第3話「会社での“距離感ルール”」
月曜日の朝は、いつもと同じように始まる。
違うのは、誰にも見えない“ルール”が増えたことだった。
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オフィスの自動ドアが開く。
人の流れ。
キーボードの音。
電話の声。
その中に、二人は溶け込んでいく。
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「おはようございます」
真希の声は、いつも通り落ち着いていた。
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春日井真希
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悠真も同じように頭を下げる。
「おはようございます」
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視線は交わらない。
必要以上に近づかない。
それが“会社のルール”。
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でも——
完全に離れているわけでもない。
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午前中。
会議室。
企画レビュー。
真希が資料を説明し、悠真が補足する。
それだけ。
それ以上でも、それ以下でもない。
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「高瀬くん、そのデータもう一回確認して」
「はい」
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短いやり取り。
周囲は違和感を感じない。
むしろ“よくできた連携”に見える。
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ただ一つ違うのは——
お互いの“間”が完璧すぎることだった。
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昼休み。
食堂。
席は離れている。
会話はない。
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でも。
悠真が立ち上がるとき、机の下で。
ほんの一瞬だけ指が触れる。
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誰にも気づかれない。
数秒にも満たない接触。
それだけで十分だった。
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午後。
資料作成。
真希のデスク。
悠真が通りかかる。
コピー機へ向かう途中。
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紙を受け取る瞬間。
また、指先が触れる。
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一瞬。
それだけ。
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でも、その一瞬に意味がある。
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「……大丈夫?」
真希が小さく聞く。
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「問題ない」
悠真も小さく返す。
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それで会話は終わる。
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夕方。
終業時間。
それぞれが席を立つ。
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「お疲れさまでした」
どちらも他人として挨拶する。
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同じエレベーターには乗らない。
同じタイミングでも出ない。
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それがルールだった。
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会社の外。
少し離れた場所で合流する。
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「今日もギリギリだな」
悠真が言う。
「うん」
真希が頷く。
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「バレてない?」
「……多分」
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少しだけ笑う。
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でも、その緊張は嫌じゃない。
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むしろ——
ちゃんと“守っている”感じがする。
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夜。
帰宅。
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「ただいまー!」
「おかえりー!」
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子どもたちの声。
いつものリビング。
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夕食。
風呂。
寝かしつけ。
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いつもの流れ。
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夜。
静かな時間。
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ソファに並んで座る。
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「今日さ」
真希が言う。
「ちょっと疲れた」
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「分かる」
悠真が答える。
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「でも、悪くない疲れ」
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その言葉に、真希は小さく笑う。
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「会社の方、ちょっと面白くなってきたしね」
「だな」
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沈黙。
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でも、それは心地いい沈黙だった。
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少しだけ、肩が触れる。
それだけで十分だった。
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明日もまた同じように始まる。
同じように隠して。
同じように支え合いながら。
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でも、そのすべての中心には確かに——
二人の“本当の関係”がある。
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