奈落の底
奈落の底
生徒が三人、渡辺先生に呼ばれて廊下へ出た。
「ヨシ君だけ落ちたから」
N高校受験から一週間後、受験した三人とも、ここには進学するつもりのない学校だからと、先生は軽い気持ちで合否の判定を伝えた。
本命ではないと言っても、まさか俺はN高校を落ちたのか。俺の中学生活におけるうっとうしくて納得の行かない毎日、その末路がこれだ。
この後、高校へ進学すると、奈落の底まで落ちていく偏差値と止まらない精神の汚染。音楽をやる友達ならいい人かと思ったら、それは見事に裏切られて、最悪な人間たちに出会うばかりだった。
いい年をとっても大人へと成長するどころか、職業にも就かなければ結婚もしない、子どもも作らずに終わっていく人生。
洗脳された結果として脳を病んで精神障害を負い、生き地獄をさまようことになる俺の生涯。
毎朝、俺は険しい顔で学校へ向かっている。それはまるで嵐の海で難破しかけた船の理性を失った乗組員のようなパニック状態。
どうして中学生活がここまで過酷でなければなかったのか。校内暴力でもいじめでもない、だから学校としても表面化することが難しいこの問題。
T駅から学校へ向かうと、自宅からT駅へと通学する篠原先輩と道ですれ違う。毎朝、勝ち誇ったように勢いも勇ましく、元気な笑顔で夕子先輩は芸大付属高校へ登校する。
そのバイオリンを持った姿を俺の視線は捉えてなかった。視線がうつろで焦点もあわず、何も見えないで歩く。あたかも先輩を無視しているかのようだった。
そんな俺を篠原先輩はどう思っていたのだろう。ある日、T駅の改札を出て階段を下りる角を曲がったら、ばったり至近距離で先輩と顔をあわせた。
「あ、おはようございます」
慌てて小声で挨拶したら、すでに俺を見つけていたのか、先輩が笑って俺の顔をじっと見つめていた。その顔はまるでCDのジャケットを見るようだった。
のちに三千円出して買った篠原先輩のCDを、二十年聴き続けた。ほかにも先輩はたくさんアルバムを出していたけれど、俺にはカネがないので、折々にこの一枚きりのバイオリンの音色を聴きこんでいた。
結局世界的バイオリニストとして、篠原先輩はいくら稼いだのだろう。さすがに二百億円はありえないが、楽器もガルネリと言う名器を使っている。
霧深い森の中へ迷い込んで、ふいと意識を向けると、篠原先輩の演奏がつけっぱなしのFMラジオから流れてくる。
バイオリニスト篠原夕子の演奏に、同じ音楽室で練習していた響きやニュアンスを聴きとってハッとする。
牧歌的な子守唄のように鳴るバイオリンに、山のふもとの広い国の高原に、夕暮れに気だるく脱力していく。雲をスーッと水彩絵の具の筆で引いた、トパーズ色の空に心が吸い込まれていく。
年を取るにつれ、そんな風に音色を育てていった篠原先輩だった。




