校内合唱コンクール
校内合唱コンクール
将来指揮者になることを固く誓っている源次郎、大舞台に立った思いはどんなものだったのだろう。
「これならいい! 特にテノールがいい! 今年こそは優勝だ!」
毎年、優勝優勝と鼻息も荒く指揮棒を振っていた源次郎。優勝どころか毎年最下位でも、その執念だけは誉めてやりたい。
毎日放課後に、生徒を教室に並ばせて練習する。この年から合唱コンクールは体育館からN市文化ホールに場所を移して行われることになった。源次郎としてもマジな心境になる。
本番はトレードマークであるその難しい顔で、大オーケストラを向こうにまわすように、源次郎は指揮棒を握った。
ほんの中学生のコンクール、指揮者はどのクラスでも空の手を振るだけ、しかし源次郎一人だけが指揮棒を持つ。反感を買うだけだという体裁を、勝気に源次郎はロマンティシズムの世界にすっかりはまっていた。
とにかく生まれて初めて源次郎はコンサートホールのステージに指揮者として立った。一本の指揮棒を両手で持ち、目をつむり、祈りを捧げ始めた。
「早く演奏を始めてください」とアナウンスが鳴る。すると大鷲の翼のように両手を大きく広げてカット目を開き、源次郎は天井を仰いだ。指揮棒は繊細に震えながら静かに振り下ろされる。
ひどくゆっくりしたテンポで歌が始まると、源次郎は曲の途中からアッチェレランドをかける。歌はどんどん早くなって、疾走するまでに曲のテンポは上がっていく。
仰ぎまつれば天高く
我こそ天才源次郎
おろがみまつれば地は厚し
我こそ天才源次郎
最後の一音が鳴った時、その音楽の圧倒的な音圧にしばらく客席は黙り込んだまま何も言えなかった。ライトの光に、眩しい輝きに、不覚にも源次郎が偉人のように、大きく羽ばたいていく感覚を抱いた。
源次郎は俺にとって、この時確かにスーパースターだった。
「この演奏こそ優勝だ!これで優勝できなかったらイカサマというものだ!」
歌い終えたあと、ロビーに出た3年A組の連中を前に、源次郎は鼻息荒くまだ指揮棒を振っていた。
しかし、毎度の定番で評価は低かった。
「中学生は中学生らしく歌うのがいいのではないのでしょうか。いい加減な見えを張らないで、素直に歌いましょう」
教育員会の先生にはそんな評をもらった。結局のところ学年で最下位と言う結果が出るだけだった。源次郎はとうとう三年間、合唱コンコール最下位と言う記録的な成績で終わることになった。
「冗談じゃないよ! どうしてこうも大人たちはそろいもそろってバカなんだ! 中学生にはね、威張らせておけばいいんだよ! これから力をつけていく天才にはおだての言葉を並べておけばいいんだよ!」
目の前で癇癪を起している、このヒステリックな男の声に、ハンマーで殴られているように頭が痛い。体の中にビンビンと不快な信号が流れる。
顔が高揚して血管が浮き出ているような、この源次郎の興奮した荒っぽい声に、俺は過緊張を起こして、突然俺の視界は、黒に紺色の絵の具を混ぜたような、暗黒に陥った。そしてテレビのボリュームを下げたように、あたりがシーンと静かになった。
あれ? 何も見えない、何も聴こえない。これは一体、なんだ?
俺は失神してしまっていた。




