕事の話。
子どもの話。
少しだけ笑い話。
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そして最後に、結衣が言う。
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「今度さ」
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「はい?」
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「うちも家族旅行するのよ」
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「そうなんですね」
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「でね」
少しだけ意味ありげに笑う。
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「今度、あなた達も一緒にどう?」
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真希は少し驚く。
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「……え?」
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「面白くなりそうじゃない?」
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その言葉に、真希は少しだけ考えてから笑う。
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「……悠真に相談します」
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「それでいい」
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グラスが軽く鳴る。
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夜の街に出ると、少しだけ空気が冷たい。
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でも、真希の中には妙な安心感が残っていた。
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“選び続けていい”
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その言葉だけが、静かに残っていた。
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