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第2話「昇給と、家族会議」


 木曜日の夜。


 家の中は、いつも通り騒がしかった。


 テレビの音。

 子どもたちの笑い声。

 キッチンから漂う夕飯の匂い。


 その全部が、“日常”だった。



「ただいま」


 ドアを開けると、すぐに結翔が走ってくる。


「パパー!」


 軽く抱き上げると、小さな体温が腕に伝わる。


「おかえり」


 真希の声は、キッチンからだった。



春日井真希



 エプロン姿の真希は、いつもより少し柔らかい表情をしていた。


「今日さ」


 悠真が靴を脱ぎながら言う。


「ボーナス、正式に上がったって」


 一瞬だけ、手が止まる。



「ほんとに?」


「うん」



 真希は少しだけ目を細めて、静かに笑った。


「……頑張ったね」


 その一言は、仕事の評価以上に重かった。



 夕食のあと。


 リビングに5人が集まる。


 子どもたちは床で遊びながら、時々こちらを見る。



「でさ」


 悠真がソファに座りながら言う。


「今度、どこか行かない?」



 真希が顔を上げる。


「どこ?」



「旅行」



 一瞬、空気が変わる。



 結翔の目が輝く。


「どこいくの!?」



「神奈川とかどうかなって思って」


 悠真が言うと、すぐに反応が返る。


「いく!!」



 双子もよく分からないまま手を叩く。



「鎌倉とか、江ノ島とか」


 真希が少し考えながら言う。


「横浜もいいね」


「うん、それ全部行けるな」



 自然と、会話が“計画”に変わっていく。



 でも、その途中で真希がふと現実に戻る。


「仕事は?」



 悠真は少しだけ肩をすくめる。


「なんとかする」



「課長は?」


「調整する」



 短いやり取り。


 でも、それで十分だった。



 翌日。


 会社。


 空気はいつも通りだが、どこか違う。



「春日井課長」


 朝一番で声がかかる。



「今回の件、評価かなり上がってるよ」


 上司の言葉に、真希は軽く頷く。



 その隣で、悠真も同じように声をかけられる。


「高瀬くん、最近いいね」



 少しずつ、“ただの社員”ではなくなっていく感覚。



 でも、二人は変えない。


 会社では会社の顔。


 家では家の顔。



 昼休み。


 食堂。


 離れた席。


 会話なし。


 視線だけ一瞬交差。



 それだけで十分だった。



 午後。


 ふと、真希のデスクに封筒が置かれる。


「ボーナス通知」



 開くと、数字が少しだけ跳ね上がっていた。



「……ほんとに上がってる」


 小さく呟く。



 その夜。


 帰宅。



「おかえりー!」


 子どもたちの声。



 夕飯。


 笑い声。


 いつも通りの夜。



「ねえねえ!」


 結翔が突然言う。


「はやく旅行いこう!」



「来月くらいかな」


 悠真が答える。



「やったー!」



 真希はその様子を見ながら、少しだけ笑う。



「……ほんと、楽しみにしてるね」



「そりゃそうだろ」


 悠真が軽く言う。


「久しぶりだし」



 その言葉に、真希は小さく頷く。



 夜。


 子どもたちが寝たあと。


 リビング。



「神奈川、どこから行く?」


「江ノ島からかな」


「ホテルは?」


「横浜でもいいし」



 地図を広げながら、静かに話す。



 仕事の顔でもなく。


 親の顔でもなく。



 ただ、“計画を楽しむ二人”。



 窓の外は静かだった。



 でもこの家の中だけは、少しだけ未来の音がしていた。



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