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第1話「評価されたふたり」


 月曜の朝は、いつもと同じはずだった。


 オフィスの自動ドアが開く音。

 パソコンの起動音。

 誰かの「おはようございます」。


 その全部が、いつもの日常のはずだったのに——今日は少し違っていた。



「高瀬、ちょっといいか」


 その声で、空気が変わる。


 振り向いた悠真は、わずかに姿勢を正した。


「はい」


 視線の先には、上司の柳瀬部長。


 その表情は、珍しく柔らかい。



柳瀬部長



「例の企画な」


 その一言で、悠真の背筋がわずかに引き締まる。


 すぐに、隣の席の真希にも視線が飛ぶ。


 彼女もまた、同じように顔を上げていた。



「通ったぞ」



 一瞬、音が消えたように感じた。



「……本当ですか」


 真希の声は、静かだったが確かだった。


「ああ。取締役会も満場一致だ」


 柳瀬部長は軽く頷く。


「想像以上の評価だったそうだ」



 その言葉に、悠真は小さく息を吐いた。


 ようやく、肩の力が抜ける。



「お前ら、やるな」


 柳瀬は少し笑った。


「特に高瀬。あのプレゼン構成は良かった」


「ありがとうございます」


 短く答える悠真。



「春日井もだ」


 今度は真希に視線を向ける。



春日井真希



「全体の設計と調整力、かなり評価されてる」


「……ありがとうございます」


 わずかに息を整えてから答える。



 その後ろで、周囲の社員たちがちらちらとこちらを見る。


 いつもと違う空気に、気づき始めている。



「それと——」


 柳瀬部長は資料を軽く叩いた。


「報酬、上がるから」



 一瞬、間が空く。



「ボーナスも、な」



 その言葉で、ようやく実感が追いついた。



「……ありがとうございます」


 二人は同時に頭を下げた。


 声は重ならないようで、微妙に揃っていた。



 その日の午後。


 社内はいつも通りに動いていた。


 会議。

 メール。

 資料修正。


 ただ、その空気の中に“少しだけ違う視線”が混じる。



「春日井課長、最近すごいですね」


「高瀬くんも、評価上がってるよね」


 何気ない言葉。


 でも、その“温度”は少し違っていた。



 それでも二人は、何も変えない。


 変えられないのではなく、変えない。


 それが、今のルールだった。



 昼休み。


 食堂。


 離れた席。


 会話はない。


 でも——視線だけが、ほんの一瞬だけ交差する。


 それだけで十分だった。



 夕方。


 業務終了後。


 デスクを片付けながら、悠真が小さく伸びをする。


「……終わったな」


 真希も、資料を閉じる。


「うん」



 帰り支度。


 立ち上がる瞬間。


 ほんの一瞬だけ、二人の肩が近づく。


 でも、触れない。


 触れられない。


 その距離が、今の職場だった。



 帰り道。


 会社を出て少し歩いたところで、ようやく息が抜ける。


「……疲れたな」


 悠真が言う。


「うん。でも、悪くない疲れ」


 真希は少しだけ笑った。



「なあ」


「ん?」


「今度さ」


 少し間を置いて、悠真が続ける。



「どっか行くか」



 真希は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに頷く。


「いいね」


「子どもたちは?」


「神奈川とか言ってたよね」


「ああ、それもいいな」



 歩きながら、自然に話が続く。


 仕事の顔でもない。


 家の顔でもない。


 その中間。



 その夜。


 帰宅。



「ただいま」


「おかえりー!」


 結翔の声が飛ぶ。


 双子も小さく声を出す。



 いつもの夜。


 いつもの食卓。


 でも、どこか少しだけ空気が明るい。



「今日さ」


 真希が言う。


「ボーナス上がった」


「え、マジ?」


 悠真が笑う。



「じゃあさ」


 すぐに返す。


「どっか行こう」


「また旅行?」


「うん」



 結翔が目を輝かせる。


「どこいくの!?」



「神奈川とかどう?」


 悠真が言う。



「いく!!」


 即答だった。



 その声に、真希も笑う。


「決まりだね」



 食卓に、少しだけ明るい空気が戻る。


 さっきまでの会社とは違う世界。



 でも、どちらも“本当の自分たち”。



 仕事でも評価される。


 家庭でも笑っている。



 そのどちらも、まだ不器用で。


 まだ完璧じゃない。



 それでも——


 二人は少しずつ、ちゃんと積み上げている。



 夜。


 子どもたちが寝静まったあと。


 リビングに残る静けさ。



「……頑張ってるよな、俺たち」


 悠真がぽつりと言う。


「うん」


 真希が頷く。



「でもさ」


「うん?」



「まだ、いける気がする」



 真希は少しだけ笑って、


「私も」


 そう答えた。



 静かな夜。


 でも、その中には確かに“前に進む力”があった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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