厳重注意
ですから、たとえN一中生の卒業生とはいえ、今さら四十過ぎた一般男性を演奏会場から引きずり出して「盗撮しているだろう」「スカートの中撮っているだろう」ですか?
「つまりあなたが演奏会でお客さんとして演奏を聴きに来たら、犯罪者として公然と拘束されたのですね?」
電話の向こうでは二十年前、俺たちの英語を受け持っていた先生が教育委員として対応している。
「スカートの中を盗撮しているだろう、などとつるし上げる、このくらいのことをされたのだから、民事裁判に持ち込んでも構わないのですよ!
学校側とひとつの問題について話しているのに、教頭は一方的に電話を捨て台詞で切ってしまうなどと、一般、特にマスコミにばらしたら、いいエサとなるでしょう?
これはN市にとっても重大な問題に発展する、教育委員会としても栃木教頭のやったことは看過できないんじゃないんですか? 僕の受けた損害についてN市はどれだけの報いを受けることになるのでしょか」
俺もよく言ったもんだよな。
とにかく、ひとしきり訴えることを訴えて、しかし自分でもよく考えてみると、話していることのいちいち、俺は一体、何事に熱くなっているのだろう? と疑問符が立つ。
「じゃあ、栃木先生には厳重注意でいいですか?」
教育委員会はそう言ってきた。
「本当に厳重注意になるんですか?」まくしたてた挙句に、疲れて呆けた俺はそう繰り返した。
「今から学校に電話しておきます」と教育委員会は片づける。
その一部始終のディスプレーに、里子は「先生、そんな簡単に厳重注意なのですか?」と、きょとんと俺の顔を見た。
「そりゃ、あそこまで栃木がやらかしちゃったら本来は厳重注意で納得できる話でもないよ」
ついさっき、俺が情報を流す! と言って、まさか三十分後には栃木に厳重注意の処分が下ってしまうなど、確かに栃木も唖然とするだろうに。
情報は怖い。たとえインターネットを使わなくても、アナログでここまでやってしまえる。
「だから次の年度で、栃木は一中から飛ばされた。栃木先生もどんな思いで転任したんだろうね。定年まであと二年の教頭が、三年生の中学校を転任するのは不自然だ」
これが大人の世界か。里子は起き上がり、音楽の鳴っているゲームのスイッチを止めた。




